日本の演劇界に偉大なる足跡を残した菊田一夫氏の業績を永く伝えながら、氏の念願だった演劇の発展のための一助として、大衆演劇の舞台ですぐれた業績を示した芸術家に贈られる菊田一夫演劇賞。第50回の授賞式が行われ、菊田一夫演劇大賞の栗山民也さん、演劇賞の明日海りおさん、長澤まさみさん、甲斐翔真さん、上田一豪さん、特別賞の伊東四朗さん、林与一さんが授賞式に臨みました。

第50回菊田一夫演劇賞 受賞結果

菊田一夫演劇大賞
栗山 民也 (『オーランド』『ファンレター』をはじめとする今年度の演出の成果に対して)

菊田一夫演劇賞
明日海 りお (『王様と私』のアンナ役、『昭和元禄落語心中』のみよ吉役の演技に対して)
長澤 まさみ (『正三角関係』の唐松在良/グルーシェニカ役の演技に対して)
甲斐 翔真 (『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』のクリスチャン役、『ネクスト・トゥ・ノーマル』のゲイブ役の演技に対して)
上田 一豪 (『この世界の片隅に』『HERO THE MUSICAL』の演出の成果に対して)

菊田一夫演劇賞特別賞
伊東 四朗 (永年の舞台における功績に対して)
林 与一 (永年の舞台における功績に対して)

「どうやったら世界を抱きしめることが出来るのか」

菊田一夫演劇大賞を受賞した栗山民也さんは約35年前、イギリスのナショナルシアターでテネシー・ウィリアムズの現代劇『やけたトタン屋根の上の猫』の稽古に参加した時のことを振り返り、シェイクスピア俳優として知られたエリック・ポーター氏が当時80歳前後でありながら現代劇のコースで3ヶ月学んだのち、作品に挑んだ姿を語りました。

「がん宣告を受けたおじいちゃんの役で、ト書きに“おじいちゃんの叫び声が聞こえる”というのがあって、30人〜40人のキャストスタッフが固唾を飲んでエリックの第一声を待ったんです。そうしたら舞台奥から“ウォーー”という声が聞こえて、稽古場は大爆笑でした。青ざめたエリックが出てきて、みんなが“エリック、それはリア王だよ”と。彼はがっくりきていました。それから、若手俳優だけの場面で上手くいかない時に、演出家がエリックに耳打ちをしたら、何もない空間にエリックがふっと歩いていき、“ここは海です”と一言言ったんです。その場にいた全員が、そこは海だと思ったと思います。演劇の力、本質に出会えた瞬間でした」。

貴重なエピソードと共に栗山さんは今回の受賞理由になった『オーランド』『ファンレター』について、「演劇の力によって世界のあり方を問い続けた作品だと思います。稽古をしながら一つ一つの言葉に勇気を得ました」と語ります。

また2024年にアジア出身の女性作家として初めてノーベル文学賞を受賞した韓国の作家ハン・ガン氏について触れ、「ハン・ガンさんは新しい作品を作る時、必ず自分に“どうやったら世界を抱きしめることが出来るのか”という言葉を突きつけるそうです。私も世界を抱きしめるという気持ちを胸に抱きながら、もうしばらく頑張ってみようと思います」と語りました。

「本当に舞台が大好き」「これからの糧に、勇気に変えて」

『王様と私』のアンナ役、『昭和元禄落語心中』のみよ吉役の演技に対して評価され、菊田一夫演劇賞を受賞した明日海りおさん。「私にとりましても人生のこのタイミングで出会えてよかったなと思うお役でした。役として舞台に立っていた時の想いや光景はもちろんですが、その役を作り上げるにあたって、いろんな方々と悩んだり意見を交換し合いながら作った時間全てを愛おしく思って心の宝箱にしまっていたところでした。こうしてまた宝箱をパカっと、堂々と開けて良いタイミングをいただけて本当に嬉しく思っております」と喜びを語ります。

また「本当に舞台が大好きで、1年の間にたくさんの舞台に関われたということが何よりの幸せ」と語り、「大好きな仕事をずっとずっと続けていけますように、支えてくださる周りの方に感謝を忘れず、そして劇場に足を運んでくださるお客様に感謝の気持ちを忘れず、私らしく精進を続けて参りたいと思います」と締めくくりました。

長澤まさみさんは、野田秀樹さんが作・演出を手がけたNODA・MAP 第27回公演『正三角関係』において、唐松在良とグルーシェニカの二役を演じ、圧倒的な存在感を示したことが評価されました。

本作の稽古を「演劇学校に通っているんじゃないかと思うような日々」と振り返り、「映像からお芝居を始めたので、私にとって演劇は遠い存在のように感じていた場所でした。ですが、思いきって舞台の上に立ってみたいと勇気を出したことが、こうやって自分自身に返ってきているなと感じています。賞を頂いたことに対して、本当に自分は何かできたんだろうかと問いかけると、やらなくちゃいけないことがまだまだあると思うことの方が多いです。ですがこういう素晴らしい賞を頂いたことを、これからの糧に、勇気に変えて、今も演劇、舞台に立っております」と思いを語りました。

評価を受けた『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)』の2作品を「僕が大好きな作品」と語った甲斐翔真さん。「とにかくこの場で舞台への愛を伝えたい」と甲斐さんらしいお言葉が紡がれました。

「舞台に初めて立ったのは2020年のコロナ禍だったんです。僕は自分のことを“ど根性シアター俳優”と言っているんですけれども。お客様が声を出すことや、心から笑うことが制限され、生の舞台ではあるまじき、生の空間を制限するという状況下でミュージカルをやってきました。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』はコロナ禍が段々と落ち着いてきて、日本のミュージカル界・演劇界に新たな炎をつけたような作品だと思います。やっぱり僕は舞台が好きなんだ、生の世界が好きなんだと改めて感じた作品でもあります。全ての関係者の皆様に心から感謝しています。これからも生の舞台、真実の空間に身を置くということを、より多くのお客様・キャストの皆様・カンパニーの皆様と共有できたら嬉しいなと思っております」。

『この世界の片隅に』『HERO THE MUSICAL』の演出の成果に対して評価された上田一豪さん。その他、明日海さん出演のミュージカル『9 to 5』や、甲斐さん出演の『next to normal』でも演出を手掛けました。

実は幼少期から俳優を目指していたという上田さんは、「鹿賀丈史さんに憧れて、いつか『レ・ミゼラブル』に出るんだと思って上京しましたが、残念ながら落選したんです。オーディションは2次審査まで行って皆さんの前で歌ったのですが、上手くいかず…でもそのおかげで今ここに立てているのかなと思うと、ジョン・ケアードさんに感謝しています(笑)。その後、東宝の演出部で働き出したのですが、まだ諦めきれず、とあるタイミングで『モーツァルト!』のヴォルフガング役のオーディションを受けまして。帝国劇場の9階の稽古場で「影を逃れて」を歌ったのですが、やはりここにいるということは落選したということで…小池修一郎さん、ありがとうございました(笑)」とお茶目に語ります。

また「どんな作品でも、私1人で演劇作品を作るというのは非常に難しく、皆さんの力を借りてきました。クリエイティブスタッフの方々、出演者の方々、現場のスタッフの方々、劇場スタッフの方々。皆さんでライブの空間を作る、生の空間を作るものなのだと思います。このような賞を頂けたのは、皆様と一緒に賞を頂けたのだと、皆様とお仕事をしてきたことが報われて受賞したんだと思います」と感謝を語りました。

「こんなに嬉しかったことはありません」「あと100年は頑張って舞台に立ちたい」

菊田一夫演劇賞特別賞は、長年演劇界に携わられてきた伊東四朗さんと林与一さん。

伊東さんは特別賞の受賞について、「とにかくびっくりして、そしてこんなに嬉しかったことはありません」と喜びを語ります。「永年の舞台に対してということがとても嬉しかった。この世界に入る時、舞台人になろうと思って入れていただいたので、特に舞台を褒められるとなんだか嬉しいんです。芸歴66年になりますが、どのくらい舞台をやってきたのかと振り返ると、確実に1年に1回は舞台をやってきました。今、(壇上に)登ってくる時に手を借りていますけれど、舞台に立つとそんなことをすっかり忘れて飛んだり跳ねたりするので、詐欺師だと思われているんじゃないかと(笑)。そのくらい舞台には魅力があります」と思いを語り、「まだまだ元気でやっておりますので、どこかで転んでいるのを見たら助けてください」とチャーミングに締め括られました。

撮影:山本春花

林さんは菊田一夫さんについて「褒められたことがなくて、必ず怒られる対象だったんです」と振り返りながらも、第20回(1994年度)で演劇賞を受賞していることに触れ、「演劇賞というのは良い作品に恵まれて、良いお役に恵まれて頂くわけですが、特別賞というのは、今まで一生懸命頑張ったよ、これから頑張りなさいよという激励の賞だと思って、私個人に頂いたと思って喜んでいるわけでございます。これから人生100年、200年に延びようとしてとしております。ますます精進いたしまして、あと100年は頑張って舞台に立ちたいと思います」と語りました。

Yurika

皆さんの演劇への熱い想いが伺えて、こちらも胸の熱くなる時間でした。