舞台と客席の距離が近い演劇。客席からは俳優の息遣いや細やかな表情まで伝わってきますが、俳優からはどのように見えているのでしょうか?そんな疑問に答えてくれたのは、モデル・女優・エッセイ執筆など多方面で活躍するイトウハルヒさん。

イトウさんは、2019年にモデルと女優として活動を開始。2019年ミスiDでは文芸賞を受賞しました。舞台では、劇団ノーミーツ『むこうのくに』や、シベリア少女鉄道『どうやらこれ、恋が始まっている』、映画では『シチュエーションラヴ』や『ちょっと思い出しただけ』などに出演しています。

初めは客席が宇宙のようで怖かった

写真:山本春花

−映画『ちょっと思い出しただけ』や舞台SUGAR BOY4th『ゴールドマウンテン』と多方面で活躍するイトウハルヒさん。映像の演技と舞台での演技での意識の違いはありますか?

イトウ「観客に芝居を見せる・見せないの話かなと思っていて。舞台の時は相手役と1対1で話しているシーンでも、客席側には観客がいるから観客に届けるために話している感覚。
映像の時は、私は結構ビビりなので撮られている意識を持たないというか。カメラの先にいる観客に届けるために話しているというよりは、相手役の人と会話しているということを意識するようにしています」

−イトウさんは、劇団ノーミーツのオンライン生配信公演『むこうのくに』(2020年)に出演されていました。オンライン演劇は、舞台で行う演劇と映像の間のような作品だと思います。どのような感覚で演じられていたのでしょうか?

イトウ「あの時、私は初めて演劇をしたので、そこまで考えが及んでいなかったというのが正直なところなんですけれど…。撮った映像を後々自分で稽古の後に見返していて、そうすると観客からどう見えているのかが分かるので、今思うと、舞台に近いような目線で演じていたと思います。当時はただ必死でしたね」


−舞台上から客席の様子は見えますか?

イトウ「その日の体調にもよるんですが、見えることの方が多いですね。最初の頃は客席は見られなかったんですが、余裕が出てきて見えるようになってきました。初めは客席が宇宙のようで怖かったです」

写真:山本春花

観客の笑いを引き出せると「犬のような気持ち」で嬉しくなります

−段々客席が見えてきたことで変わったことはありますか?

イトウ「コメディ作品で客席の前列の方が笑っていないと“絶対笑わせてやる!”と思います。シベリア少女鉄道の『どうやらこれ、恋が始まっている』に出演した時は、自分が前列の方まで出ることがあったので、お客さんが笑っていないと“絶対笑わせてやる!”って(笑)」

−コメディ作品だと笑いがダイレクトに返ってきますよね。

イトウ「そうですね。お客さんに笑ってもらうと、犬のような気持ちになって。尻尾を振って喜んでいるような感覚です(笑)」

−コメディ作品をやっている時、客席の反応によって演技を変えていったりすることはありますか?

イトウ「そういう俳優さんもいらっしゃいますが、私はあまりしないです。
初舞台のノーミーツ作品出演時に、「千秋楽で最後だからと気持ちが入るのはお客さまには関係のない想いだよ」と言われたことがあって、なるほどと思ったんです。それからは、稽古でやったことをお客さんに届けたいなという意識があります。コントの時はアドリブを加えたこともありますが、コメディ作品は演劇だと思っているので、お客さんの反応で自分でアドリブを入れるようなことはあまりしないです」

−作った世界をきっちり届けるということでしょうか。

イトウ「そうですね、その意識があります。でも、アドリブ出来る方は本当に凄いと思うし、憧れています。私も遊んでみたいなとは思います。アドリブを入れられる方は、度胸があるし、共演者を信頼しているんだなと思います」

−笑いと同様に、感動も舞台上に伝わっているものでしょうか?

イトウ「SUGAR BOY4th『ゴールドマウンテン』は、コメディ作品だったんですが、青年の成長談でもありました。“笑った後に、感動もしました”という感想をお客さんから頂き、印象に残っています。拍手の量の多さから感動していることが伝わることもありますね。ただ、演じている最中にお客さんが感動しているなという実感は、笑いほど肌で感じることは少ないかもしれないです」

−拍手の熱量は、きちんとステージに届いているんですね。

イトウ「はい、とても嬉しくなっています。
お客さんからの反応として印象に残っているのは、台詞の意味をしっかり訴えられたな、と感じた時、お客さんからもその台詞が「心に残った」と言っていただけたことです。素直な自分で台詞と向き合うことで、結果的にお客さんに届くのかなと感じた出来事でした」

写真:山本春花

−イトウさんは、モデル業、女優業、執筆業と多彩に活動されています。たくさんの表現活動の中で自分の中でしっくりくる表現方法はありますか?

イトウ「これだ!というものはまだ見えないですが、どれをやっていても楽しいですね、違った面があって。共通しているのは、舞台・映像問わずどの作品でも、物語の一部になれたことへの嬉しさ。

モデル業だったら自分が見せるのはお洋服だったり、メイクだったりするけれど、形として美しいものを作るプロの方たちがいて、その世界観に入れた時は、自分が“美しさ”の一部になったような感じがするのはとても嬉しいことです。

女優業だと、役を通して自分ではない人になって、物語の一部になること。もっと言えば、自分が関わった作品が誰かの何かを代弁出来るようなものだったり、笑えるようなものに転換してくれると非常に嬉しいなと思います。

執筆業はモデルや女優の仕事は少し異なる部分があるかもしれません。
モデルや女優は自分が主役というより、物語が主役だったりメイクや洋服が主役だったりしますが、執筆することは、自分が矢面に立たないといけないので。そのヒリヒリする感じだったり、自分の言ったことが誰かに面白いと思ってもらえた時は嬉しく思います」

強いエネルギーを秘める女の子って凄く可愛い

写真:山本春花

−今後の目標や挑戦していきたいことはありますか?

イトウ「たくさんあります!出来ないことが悔しいんですよね。出来ることを伸ばしていった方が良いんじゃないかとも思うんですけど、出来なかったら悔しくて。運動は諦めているんですけど。(笑)
ドラマに出たいですね、会話劇が凄くやりたいです」

−舞台では、どのような作品に出たいなどありますか?

イトウ「根本宗子(※)さんが大好きです。強いエネルギーを秘める女の子って凄く可愛いと思うんです。止められないエネルギーが歌になって、踊りになって、感情の波がエンタメになっていく様が凄く面白くて大好きです。そういう女の子に憧れるんですよね、可愛いなと思っちゃう。なので、根本さんの作品は観ていて幸せになります。いつか出たいです」

※劇作家・脚本家・演出家の根本宗子さん。19歳で自身の劇団、月刊「根本宗子」を旗揚げ。劇団公演ではすべての作品の作、演出を手掛ける。2015年上演の『夏果て幸せの果て』は、第60回岸田國士戯曲賞最終候補作品に選出。
近年では、WEBドラマ『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』や、ショートムービー『Heavy Shabby Girl』の脚本を手がけるなど、演劇以外でも精力的に活動中。
2015年に上演し好評を博した『もっと超越した所へ。』を自身の手で映画脚本へと書き換え。前田敦子さん、菊池風磨さん主演で映画化され、10月14日から公開中。


−根本さんの作品でご活躍される姿を、楽しみにしています。最後に、演劇メディアAudienceでは、「生きてて、よかった。そう思える瞬間が、演劇にはある」をコンセプトにしています。イトウさんは「生きてて、よかった」と思うような作品との出会いはありますか?

イトウ「難しいですね…。はい、あります。これ出すの恥ずかしいな(笑)

岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』です。高1くらいの時に1人で観ました。地元なんです、映画の撮影場所が。なので、田舎の閉塞感だったり、そこで上手くいかなくてもがいている感じが凄くリアル。万引きするシーンのCDショップとか、最寄りだったりするんですよ。

だから、痛々しさが凄く分かるし、10代特有の暴走してしまうような時に観て、包み込んでもらった。“そういうこともあるよね”と、映画を観て、こういう感情を持ってもいいんだとか、作品の持つ仄暗さだったりとか、にっちもさっちもいかない感じをなだめてもらった感じがあります。衝撃だったというのもあって、凄く印象に残っているし、心にずっと携えている作品です」

写真:山本春花
ミワ

ご自分のことを「犬みたいなので」と度々形容されていたイトウさん。“犬のような”愛嬌と、負けず嫌いで芯の強さのギャップが印象的でした。客席からの拍手は舞台上にきちんと届いているんですね!これからも拍手で感動や想いを俳優陣に届けていきましょう!