オーストリアのベストセラー小説を作者本人が戯曲化した舞台『キオスク』が、2025年12月に東京都のパルテノン多摩にて上演されます。日本では過去のリーディング公演とストレートプレイ公演に続いて4年ぶりとなる公演に注目です。
時代に翻弄されるオーストリア・ウィーンの人々を描いた物語
舞台『キオスク』は、オーストリアの作家ローベルト・ゼーターラーによる同名小説がもとになっています。俳優として活動していた経歴を持つゼーターラー自身が戯曲化し、ウィーンで初演を迎えました。
本作の舞台となるのは、1937年から1938年にかけてのオーストリアです。1929年に起こった世界恐慌が各国に深刻な影響を及ぼす中、オーストリアの隣に位置するドイツの社会情勢はどんどん悪化していました。そんな先の見通せない状況で台頭してきたのが、ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスです。1938年にナチス支配下のドイツがオーストリアへの侵攻を開始し、ついには併合。その後、オーストリアは1955年まで国としての独立を失ってしまいます。
オーストリアにとって大きな転換点を迎える直前、1人の青年がウィーンにやってきたところから、物語は始まります。題名の「キオスク」とは、ヨーロッパでは公共の場にある小さな売店を指す言葉です。そのキオスクで働くことになったフランツは、店主や常連客をはじめさまざまな大人と交流。初恋も経験する一方で、出会いや別れを通じて現実と向き合い、成長していきます。
激動の時代にあっても懸命に生きようとする人々の姿は、決して遠い昔の話でもなく、見知らぬ外国の話でもありません。むしろ今なお争いが続き、社会の分断が進む現代だからこそ、作品を観て「自分ならどう生きるか」考えることが大切ではないでしょうか。
<あらすじ>
1937年、ナチスドイツが台頭するオーストリアのウィーンに、自然に恵まれた湖畔で母親と二人暮らしだった17歳のフランツがやって来る。母の経済的後ろ盾の男性が落雷事故で急死し、働きに出されたのだった。
フランツはキオスクの住み込み見習店員となり、母の知人である店主オットー・トゥルスニエクがさまざまな事を教え、自立の扉を開き、大人の世界へと導く。
また、店の常連客である精神分析学者フロイト教授との出会いは無垢なフランツにさまざまな影響をもたらし、教授は彼に人生を楽しみ恋をするよう忠告する。ボヘミア出身で謎めいた女性アネシュカに心を奪われるフランツ。アネシュカは葛藤を抱えながら、激動の時代を生き抜く強さをもフランツに示す。また、遠く湖畔に暮らす母親はフランツから届く絵葉書が心の支えだ。
フランツにとって予期せぬオットー・トゥルスニエクとの別れ、そこで知るオットーの気骨ある生き様と葛藤、人生の岐路や不条理。人生に関する名言が印象的な最晩年のジークムント・フロイト。二人に影響を受けながらフランツは、時代の激動にのみ込まれるオーストリアのウィーンで青春の炎を燃え上がらせながら、厳しい世情の中、思いがけない経験を重ねていく…。
制作スタッフは過去2回の公演から続投
日本での初演は、2019年にリーディング形式にて東京都と兵庫県で上演された『リーディングシアター キオスク』です。この時は、演出家・劇作家の石丸さち子さんが原作小説に忠実に沿って上演台本と演出を手掛けました。2021年には引き続き石丸さち子さん演出のもと、戯曲版をストレートプレイとして上演。兵庫公演を皮切りに、東京都、静岡県、愛知県、広島県を巡演し好評を博しました。
今回、4年ぶりに上演される舞台『キオスク』では、初演から変わらず石丸さち子さんが演出を担当。石丸さんは古典から現代作家まで幅広い作品の演出や脚本に携わり、オリジナルミュージカルの企画制作にも意欲的に取り組んでいます。代表作のうち、訳詞・翻訳・演出を担ったミュージカル『マタ・ハリ』が2025年10月に再々演されて話題を集めました。
そして翻訳を担当するのは、児童文学やミステリー小説など数多くの訳書で知られるドイツ文学翻訳家の酒寄進一さん。演劇界との関わりも深く、酒寄さんが翻訳したヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』『デーミアン』は2025年11月より開幕する舞台『シッダールタ』の原作となっているんです。さらに、本作を演出する石丸さんとは、ドイツの劇作家フェルディナント・フォン・シーラッハの戯曲を翻訳した『リーディングシアター GOTT 神』や『ソロリーディングシアター シーラッハ傑作短編』でタッグを組んだ実績があります。
実力派キャストが集う2025年版『キオスク』
主人公のフランツ役を務めるのは、近年舞台を中心に躍進している俳優の一色洋平さんです。石丸さんの脚本・演出による舞台『鋼の錬金術師』では第1弾・第2弾ともにWキャストでの主演を果たし、2026年2月には第3弾の上演が控えています。時代に翻弄されながらも周囲との縁を大切にし、自分自身を見出していくフランツの生き方をしなやかに体現してくれるでしょう。
また、キオスクの店主であるオットー・トゥルスニエク役を石黒 賢さんが演じます。これまでテレビドラマ『ショムニ』シリーズや映画『THE LAST MASSAGE 海猿』などの話題作をはじめ、多数の映像作品に出演。そうやって積み重ねてきた経験を軸に、信念を宿した言葉や行動でフランツを導いていくオットーの演技も見どころのひとつです。
さらに今回は、過去のリーディング公演とストレートプレイ公演に参加した山路和弘さんと一路真輝さんが同じ役で登場します。
山路さんは舞台からミュージカル、映像作品まで多岐にわたって活躍し、2025年度のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』に出演中。声優として洋画の吹き替えやアニメ、ナレーションも担当しています。そんな山路さんが演じるのは、精神分析学者のジークムント・フロイト。ユダヤ人であったフロイトは、歴史上ではナチスの迫害を逃れるために1938年に亡命し、翌年亡くなりました。一方、劇中では晩年のフロイトが年の離れたフランツと交友関係を築き、人生に関するさまざまな気付きを若者にもたらします。
一路さんは、かつて宝塚歌劇団の雪組トップスターとして『風と共に去りぬ』や『ベルサイユのばら』など有名作品に出演してきました。退団後も高い歌唱力と演技力を武器に、ミュージカル、ストレートプレイ、映像作品などで存在感を発揮。本作ではフランツと離れて暮らす母親を演じるにあたり、息子への想いを一つひとつ丁寧に汲み取っていきます。
このほかにも4人の実力派キャストが集結し、物語を支えます。宝塚歌劇団の元雪組トップスターであり、多彩な舞台や映像作品に出演しつつコンサートやライブ活動にも積極的に行っている壮 一帆さん。
陳内 将さんはとりわけ2.5次元作品で高い人気を誇り、直近では5月に『Take Me Out』、7月に『華岡青洲の妻』と舞台出演が続いています。
内田健司さんは、蜷川幸雄さんが立ち上げた劇団「さいたまネクスト・シアター」で演技力を磨き、2014年の劇団公演『カリギュラ』では読売演劇大賞の最優秀主演男優賞にノミネート。現在に至るまで、演劇界を牽引する演出家たちの作品に起用されています。
そして、文学座に所属する俳優の小石川桃子さん。劇団の舞台作品を中心に出演しつつ、外部公演にも加わっています。
舞台『キオスク』は2025年12月5日(金)から10日(水)まで、東京都多摩市にあるパルテノン多摩 大ホールにて上演されます。12月5日(金)の舞台初日には、来場者の中から抽選で200名に公演中に販売するパンフレットをプレゼント。当日、ロビーに当選者の席番号が掲示されるのでチェックをお忘れなく。また、12月6日(土)から9日(火)までの各公演において、終演後に石丸さんやスタッフによるアフタートークが開催されます。さらに千秋楽となる12月10日の公演後に、出演者全員がコメントするスペシャルカーテンコールも実施予定です。詳細は公式HPをご確認ください。
本作は第二次世界大戦が勃発する前のオーストリアでの物語ですが、背景にある問題は現代の日本にも共通する部分があるのではないでしょうか。今この時代に上演する意味について、自分なりに考えてみたいと思いました。


















