ゴスペルグループ「THE SOULMATICS」での10年に渡る活動を経て、30歳で初めて宮本亜門さん演出のミュージカル『ヴェローナの二紳士』に出演(2014年)。3月8日に開幕したミュージカル『RENT』では念願のジョアンヌ役を務めている塚本直さんにお話を伺いました!
ミュージカルに惹かれた最初のきっかけは『RENT』
−まずはゴスペルとの出会い、ゴスペルに魅了されたきっかけを教えてください。
「音楽の専門学校に通っていた際、R&Bやロック、ポップスなど様々な授業があった中に、ゴスペルがありました。まず先輩たちの歌の上手さに圧倒され、心を解放する賛美歌である(心から誰かを想い歌う)という部分にも惹かれていきました」
−卒業後はオーストラリア留学に行かれたそうですね。
「語学留学で行っていたのですが、クリスチャンのお友達に教会に連れて行ってもらい、教会で歌う機会もありました。その後ゴスペルグループで10年活動している中では、ニューヨークで本場のゴスペルを学び、様々なステージに立ってきました。何百人ものアフリカ系アメリカ人のお客様の前で歌ったこともあって、とても鍛えられました」
−その間、ミュージカルに触れる機会はあったのでしょうか?
「ゴスペルのコンサートの中で、『RENT』や『ウィキッド』『ライオンキング』などの楽曲を歌うことがあり、色々な楽曲を知る機会になりました。ある時、先輩が『RENT』のオーディションを受けたことをきっかけに自分もミュージカルに挑戦してみたいと思うようになりました」
−『RENT』のどんなところに関心を持たれたのでしょうか?
「先輩が現場で学んだことをシェアしてくれたのですが、楽曲「Seasons of Love」の意味を掘り下げたり、みんなで涙しながら失ったひとをシェアする時間があったりすると聞いて、そんなに楽曲の深いところまで探る作品があるのだと。ぜひ自分も探ってみたいと思いました」
「音楽を味方につけられる」のが強み
−そこから2013年に『RENT』のオーディションを受けたことをきっかけに、宮本亜門さん演出『ヴェローナの二紳士』に出演(2014年)された塚本さん。ゴスペルとは異なるフィールドに戸惑いはありませんでしたか?
「たくさんありました。ライブやコンサートは何回かリハーサルを重ねたらすぐに本番ですが、ミュージカルは毎日同じことを繰り返して積み重ねていく。しかも、歌うだけではなく、踊って、芝居をして、場所を覚えて…色々なところにアンテナを張っていなきゃいけません。当時は立ち位置も覚えられなくて、めちゃくちゃ足を引っ張っていました(笑)」
−苦労がたくさんあった中でも、ミュージカルに感じた魅力とは何だったのでしょうか?
「ただ歌うだけではなく作品の世界観に入り込んで歌うことの楽しさを知ったんです。物語や時代背景の中に入り込んで歌う。それはとても魅力的な体験でした」
−そこから様々な作品に出演されていますが、中でも印象に残っている演出家さんの言葉はありますか?
「ミュージカル『BKLYN(ブルックリン)』で奥山寛さんに、“音楽を味方につけられるのが良いところだよね”と言っていただいたことですね。お芝居への苦手意識がある中で、曲がかかって歌い出したら自由になれる。そんな自分を褒めていただいたのは、とても嬉しかったです」
自分をオープンにして、ジョアンヌに向き合う
−今回は念願の『RENT』ご出演だと伺いました。2013年以降も本作への想いは持ち続けていたのでしょうか?
「実は2013年以降も様々な役で『RENT』のオーディションを受けていたのですが、なかなかご縁がありませんでした。出演が決まった時はマネージャーさんと声をあげて喜びましたね」
−実際にカンパニーに入ってみて、いかがでしょうか?
「『RENT』という作品はアーティストたちが命を燃やしていく物語だからこそなのか、我々自身を問われることが多いなと感じています。役や物語について話し合っている時も、自分自身の意見や言葉を求められるんです。
今まで、どちらかと言うとすぐに人前で自分をオープンに出す事をしてこなかったので、最初はとても戸惑いました。“周りを窺うな”と言われることがしんどい時期も。なんだか演出家に試されているような気持ちになってしまったんです。
でも演出家としっかりと話し合ったら“試しているんじゃない、本心が知りたいんだ。サポートしたいんだよ”と言われたことで、靄がかかっていたのが晴れたような感覚になりました。そこからは自分の感情と役への感情が結びついていくのを感じて、演出家にも“花が咲いていくようだね”と言っていただきました」
−具体的にはどのような話し合いや深掘りをされているのでしょうか?
「その時のジョアンヌの気持ちや、それに対して自分はどう思うかを深掘りしていっています。ジョアンヌは弁護士で真面目な子なので、最初はYes・Noをはっきり言う人として構築していったのですが、それが強くなってくると彼女であるモーリーンとの喧嘩に愛が見えなくなってしまいました。
2人は喧嘩ばかりしていますが、根底には信頼と愛があります。2人の楽曲に「Take Me Or Leave Me」という楽曲があるのですが、 “ありのままの私自身を受け止めてよ、でなきゃ離れて”と言いながらも決して自分から離れるとは言っていない。一見喧嘩の歌のように見えて、ラブソングなんですよね。そういった楽曲に込められた想いを探っていっています」
−モーリーン役を務めるWキャストの佐竹莉奈さんと鈴木瑛美子さんはどんな方々でしょうか?
「本当にパワーがあるお二人です。自分の意見がしっかりある方々なので、それをいかに大きく包んで、安心できる場所を作れるかが鍵だと思っています。佐竹さんは自分の意見が逞しくあって、パフォーマンスもぶっ飛んでいる。その姿がまさにモーリーンなので、微笑ましく見ています。鈴木さんは自分の意見もありながら周りを見ていて、優しさが垣間見えるモーリーンという印象。2人のパフォーマンスの構築段階から見させて貰っていたので心から尊敬します。」
−塚本さんご自身がジョアンヌに共感する部分はありますか?
「真面目で秩序とルールを守って生きてきたけれど、正反対のモーリーンに惹かれていき、振り回されながらもモーリーンの事が大好きな姿が、とても愛らしいなと感じますね。根が真面目な部分は共通点だと思います。また、私自身アーティストという道を選んだ時点で安定している職業ではないので、ジョアンヌの仕事は安定していますが、当時のレズビアンであることのマイノリティーとしての不安は共感出来る部分かと思います」
−『RENT』の音楽の魅力についてはどのように感じていますか?
「音1つ1つが感情を表現していて、しっかりと忠実に歌うだけで、その心境に辿り着くんです。楽曲の1音1音が素晴らしいなと感じています。「Seasons of Love」なんて天才的ですよね。歌詞も素晴らしい提示が込められていて、歌っていると一瞬一瞬が愛おしく思えてきます」
−「Seasons of Love」は音楽番組MUSIC FAIRにて全キャストバージョンでの特別披露もありましたね。
「コリンズ役のSUNHEE(ソニ)さんがまだ来日できていませんでしたが、それ以外の全キャストで披露させていただきました。それぞれの失くした大事な人を思って歌うということで、収録前に、みんなでそれぞれの思い出をシェアして歌ったので、カメラに抜かれた1人1人の表情がみんな温かかったのが印象的でした」
貴重な時間を割いてもらったからには、没頭してもらえる瞬間を作りたい
−1月にご出演された『雨が止まない世界なら』in Concertでは、「正気を気取った狂人」での迫力のパフォーマンスが印象的でした。
「あの楽曲は元々、両親が喧嘩しているのを冷静に見ようとする子供の事を歌っている楽曲で、in Concertでは第三者の目線として講談師のように歌ってほしいと西川大貴さんからご依頼をいただきました。神田伯山さんの動画を研究して、物語に入っていく場面もあれば、俯瞰になる場面もあるような意識をして歌っていました」
−普段、パフォーマンスする上で重視していることはありますか?
「貴重な時間をいただいているという意識は常に持っています。その時間だけは、色々なことを忘れて音楽や作品の世界に没頭してもらいたい。夢のような時間を過ごしていただけるように心がけています」
−ゴスペルからミュージカルへ、様々な作品に挑戦していくその原動力とは?
「卒業した学校で講師をしており、教え子たちもエンタメ業界を目指しているので、その子たちの希望になりたいという想いは強くあります。私自身の活動をリアルに見せることで自分達も頑張ろうと思ってもらえたら本望です」
−今後挑戦していきたいことや目標を教えてください。
「今は大きな役をもっと掴み取りたいです。私はどこか自分で自分の限界を決めてしまうところがあるのですが、もっと恐れずに挑戦していきたいですね。何歳からでも活躍できると、みんなの希望になれるような存在になっていきたいと思います」
「明日が不安でも、過去に後悔があったとしても、今この瞬間をお互いに愛で分かち合えるような瞬間をお届けしたい。観劇後は大切な人にハグなどして欲しいなぁと思っています」と語ってくれた塚本直さんがご出演中のミュージカル『RENT』は、4月2日までシアタークリエにて上演中。当日抽選席も発売されています。チケット詳細は公式HPをご確認ください。
『RENT』は90年代のニューヨークを舞台にした物語ですが、様々な困難を経験した私たちは、以前よりも本作の「No Day But Today」というメッセージや、キャラクターたちに共感する部分も多いのではないでしょうか。塚本直さんの“花が咲いていくように”作り上げたジョアンヌを、どうぞお見逃しなく。