デビュー翌年に大河ドラマ出演、大人計画や蜷川幸雄さん演出作品などで活躍してきた俳優・内田滋さん。2023年8月21日、内田さん自ら企画・開発した観劇専用のオンライン配信アプリ「KANGEKI XR(カンゲキエクスアール)」がリリースされました。KANGEKI XRは画面のズームアップ機能や俳優へのギフティング機能など、新たな観劇体験を提供するアプリ。俳優としての転機、活躍の日々、そしてアプリ開発に至るまでの道のりを、内田滋さんに伺いました。

緊張よりも、楽しさが勝った大河ドラマ撮影

−内田滋さんは、会社員から俳優を志したとお伺いしました。
「元々は漫画を描くことが好きで、高校生の時はイラストレーターを目指していたのですが、不景気でデザイン事務所の募集が全然ありませんでした。ただ、コンクールで賞を獲っていたこともあって、大手の印刷会社に入ることに。社長にも気に入っていただいて、“5年待ってくれたらデザイン部門を設立して部署のトップにしてやる”と言われたのですが、18歳の僕には5年は長すぎると感じて半年でやめました(笑)。

それに絵の世界は、イラストレーションが売れて有名になったとしても、それを誰が描いたかまで知られることはほとんどありません。個展を開く人はほんの一握り。そう考えた時に、絵の他にも表現ってあるんじゃないかと思い始めました。時代がドラマブームだったこともあって、俳優に興味を持つようになりました」

−それまでお芝居の経験があったのでしょうか?
「全く(笑)。人前に出るのも嫌なタイプでした。でも何故か自分に出来るんじゃないかと思って、仕事を辞めたんです」

−凄い行動力ですね。そこからどうやって俳優になられたのでしょうか?
「当時はオーディション雑誌を見て、コンビニのバイトをしながらオーディションに応募し始めました。実は、藤原竜也さんがデビューされた蜷川幸雄さん演出の舞台『身毒丸』のオーディションも受けていました。親には俳優を目指していることを言っていなかったので、部屋でボソボソ練習しているのを変に思っていたと思います(笑)。その後すぐに受けた舞台作品のオーディションに受かり、上京することになりました」

−1998年にデビュー後、翌年には大河ドラマ『元禄繚乱』にも出演していらっしゃいます。
「デビュー作の舞台『毛皮のマリー』で主演を務めていた篠井英介さんを観に来たNHKのプロデューサーが、僕の芝居を気に入ってくださったようなんです。初めての収録がいきなり東山紀之さん、宮沢りえさんとのシーンでしたが、緊張するよりも楽しくてしょうがなかったです。現場に行くのがずっと楽しくて。日常にはない体験なので、全てが新鮮でしたね」

−その後ドラマ『やまとなでしこ』への出演や、『世界ウルルン滞在記』への出演も話題となりました。
「親から電話がかかってきたり、周囲の人が評価してくれたりするのは感じていたのですが、僕自身はあまり実感がなくて。とにかくお芝居が楽しい!という気持ちだけでしたね。お金がない中で2日に1回は舞台を観に行っていましたし、ずっと芝居のことを考えていました」

大人計画への出演が転機に。蜷川作品の特徴は“とんでもない緊張感”

−大人計画への出演は念願だったそうですが、大人計画に惹かれたきっかけは?
「当時から、大人計画は凄い人気でした。チケットがなかなか取れなかったのですが、22歳の時に初めて観ることができて、衝撃を受けました。漫画家を目指していた僕にとって、漫画をそのまま舞台にしたような感覚でしたね。実は松尾スズキさんも漫画家を目指されていたらしいです。今まで僕が出演していた演劇作品とは全く異なっていて、とにかく衝撃でした。演劇ってここまでなんでもありで面白い世界なんだと気付かされて。僕は松尾スズキさんが日本の演劇を変えたと思っています」

−2002年、待望の大人計画の作品『業音』に出演されましたが、いかがでしたか?
「最初は凄くしんどかったです。個性的なキャラクターを作るためにテンションをめちゃくちゃ上げなきゃいけないのが、理屈がないから恥ずかしくて(笑)。どう演じたら良いのかわからなくてずっと悩んでいたのですが、皆川猿時さんと飲んでいる時にふと“あのシーンのシゲが面白いよね”と言ってくれた一言に救われました。わからなくて良いんだという事がわかって、じゃあもっとテンションMAXでやってみようと試したら、松尾スズキさんが爆笑してくださって。この作品が俳優として大きな転機になりました」

−蜷川幸雄さん演出、オールメール・シリーズ『間違いの喜劇』では、小栗旬さんの相手役で女方を務められました。
「この作品も最初はずっと悩んでいましたね。蜷川さんには“女になれ!”と怒られて、“いや俺、女じゃねえし”と思ったりして(笑)。でも大人計画での経験もあったので、こうしたらもっと面白いんじゃないか?と思ったことをどんどん試していくと、蜷川さんも認めてくださるようになりました。翌年の『恋の骨折り損』にもすぐ呼んでいただいて」

−蜷川作品の特徴は何だと思われますか?
「とんでもない緊張感。蜷川さんの作品は、稽古の初日に、セットも衣装も音楽もほとんど用意されているんです。ジャージで稽古なんて絶対にしない。だから俳優は言い訳できないですよね。“これだけ用意したんだから、やれよ”と言われているようで。でもそれが楽しくて。衣装も着ながら稽古できるので、テンションが上がりました」

−緊張も楽しめるのが、内田さんの俳優としての強みですね。
「蜷川さん以上に緊張感のある稽古場を体験したのが、ロバート・アラン・アッカーマンですね。二宮和也くんと共演した舞台『見知らぬ乗客』で演出を受けたのですが、蜷川さんが優しいと思えるくらい追い込まれました(笑)。アッカーマンさんは、本番で演じるシーンの直前をエチュード(即興)でやるんです。交換殺人がテーマの作品だったので、人を殺してブルブル震えるシーンの直前、拳銃を隠したり涙を流したりというエチュードをもう1時間くらいやらされて。それで、“全然ダメ、もう一回”と言われるんですよ…。後から聞いたら、役柄を考慮して僕を意識的に追い込んでいたらしいのですが、極限状態がずっと続いて、とにかくしんどかったです。二宮くんもしんどかったみたいで、千秋楽で幕が降りた瞬間、“シゲさん終わったー!”って大声で抱きついてきました(笑)」

演劇は、生が良い。だから“生に誘致するもの”が必要

−俳優として順風満帆なキャリアを歩んでいた内田さんが、今回新たに観劇アプリを立ち上げた理由は何だったのでしょうか?
「コロナ禍で演劇が終わってしまうんじゃないかという危機感があって、何か僕に出来ないのかと考えるようになりました。演劇は生が良いと言われるし、僕もそう思うけれど、“生に誘致するもの”が必要じゃないかと。ミュージシャンはCDやDVDがあるから知ってもらえて、ライブに来てもらえるじゃないですか。演劇にもそういったものがあったら必要だなと思いました」

−それで実際に行動に起こされたのが凄いです。
「最初は事業再構築補助金に申請してみて、採択されたらやろうと思っていたのですが、計画書を入念に作っていくと、頭の中にあるイメージが具現化されていくんですよね。それで途中からもう“このサービスは演劇界に無きゃいけない、やるのが当たり前”と思うようになりました」

−俳優業に専念できなくなる懸念はなかったのでしょうか?
「コロナ禍当初は舞台も中止になっていましたし、とにかく今できることをやろうと考えていました。それが僕にとっては観劇アプリを立ち上げることだったんです。これは僕にしかできないことだと思ったし」

−“自分にしかできない”と思われたのは何故だったのでしょうか?
「俳優や劇団の気持ちを分かっている人がサービスを作ることが重要だと思いました。演劇や俳優のことを想って、リスクを負ってでも行動に移せる人がやるべきだと思って」

俳優をもっと夢のある職業に

−俳優としての経験がある内田さんだからこそ、アプリで実現したいこととは?
「まず俳優や劇団をもっと稼げるようにするということ。例えばYouTuberって稼げて夢があるからこそ、人気の職業になったと思うんです。若い才能ある人がもっと演劇界に来てほしい。そのためには夢があること、夢を与える仕組みがあることが大事です。

舞台は劇場のキャパが決まっているので、どんなに面白いものを作っても収益が変わらない。それが配信によって、面白ければ1万人が観てくれる可能性が生まれる。夢がありますよね。そうしたら、俳優を目指す人が増えて、良い循環が生まれます。

また、地方に住んでいる方は劇場に行くのも大変で、演劇を一度も観た事がない人も多い。演劇の敷居が高いと感じている方が多いので、その敷居を低くするのも大切だと思っています」

−ズームアップ機能もこだわりのポイントでしょうか?
「僕自身、舞台作品を配信で見た時に、あまり面白いと思えなかったんです。というのも、僕は台詞を喋っている人ではなくて、その台詞を受けている人や、違う役者の反応を見たいのに、台詞を喋っている人ばっかりアップにされてしまう。演劇は、様々な情報を自由にチョイスできて、想像を膨らませるから面白い。観客が自分なりに考えて自由に解釈できる幅を配信でも作るべきだと思いました」

−今後のアプリが目指す未来像は?
「日本でもブロードウェイ作品が見られて、アメリカでも歌舞伎などの日本の作品が見られて…と国境を越えていくことは当然目指しています。更には、VRで臨場感のある空間を生み出したり、生の空間だからこそ感じるエネルギーすら電波に乗っけたり…といったこともいつかは出来るんじゃないかと考えています。アナログの良さは絶対になくならないからこそ、アナログの世界でプロのエンターテイナーとして技を磨いている俳優たちが、光を浴びる時代を作りたいですね」

観劇専門オンライン配信アプリ「KANGEKI XR」は2023年8月21日(月)にリリース。ズームアップ機能や俳優へのギフティング機能を備え、スマホで気軽に舞台を楽しむ事ができます。現在はOFFICE SHIKA PRODUCE『ダリとガラ』やゴツプロ!『ブロッケン』などを配信中。詳細はこちら

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Yurika

“台詞を受けている人や、違う役者の反応を見たいのに、台詞を喋っている人ばっかりアップにされてしまう”というのは、演劇を配信で見たことがあるファンにとってあるあるではないでしょうか?ズームアップ機能でお気に入りの劇団の作品を見るのが楽しみです。「KANGEKI XR」は今後、生配信も実施していくとのこと!演劇ファンとしても、気軽に演劇を見られる機会が増えることで、新たな劇団や俳優との出会いもありそうですね。