「最後のダンス」「闇が広がる」「私だけに」…言わずと知れた名曲たちを携える大ヒットミュージカル『エリザベート』。ハプスブルク帝国の宮廷という閉鎖的な空間で、自由を信じ、自分らしい生き方を模索し続けた皇后・エリザベート。彼女の生き様は、未曾有の日々を生きる私たちに強さを与えてくれます。(2022年11月・帝国劇場)
自分の人生は自分で切り開く。強さと美しさを持つ皇后エリザベート
700年もの皇室の伝統を持つハプスブルク家と、自由奔放な父の影響を受けて育ったエリザベート。対極的な場所に嫁いだエリザベートにとって、宮廷の人々のあらゆる言動が衝撃的であり、孤独に感じたことでしょう。特に彼女を皇后として育て上げるために、対立することとなったのがゾフィー皇太后。
生活の管理から夫婦の営みへの干渉、子供の教育を任せてもらえないなど、エリザベートにとって拷問のような日々が続きます。
皇帝フランツはエリザベートの自由さや強さに惹かれたとはいえ、23歳という若い彼が皇帝として国を治めるためには、母・ゾフィー皇太后の尽力が不可欠。エリザベートにもゾフィーと上手く折り合いをつけるように願うのも無理はありません。
しかし、そこで屈さないのがエリザベートの強さ。名曲「私だけに」では、“たとえ王家に嫁いだ身でも 命だけは預けはしない”と歌います。“私が命預けるそれは 私だけに”。この力強いフレーズは、結婚直後に歌われますが、その後の彼女の人生を通してそれが証明されていくことになります。
フランツに自分と母親、どちらかを選ぶように迫り、子供を取り返すことに成功。自分の美貌が政治に活かせると気づけば、それを利用してハンガリー訪問に同行。自分で人生を切り開き始めたのです。
彼女の生き様としてもう1つ印象的だったフレーズが、晩年にフランツと向き合って歌う「夜のボート」で、 “余りに多くを望みすぎるよ”というフランツに対して、“少なすぎるわ”と返す場面。制限的な世界の中で唯一の希望としてエリザベートを愛したフランツと、どんな環境でも自分を失うことを拒み自由を求めたエリザベート。2人のすれ違いがこの言葉に現れています。彼女の生き様を美しくも切なく生き抜く花總まりさんは、エリザベートそのものです。
急速な物語展開をサポートするストーリーテラー・ルキーニ
黄泉の帝王・トート(死)に愛され、死の影と隣り合わせで生きていくエリザベートの生涯を描いた本作。トートがエリザベートに魅了された少女時代から、王家に嫁ぎ、死に至るまでを描くため、かなりのテンポ感で物語が進んでいきます。
そこで観客をサポートしてくれるのが、ストーリーテラー的な立ち位置となるルキーニ。筆者が観劇した回では上山竜治さんがルキーニを務めていました。なぜエリザベートは死に至ったのか。それは彼女が死を望んだからだ。エリザベートを殺したルキーニが自ら語り手となり、彼女の人生と死との関係性を解き明かしていきます。
上山さん演じるルキーニは俯瞰で世界を見つめながら、観客に怪しく笑いかけながら、自由を求めるエリザベートが死に辿り着く様子をじわじわと待っている。エリザベートを殺した張本人でありながら、観客の心の中にも入り込み、見事にエリザベートの世界へと連れていかれてしまいました。
トートの思惑とルドルフの孤独が混ざり合う、「闇が広がる」
トートはエリザベートの息子ルドルフの孤独に気づき、彼を死の世界へと誘います。自由な少女時代を過ごしたエリザベートと違い、幼少期から母親と離され、未来の皇帝として育てられたルドルフ。時代の変化にいち早く気づき、国の衰退を止めようとするも、それが父フランツとの対立にも繋がってしまいます。
闇に飲み込まれそうになる姿が痛々しい「闇が広がる」。山崎育三郎さん演じるトートと、甲斐翔真さん演じるルドルフの切なくも強い歌声に、自然と涙が溢れました。また彼の早すぎる死が、フランツとエリザベートの溝を深めることにもなったかと思うと胸が痛むと共に、死が与える影響について、改めて考えさせられます。
自分と似た部分を持ち、その孤独に本来は寄り添えたはずのエリザベート。帝国を築いてきた信念との対立と、エリザベートの不在により息子を理解しきれなかったフランツ。2人の異なる後悔は、ルドルフの死によって2人をさらに孤独にしてしまったように見えました。
死の不穏な空気が漂い続けるミュージカル『エリザベート』。切ない場面も多いのですが、美しく強い言葉が詰まった楽曲たちに、魅了されずにはいられません。何度も観たり、自分自身が歳を重ねたりすることでもまた見方が変わる作品なのだろうと思います。
観劇後、エリザベートの人生についてもっと知りたくなり、Netflixドラマ『皇妃エリザベート』を見始めました。エリザベート沼に着々と浸かっています。