村上春樹さんの長編『ねじまき鳥クロニクル』を、演出・振付・美術をインバル・ピントさん、脚本・演出をアミール・クリガーさん、脚本・作詞を藤田貴大さんで舞台化した本作。2020年に初演され、2023年11月に再演を迎えます。加納マルタ・クレタ姉妹役として新たにカンパニーに加わった音くり寿さん。本作にいかにして向き合い、役を深めているのか、お話を伺いました。
村上春樹の世界を視覚的に立ち上げる舞台『ねじまき鳥クロニクル』
−村上春樹さんの原作小説『ねじまき鳥クロニクル』を読んでみていかがでしたか?
「自分の中に落とし込むのに時間がかかりましたが、読み進めていくほど、自分で色々と考えを巡らせながら読むのが面白くて、舞台でこの作品が出来るということにワクワクしました」
−小説と舞台との違いはどのように感じましたか?
「文量はもちろん減るので、小説で描かれていても台本では描かれていない部分はあります。ただ舞台として視覚的なダンスやセットを通してお伝えできることがあるので、舞台だからこそ深く感じ取れる部分もあるんじゃないかなと思います。小説で読んでいると現実なのか深層心理の世界なのか、自分の頭で迷わなければいけず、それも面白いのですが、舞台では視覚的に描かれます。ダンサーの方々の表現によって今リアルに人と対峙しているのか、深く心の中に入っていっているのか、とても分かりやすく提示してくれる作品です」
−インバル・ピントさんの演出はいかがですか。
「今は綿谷ノボルとの絡みのシーンについて、色々と研究をしながら構築しています。今までやったことのない動きが多いのですが、表情を作るにも、動くにも、内側から感じて身体に出す、それが表現なんだということを学んでいます。まだまだ未開拓なところがあるので、これからお稽古でもっともっと自分を追い込んで、挑戦していきたいです」
−大友良英さんの音楽についてはいかがでしょうか。
「体の動きと音楽が密着して作品を作り上げている感じがします。お稽古場にも生演奏でずっといてくださっているので、即興で動きを作っていく際にも音楽で一気に世界観に入れていて。音楽の力ってすごいなと思いながら日々やっていますね」
−カンパニーはどのような雰囲気ですか?
「初演からのメンバーが多いので、作品をよりブラッシュアップしようという熱量をものすごく感じます。こうやったらどうか、役者から発言することも多く、セッションが常に色々と行われている現場です。私は時間が許す限りお稽古場に残って見学していますが、そうしている方も多いですね」
どのような物事にも、「そこには側というようなものはない」
−演じられる加納マルタ・クレタという役柄についても教えてください。
「マルタはトオルの案内役のような役割を担っています。一方でクレタはトオルの妻であるクミコさんと裏表の存在でもあり、よりトオルとクミコと深いところで繋がっていきたいと考えています。そしてマルタとクレタは、姉妹だからこそ共有できている記憶があります。舞台では描かれていない幼少期についても小説では描かれているので、2人が共有している意識を理解しながら、2人を演じ分けていきたいですね」
−現実離れしている役柄ですが、ご自身との共通点はありますか?
「共通点というよりも、マルタとクレタの物の見方や感じ方、感覚というものにすごく助けられている部分があります。2人の役と向き合っていると、1つの物事に対して色々な角度や立場から見るということを教えられている気がして。共通点というよりは日常生活においても導いてくれる存在になっています。2つの役に出会えたことには意味があるんじゃないのかなと思いながら向き合っているところです」
−マルタとクレタのどのような部分に着目して役作りを行われていますか?
「私が今マルタとクレタに感じているのは、「痛みと向き合う」ということです。特にクレタに関しては、心身ともに感じる痛みについて、生々しく表現している描写がたくさんあります。その表現を通して、自分も日常で、本当は傷ついていたのに、痛いと認識すらしていない時もあるんだろうなとか、自分のそばにいる人にもそういうことは起こりうるんだろうなと考えたり。お稽古場での筋肉痛の痛みも、これは生きているから痛いんだなとか、痛みを感じ、痛みと向き合う時間が多いです。マルタも妹を救いたい気持ちを持っていて、ノボルに対する復讐心も裏に感じるので、そういった部分で痛みというのを感じます」
−好きなセリフがあれば教えてください。
「マルタがトオルに、綿谷ノボル側なのか、トオル側なのかと問われた時に、「どちらの側でもない」と答えます。「そこには側というようなものはない」「上と下があり、右と左があり、表と裏があるというようなものごとではない」と。このセリフは今自分が生きている世界の中で起こっている問題に対しても通じることだなと感じました。
何でも善と悪に描き、白黒つけちゃいがちですけれど、見方を変えたら逆のこともあるし、本当はそれがないのかもしれない。物事を決めつけちゃいけないし、自分も1つのことに対して、「私はこっち側だから」と決めつけて生きていくのは違うなと思います。このセリフから学んだことがすごくあったので、こういった曖昧なことを言葉にしている村上春樹さんの小説の素晴らしさを改めて感じました。観ているお客様も、舞台を通して村上さんの文学を楽しんでいただけたらと思います」
−音くり寿さんが感じる本作のテーマとは?
「作り進めていく上で変わっていくとは思うのですが、今思っているのは「愛」です。トオルはクミコに愛していると直接的に伝えているわけではありませんが、深く真剣に向き合っていく姿勢が物語の軸となっています。そこがやはり素敵だと思うし、1人の人と向き合うにしてもその人の内面や後ろにある背景、色々なことを考える必要があるのだと思います。人と接するのは難しいけれど、そこに逃げずに向き合うトオルの姿勢というのが本作で大きなテーマになっていると思います。私も自分の大切な人たちとそのように向き合いたいです」
−ファンの皆さんに、本作をどのように楽しんでいただきたいでしょうか。
「難しそうだなと感じている方もいると思うんですけれど、小説を読んでから観なきゃいけないというのもないと思いますし、インバルさんの世界観があまりにも素敵なので、まず芸術に触れるという気持ちで来ていただいて良いと思います。そうしたらすごく良い衝撃を受けるのではないでしょうか。観たら考えさせられちゃうし、考えさせられることが面白いなと感じていただけると思います。
また、村上春樹さんの小説が大好きな方には、舞台での描き方も1つの案としてぜひ観ていただきたいです。ダンサーの方の人間離れした身体表現の美しさが本当に心ときめきますし、作品の空白の部分に想像力が掻き立てられますので、ぜひ観ていただきたいです」
舞台『ねじまき鳥クロニクル』は11月7日から26日まで東京芸術劇場プレイハウスにて上演。12月には大阪・愛知公演が行われます。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。
舞台『ねじまき鳥クロニクル』
原作 村上春樹
演出・振付・美術 インバル・ピント
脚本・演出 アミール・クリガー
脚本・作詞 藤田貴大
音楽 大友良英
出演 成河/渡辺大知 門脇 麦
大貫勇輔/首藤康之(W キャスト) 音 くり寿 松岡広大 成田亜佑美 さとうこうじ
吹越 満 銀粉蝶 他
原作小説『ねじまき鳥クロニクル』は難解ながら、読み終わった後もじっくり考え込み、その後も何度も「井戸」が頭の中に浮かぶほど、印象的な作品でした。作品の世界を視覚的に、身体表現で立ち上げる舞台版も楽しみです。