2018年に公開された映画『アイスと雨音』。池松壮亮さんと伊藤沙莉さん出演の『ちょっと思い出しただけ』が今年の2月に公開され話題となっている松居大悟監督の作品です。74分ワンカット長回しという驚異の作品。演劇と映画2つの要素を併せ持つ本作を紹介します。

幕が開いたら最後まで進行していく舞台の特性を映画に。74分間長回しワンカットで撮影された作品

2018年に公開された映画『アイスと雨音』。本作で監督を務めるのは、松居大悟さん。劇団ゴジゲンの主宰で、作・演出・出演とマルチな才能を持っています。映画監督としては、2015年『私たちのハァハァ』(ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2冠受賞)、2016年『アズミ・ハルコは行方不明』(東京国際映画祭・ロッテルダム国際映画祭出品)、『くれなずめ』『ちょっと思い出しただけ』。人の感情をとことん見つめ、今という時代を映し続ける作品が印象的です。

大きな話題を集めたテレビドラマ『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』でメイン監督を務めたり、ロックバンドのクリープハイプやチャットモンチー、銀杏BOYZのミュージックビデオでも知られていたりと、ジャンルに捉われない表現を続けています。

映画『アイスと雨音』は74分。その全てをワンカット長回し(シーンの切り替わりなどでカットをかけずに、一度カメラを回したら最後まで回しっぱなしで行う撮影方法)で撮影しています。
舞台は幕が開けると最後まで止まることなく進行していきます。その様子を映像でも表現したいと考えた松居監督が、「カットをかけずに最後まで撮影することで、舞台でやっていることと変わらないことなのではないか」と思い行われました。

予定していた演劇が中止になるという松居大悟監督自身の実際の経験が基になっている本作。公演が中止になったという現実と、諦めきれずに演劇を行うという虚構の狭間でもがく若者たちの1ヶ月間が描かれています。

映画の舞台は演劇の街・下北沢。2017年、本多劇場で、英国の劇作家サイモン・スティーブンスの『MORNING』を日本で初上演するために、オーディションで選ばれた6人の若者たち。その1人、こころの視点で本作は進んでいきます。

本番1ヶ月前の顔合わせから物語が始まります。主演を任されたものの、はじめは共演者に対し、心を閉ざしていたこころでしたが、共に時間を過ごし打ち解けていきます。

稽古も進んでいた中、突如、本番1週間前に公演中止の決定を言い渡されます。中止を言い渡されても尚、諦めきれずに「ねぇ、稽古しようよ」と、稽古を続行しようとするこころ。

初舞台に意気込んでいた6人それぞれの苦悩と葛藤が交錯しながら、降りしきる雨の中、中止になった舞台の本多劇場へと向かっていきます…。

リアルなストーリー、上演予定だった戯曲、MOROHAの生演奏が交錯

本作の面白さ・新鮮さは、74分ワンカットの長回しという点だけではありません。映画のストーリーと、上演予定だった舞台『MORNING』の場面が交錯していくことも注目ポイントの1つ。

映画『アイスと雨音』では、サイモン・スティーヴンスの日本未上演の戯曲『MORNING』のシーンが織り交ぜられています。

『MORNING』は、親友が町を出ていくことをきっかけに、鬱屈からの夜明けを描いた物語。『アイスと雨音』の作品前半の雨が降りそうで降り出さない空模様や、稽古場でのシーンが多いこと、そして後半の雨が降り出し、その中を劇場に向かって走り出す解放された様子が、『MORNING』の戯曲で描かれる鬱屈からの夜明けまでとリンクして見えます。

更に、ラップユニットMOROHAが、人々に語りかけるメッセージ性の強い歌詞とアコースティックギターでの生演奏で、登場人物の心情をその場で表現する仕掛けが随所に登場します。MOROHAは、THE FIRST TAKEで公開している「革命」が400万回再生されていたり、今年2月に初めての日本武道館単独公演を行うなど、人々の心を揺さぶる熱量あるパフォーマンスが人気。本作でも、人々に語りかけるような曲が、演劇的な作品とマッチして、より場面を盛り上げています。

MOROHAが歌う、本作の主題歌「遠郷タワー」。ジャケットに映る横顔の少女は、本作で400名の中からオーディションで選ばれた6人の内の1人、田中怜子さん。田中さんは、演技未経験で、大阪から東京までオーディションを受けに来ました。「大阪に帰らず東京にいてください」と松居監督が田中さんに、オーディション合格の際に電話した言葉から生まれたそうです。

映画『アイスと雨音』、AmazonPrimeVideoでのご視聴はこちら
ミワ

実際の下北沢の街並みがちらりと映ったり、本多劇場で実際に撮影されていたりと、演劇好きにはより楽しめる作品です。10代の頃の真っ直ぐで溢れるパワーが、昨今の鬱屈した気持ちを流し去ってくれます。