フライトレコーダー(ブラックボックス)を発明した発明家デイビッド・ウォーレンの実話を元にしたミュージカルミュージカル『BLACK BOX』。ブラックボックス劇場と称される浅草九劇で、1人の俳優と、録音音声で再生されるボイスキャストが物語を綴ります。本作に主演する大音智海さんと、翻訳・訳詞・演出の渋谷真紀子さんにお話を伺いました。

1人ミュージカルでありながら会話劇?!

−オーストラリア出身のPaul Hodgeさんが、航空事故の原因究明に欠かせないブラックボックスを発明したオーストラリア人科学者デイビッド・ウォーレンの実話をもとに脚本・作詞・作曲を手がけた本作の台本を読まれてどのように感じられましたか。
渋谷「最初に読んだ時は、良い意味で凄く分かりやすい台本だなと思いました。時系列もほぼ前後しないですし、ストレートにデイビッド・ウォーレンの物語が1本で走る。だから1人ミュージカルなのかなと理解できました。
ただ、実際にお稽古をしてみると、全部が会話で出来ていて、1人芝居でありながらボイスキャストとの掛け合いが続いていくので、通常の1人芝居との違いを実感しています。稽古ではまずボイスキャストを含めた全員でお芝居を創り上げてから、ボイスキャストのみ声をレコーディングし、大音さんは1人ミュージカルとして仕上げていきます。表現方法が異なる中で共通認識を持つ難しさもありますが、非常に面白いチャレンジだなと思います。
また録音音声と共に芝居するというのも、声で記憶が蘇るフライトレコーダーを発明したデイビッドの物語だからこそ。ブラックボックス劇場と呼ばれる浅草九劇で、デイビッドが自分の記憶を再生していく感覚を、お客様と一緒に体験できたらと思います」

大音「僕は台本を読んでまず、これは僕の物語だと感じました。デイビッドは若い頃から夢を追いかけていて、でもそれがなかなか叶わなくて、認められなくて、苦戦して。どんな逆境に立たされても、ならばこうしよう、止まるわけにはいかないともがき続ける姿は、ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』でフランキー・ヴァリ役を追いかけ続けた自分のようでした。
デイビッドは周囲から夢を叶えたと思われた後も、満たされない思いを抱えています。それも、フランキー・ヴァリ役を務めさせて頂いた後に感じた、“2公演しか出来なかった”とか“ここまで来るのに10年もかかってしまった”“まだ叶っていないことも多い”という言いようのない不安や悔しさに重なりました。
この人とは友達になれる、朝まで語り合える、という感覚が強かったので、“ぜひあなたの人生に僕を乗っけさせてください”と思いました。さらにデイビッドはプレゼンが大好きな人物なんですよ。僕も大好きで、作品をプレゼンする動画をアップさせて頂いたりしたくらい。1人ミュージカルというスタイルも自分に合っているのではないかと思ったのですが、実際にやってみると全シーンに相手役との会話があって、あれ、1人じゃないなと(笑)。そういう意味では自分の得意な部分と、挑戦の部分がどちらもある作品だなと思います。
とてもありがたいことに、今回は本番の1ヶ月も前から劇場で稽古をさせて頂いています。しかもボイスキャストの皆さんと、普段のミュージカルと同じように動いて稽古ができる。皆さんの動きを目に焼き付けながら1人ミュージカルを創っていけるのが凄く楽しいです。
そしてNew Voice Castとしてデイビッドを演じる柴原直樹くんがいらっしゃるので、客観性を持って役を捉えることができています。柴原くんとはいつも褒め合いながら、確認と自信を与え合える関係性を築けているので、本当にありがたいです」

−なぜ1ヶ月前から劇場で稽古を行われているのでしょうか。
渋谷「デイビッドが自分の記憶を再生していく物語だからこそ、大音くん、柴原くんが本番と同じ九劇で、ボイスキャストとの記憶を作っていくことが重要だと考えています。本番で舞台に立つのは1人でも、それぞれの声を聴けばその人の顔が蘇るようにしたいんです。デイビッドと、大音くん、柴原くんの記憶が掛け算となるような相乗効果が生まれると良いなと思っています」

「果てしない努力をする人」「訳詞の素晴らしさに注目を」

−ご自身と近しいデイビッド役は、役作りもしやすいのでしょうか。
大音「近しいところも多いんですけれど、僕以上にデイビッドは危ないやつですね(笑)。僕も昔はそうだったんですが、ミュージカルってあくまで団体芸術で、自分が好き勝手に動けば良いわけではないので、自然とアクセルを踏む瞬間は見極めるようになりました。一方、デイビッドは科学者なので、基本的に1人で完結できる職業です。自分の世界で自分を高めていく孤高の天才が放つ言葉と、みんなありきの俳優としての自分の表現は、明らかに違いがあるなと感じます。その違いは受け止めなければいけないし、封印していた危なっかしい自分をもう一度呼び起こしても良いのかなと感じています」

−渋谷さんから見て、大音さんはどんな俳優ですか。
渋谷「今まで出演されている作品を拝見していて、果てしない努力をされているのだろうなと感じていたんですけれども、ここまでかというのを実感しています。作り込みの丁寧さがあると同時に、稽古場ではもの凄く臨機応変。私の質問に対して、深く考えたご自身の考えを返してくれた上で、“でも渋谷さんがそう思われるということは、こういうことなんですかね”と発展させ、“ちょっとやってみるので見てください”とすぐに演じて見せてくださる。ここまで出来るのは、今までの努力の量が桁違いなのだと思います。台本をお渡しして約1ヶ月でそこまで仕上げてこられたので、かなり密度の濃い俳優さんだと感じました。
また踊っている姿のチャーミングさというのは元々存じ上げていたのですが、どのように会話劇でお芝居をされるのかは詳しく知らなかったんです。でも素晴らしいですね。ちゃんと相手役から影響を受けて、芝居を作り上げていくことができる。New Voice Castの柴原くんの演じる姿を見て、じゃあ自分はこう見えているのだろうか?と冷静に分析し、学ぶ謙虚な姿勢も持っています。
さらに1人で演じる時も、ボイスキャストと演じたリアルさを再現しています。家でも散々自主練をしていなければ出来ないことだし、練習の仕方も密度が高く、再現性が高いんでしょうね。ここまで出来るのは本当に天才的だと思います」

大音「僕からも渋谷さんの魅力を語らせてください!まず訳詞の素晴らしさに、今回注目していただきたいです。日本で上演するにあたり、英語やドイツ語、フランス語で作られた楽曲のグルーヴ感をどのように日本語で再現するかは、多くの翻訳作品がぶつかってきた壁だと思います。渋谷さんは、日本語の限られた言葉数の中で、英語の、特にPaulのグルーヴを再現する技術が凄すぎます。日本語にするのに難しいシンコペーションや付点の多い楽曲ですが、日本語の歌詞ありきで作ったのかと思えるほどです。
そこにはまず、渋谷さんがニューヨークとオーストラリアで生活をしていて、英語をネイティブに操れるというバックボーンがあると思います。そしてもう一つ、彼女の若さという武器があります。最も現代語に詳しく、現代の感覚で言葉を綴ることができる。この言語感覚があるからこその訳詞の素晴らしさを、ぜひ体感していただきたいです。 そして演出家としてもニューヨークでミュージカルを学んでこられた方なので、まず役者の魅力を具体的に言葉にして、自信と確信を持たせてくれた上で、“ここはさらにこうしたら良くなるんじゃない?”とアプローチしてくださいます。これまでご一緒した、ブロードウェイから来た演出家の方々と彷彿とさせるスタイルで、自分はもっと成長できるぞというポジティブな空気に稽古場が包まれています。今後の日本のミュージカル界にも欠かせない方になると確信しています」

“一般人”の物語だからこそ、リアルな勇気を与える作品に

『BLACK BOX』稽古の様子。ボイスキャストと実際に作品を稽古したのち、音声を録音して本番は1人で挑む

−本作の音楽の魅力についてもお聞かせください。
大音「一回聴けば覚えられるようなポップさがありながらも、ミュージカル的でもあります。Paulは『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』のクリエイターであるアラン・ブーブリル、 クロード=ミシェル・シェーンベルクと共に共同作詞家を務めたこともあり、ポップスとミュージカルの共存に長けています。クラブミュージックのような楽曲もあれば、弦楽器と管楽器で奏でられる荘厳な楽曲もあって、これらの多岐に渡る楽曲を1人で作っているなんて天才だと思います。皆さん一度聞いたらすぐに楽曲を覚えていただけると思います」

New Voice Castとして2公演でデイビッドを演じる柴原直樹さん

渋谷「面白いのは、飛行機の音や生活音が音楽に盛り込まれていることです。全部のメロディを楽器で奏でるのではなく、SEを含めて音楽を作ることで現代性が生まれますし、フライトレコーダーについて描く作品性にも繋がります。デイビッドのインタビュー音声の抑揚からメロディを生み出したりもしているんです。デイビッドの口癖や印象的な言葉を、歌詞や楽曲のタイトルに使っているのが面白いです」

−普遍性や現代に通ずるメッセージをどんな部分に感じられていますか。
渋谷「本作は日豪友好協力基本条約50周年記念の作品ともなっていますが、私は5年間オーストラリアと2拠点生活をしていたことがあり、住んでいた場所がPaulの出身地と一緒なんです。オーストラリアと日本の共通点だと感じているのは、安全性に対する意識の高さと、家族に対する意識。オーストラリアでは特に家族と食事をすることをとても大事にしていて、カフェも14時には閉まってしまいます。
そんな文化の中、デイビッドは公務員としての本業が別にありながら研究を続けるため、家族との時間が犠牲になっていきます。この作品は彼が夢に向かっていく物語でありながら、家族を描いた物語でもあります。
人生のさまざまな選択をする時に、“自分の声を聞きましょう”というトレンドがあったり、AIに聞くという人も多いと思いますけれど、やはり自分の一番の味方でいてくれる人の声が聞こえなくなると、根源的に人間として通い合うもの、尊敬しあったり、愛し合ったりすることが薄れていくと思います。テクノロジーが発展すればするほど、身近な人の声を聞いて、目を見て話す、心で聞くことが必須になっていくはず。そのために生の舞台、生でコミュニケーションをしている人たちを感じて感動するという体験を届ける意義があると思います。自分が最近聞けていなかった声があるんじゃないか?ということに気づける作品になっていると思います」

大音「渋谷さんが家族についてお話ししてくださったので、僕はこの作品が持つ夢の力についてお話しできればと思います。何かを頑張りたいと思う時に、誰か自分以外に頑張っている人がいることを知って、その人の苦労や努力を見て影響を受けたり、モチベーションが上がったりすることがあると思うんです。僕自身も誰かの人生を描いた作品を見て勇気をもらうことが多いんですけれど、そういった作品の多くはセンセーショナルだったり、世界で有名な人物だったりすることが多いですよね。でもデイヴィッドは公務員で、定年退職まで勤めあげる、いわゆる“一般人”です。フライトレコーダーは世界的に有名ですが、誰が作ったかは誰も知らない。大スターとは違う親近感を秘めている人物だと思います。
そんな彼の人生と、僕の格闘の人生を乗せることができるとするならば、今モチベーションが湧かない人や頑張ることに踏ん切りがつかない人、あるいは頑張ることに絶望してしまっている人にリアルな勇気を与えられる作品になるんじゃないかと思います。僕が演じることで、ミュージカルを目指している若い方にとっても明るい希望として映ったら、俳優としてこんなに嬉しいことはないです」

撮影:山本春花

ミュージカル『BLACK BOX』は2026年10月28日(水)から11月1日(日)まで浅草九劇にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

スタッフの皆さんも口を揃えて大音さんについて「ここまで努力する人は見たことがない」とおっしゃっていたのが印象的でした。SNSを通して見える情熱的な姿の裏側には、夢を叶える果てしない鍛錬があられるのだと思います。そして1人ミュージカルでありながら録音音声との会話劇という、新たな演劇体験にも注目です!