6月9日に行われたトニー賞授賞式で、『パイレーツ!ザ・ペンザンス・ミュージカル』カンパニーの一員としてパフォーマンスを披露した上林龍(かみばやし りょう)さん。なんと大学卒業1ヶ月半で『アウトサイダー(The Outsiders)』でデビューし、現在はラミン・カリムルー氏出演の最新作『パイレーツ!ザ・ペンザンス・ミュージカル』に出演。快進撃を続ける上林さんに、オンラインでのインタビューが実現しました。

トニー賞でのパフォーマンスは「夢のような、一瞬の出来事」

−トニー賞でのパフォーマンスはいかがでしたか?
「マチネ公演が終わった後、休憩後に劇場に再集合して衣装とかつらをつけて、バスに乗って会場のラジオシティに向かいました。僕たちの順番が来るまではバスで待機していて、パフォーマンスの時間になったら劇場の中に入ってパフォーマンスをして、またすぐにバスに乗って劇場に帰ったので、まさに夢のような、一瞬の出来事でした。でもパフォーマンスをしながら“本当にトニー賞なんだな”というのを実感してやれたので楽しかったです」

−客席の反応は見えましたか?
「最前列にキアヌ・リーヴスさんがいたので探そうと思ったんですけれど(笑)、会場にいる著名人を考え出すとキリがないのでとにかくパフォーマンスに集中しました。生放送なのでバタバタしていて、劇場というよりも映画のセットの中にいるような感覚でしたね」

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−生放送のカメラにもたくさん映っていましたよね。
「リハーサルでアピールをしていたら、本番でも映っていて嬉しかったです。日本の友達からもたくさん連絡をもらいました。パフォーマンスを終えてはけた時、舞台袖でも生中継のカメラがあるのですが、そこでもたまたま目の前にカメラがあったので、思ったより映れました。遊び心満載のカンパニーとパフォーマンスできて本当に楽しい時間でした」

−パフォーマンス内容はトニー賞のためにアレンジされていたものだったのですか?
「そうです。立ち位置や尺を調整しています。あの楽曲は一幕最後のナンバーで、“二幕もお楽しみに”といった歌詞もあるので、それをトニー賞用に変えました」

−『パイレーツ!ザ・ペンザンス・ミュージカル』では上林さんの出演にあたり、日本語の「海賊王」という歌詞が取り入れられたそうですね。
「ラミンさん演じる主人公に向かって、様々な言語で呼びかけるシーンがあるのですが、元々僕はスペイン語の予定だったのが、“せっかくなら日本語にしよう”と脚本を変えてくれました。リバイバル作品ですけれど、新しい台詞や要素を入れられる作品だったのでラッキーでした。日本語の単語は指定したわけではなかったのですが、“海賊王にしたけれどどうかな?”と言われて。僕は『ワンピース』が大好きなので、“海賊王”と言う時に『ワンピース』のキャラクターのポーズを日々取り入れて楽しんでいます」

−他にも、日本人というアイデンティティが生きているなと感じる瞬間はありますか?
「今アメリカでは移民が暮らしにくいという問題があります。『パイレーツ!』はコメディですが、最後に“みんな別の場所から来ているんだ、それこそがアメリカなんだ”というメッセージ性のある楽曲があって、実際にカンパニーの中で海外から来ているのは僕だけなので、この曲に入るための台詞を軍曹役のデヴィッドさんが僕を見て言ってくれるんです。そのシーンは毎回感動して、泣きそうになります」

−社会課題を含め、時代の今を映し出すブロードウェイらしいシーンですね。
「そう思います。『RENT』や『カム・フロム・アウェイ』もそうやって生まれた作品ですし、アメリカはエンターテイメントが必要不可欠で、人間の魂を動かす力のある芸術なんだなと感じます。生で、今の出来事を反映している別世界の物語、というのはミュージカルや演劇ならではだと思います」

大学卒業後1ヶ月半で『アウトサイダー』に出演

−昨年は『アウトサイダー(The Outsiders)』に準主役アンダースタディおよびスウィングとして出演されました。
「トニー賞でミュージカル作品賞を獲る1週間ほど前に、スウィングの追加キャストオーディションがあり合格しました。大学を卒業して1ヶ月ほどだったので、怒涛の日々でした」

−大学卒業後1ヶ月半でブロードウェイデビュー、というのはブロードウェイでも珍しいことなのでしょうか。
「かなり珍しいと思います。在学中にオーディションを1年くらい受けて、色々な人に自分を知ってもらってデビューするというのはよくある話なのですが、僕はビザの関係で卒業を早めるのが怖くて、在学中にオーディションは受けられなかったんです。卒業後1年以内にオーディションを受けて出演しないとビザが切れてしまうという、かなり切羽詰まった状況だったのですが、たまたまオーディションを受け始めて2週間ほどで受かって、リハーサルが始まって、出演することができました。
僕のことを全く知られていない状態からスタートして短いスパンで出演まで行くというのはレアですし、『アウトサイダー』とのタイミングと、僕のアーティスト性がたまたま合ったというのは運と縁があったなと思います」

−確かに作品とのタイミングもありますよね。
「そうなんです。実は、今年トニー賞でミュージカル作品賞を取った『メイビー、ハッピーエンディング』もオーディションを受けていて、自分のブロードウェイデビューはこの作品だと心の中で決めていたのですが、出演には至りませんでした。でもそのお陰で『アウトサイダー』と『パイレーツ!』に出演できたし、『メイビー、ハッピーエンディング』も観客として楽しめた。“この作品とは今このタイミングじゃない”ということは悪いことじゃないし、今の僕にとっては必要ではなかったんだなと割り切れるようになりました」

−『アウトサイダー』は若者たちからも絶大な支持を得ている作品です。出演してみて作品のパワーを感じましたか?
「雨の中で喧嘩をするシーンがあるのですが、そこの歓声は凄いです。照明もかっこいいし、キャストもみんなテンションが上がるので怪我のリスクもあり、世界観に引っ張られすぎてやりすぎないように、と演出家やスタッフから凄く言われます。
TikTokでも話題になった作品で、出演後に楽屋から出ると凄い悲鳴が上がって驚きました。この前も“『アウトサイダー』に出ていた龍さんですよね”と声をかけて頂いて、ニューヨークで声をかけて頂くなんて光栄だなと思います。オリジナルキャストで上演後、追加キャストとして最初に発表されたメンバーだったので、注目を浴びられたというのも良いタイミングでした」

恩師との出会いからアメリカ行きを決意

−ブロードウェイでご活躍が続きますが、子役時代は日本で劇団四季の『サウンド・オブ・ミュージック』に出演されたのだとか。
「そうなんです。ミュージカルについては右も左も分からない状態でオーディションを受けたのですが、リラックスしてふざけまくっていたのが逆に良かったのか、奇跡的に受かって。フリードリッヒ役をやらせていただきました」

−その後も日本で作品に出演されていたのですか?
「ジュニアミュージカルに出演していました。中学校からは通っていたインターナショナルスクールでミュージカル部に参加していました」

−ブロードウェイを目指したきっかけは何だったのでしょうか。
「高校生の時、USC(南カリフォルニア大学)のサマーキャンプに行って、ミュージカル学科のコースを取ったのですが、そこで凄く褒めていただいたんです。“こっちでもやれるよ”と凄く言ってくださったのが自信になり、僕自身も手応えを感じたので関心を持つようになりました。
またミュージカル部で演出を手がけていたヒューバー先生が、高校生の時に主役に抜擢してくれたんです。『ハイスクール・ミュージカル』のトロイ役でした。その学校で日本人が主役をやるというのは前代未聞で、僕もアンサンブルがやれたら良いなという思いでオーディションを受けていたので、僕のことを信じてくれたんだなと凄く感じました」

−人との出会いが上林さんを変えていったのですね。
「はい。ヒューバー先生は翌年体調不良で学校に来られなくなりましたが、ミュージカルのオーディションの時には来てくれて、『Leap of Faith』という作品の主役のジョナスにまた僕を選んでくれました。この作品はアラン・メンケンが作曲を手がけていて、詐欺師の主人公が車椅子の少年と出会い、神の存在や、信じることの大切さに気づいていく物語です。
ジョナス役を僕にくれた1週間後、先生はがんで亡くなりました。『Leap of Faith』はブロードウェイではすぐに閉まってしまった作品だったのに、なぜ先生はこの作品を選んだのかを考えましたし、みんなが全身全霊で、宇宙を感じながら作品と向き合いました。その時、自分は本当に何をやりたいのかを考え、ブロードウェイに行こうと決めました」

英語での感情の引き出しがない。アメリカで初めての挫折

−恩師が導いてくれた道ですね。ミシガン大学に進学して、英語でミュージカルを本格的に学んでいかがでしたか。
「第一言語は日本語ですし、インターに通っていたと言ってもやっぱり日本語で話す方がリラックスして面白く喋れます。だから大学に行って、英語の発音はバッチリなのに、相手を笑わせたりジョークを言ったりすることができなくて、友達の作り方が分からなくなりました。さらに芝居となると、英語での感情の引き出しがないから、どうしても「作っている自分」になってしまうんです。今のアメリカでは芝居でもナチュラリズムが求められるので、凄く苦労しました。音楽に身を任せると感情に乗りやすかったのですが、台詞になると自分のタイミングと自分の息なので、うまくいかなくて。自分でも「芝居が下手なんだな」と落ち込みましたし、そこでコロナ禍が来て1年間大学を休んだので、もう一度、自分が何をやりたいのかを考え直しました」

−そこからどのように変化していったのでしょうか。
「もっと人と交流しようと思いました。色々な人と出会って話し方を研究して、感情的に言い合う経験もして、アメリカの映画もたくさん見て。そうすると段々と英語を話す時の自分のアイデンティティが確立していって、自分を持った英語の芝居が出来るように変わっていきました。まだまだ勉強中ですけれど、言語と芝居というのがいかに結びついているかに気づけた良い機会だったと思います」

−日本とアメリカの芝居の違いもありましたか。
「アメリカではKISSと言って、「Keep It Simple, Stupid」、どれだけシンプルに舞台に立てるかが求められます。キャラクターの背景を考えたり、自分なりに分析したりするのは大事ですけれど、それを全部舞台上で見せようとするとやりすぎに見えてしまうし、自分勝手な芝居になってしまうんです。舞台上では、このキャラクターが何を伝えたいか、その「意図」だけが見えれば良い。簡単そうで難しいです。
また僕は子役を経験しているので、つい感情に身を任せて芝居をしてしまっていたのですが、構造的にシーンを理解し、台詞や芝居の「意図」を考えるということも大学で学びました。大学にいる間はなかなかしっくりこなかったのですが、理論を学んだのち、ブロードウェイでたくさんのオーディションに参加して、理論を体現しているプロの人たちを見て、ようやく情報と現実とが結びついていく感覚がありました。だから芝居が楽しくなってきたのはここ数ヶ月なんです」

日本とアメリカ、どちらにも感動を与えられる役者に

−ブロードウェイでは多くのオーディションを受けられていると思います。メンタルの切り替えも求められますよね。
「そうですね。どんなに作品が決まっても、やはりNoと言われる回数の方が多いんです。だから1つ1つ、なんで受からなかったんだろうと悩んでいる暇もなくて、それに振り回されてしまうとアーティストとして埋もれてしまいます。どれだけ自分を保てるかというのは大事だなと学びましたし、「こうやって芝居しなきゃ」と思い詰めすぎると芝居にもエゴが出ます。変に考えすぎてしまった自分というものは、自分らしさとは違いますし、受かった時点でそのキャラクターに自分は合っているわけだから、変に作ろうとせず、シンプルに演じるようにしています」

−上林さんが一番影響を受けた作品は何でしょうか。
「劇団四季の『ウィキッド』は初めて観た時にもの凄く感動しました。『サウンド・オブ・ミュージック』出演後に観たので、自分はこんな凄いものに出ていたんだと思いましたし、アンサンブルのハーモニーもとても美しい作品で、ミュージカルを改めて好きになった作品です。
ミュージカルが大好きなので好きな作品はたくさんありますが、最近観たものだと『ディア・エヴァン・ハンセン』(Dear Evan Hansen)が好きですね。
また今回トニー賞でも話題になった『サンセット大通り』は大学の時のルームメイトと、今のルームメイトが出演しているんです。友達がブロードウェイの作品に出ているところを見ると、自分もブロードウェイの世界にようやく入り込めたんだなと思えて新たな感動がありました」

−最後に、俳優としての今後の目標を教えてください。
「日本とアメリカ、どちらにも感動を与えられるような役者になりたいです。日本も大好きなので、日本の皆さんにも芝居を観ていただきたいですし、どちらの文化・言語にも共通するような人間の姿を、芝居・パフォーマンスを通して魅せられたら良いなと思います。今回トニー賞を取った『メイビー、ハッピーエンディング』のように日本とアメリカでコラボレーションが生まれたら嬉しいですし、そこに少しでも貢献できるような役者になりたいです」

上林龍さんは『パイレーツ!ザ・ペンザンス・ミュージカル』に7月27日まで出演中。公式HPはこちら

第78回トニー賞授賞式は6月15日(日)18:15からWOWOWオンデマンドで字幕版が配信。公式HPはこちら

Yurika

トニー賞でのパフォーマンスから数日後というホットなタイミングでお話を伺うことができました!ブロードウェイでご活躍、と聞いてずっと海外でミュージカルをやってこられたのかなと思いましたが、実は劇団四季作品に子役で出演されていたり、大学で英語での演技に苦労したりと意外なお話がたくさん。お話を聞いて改めて、ブロードウェイの舞台に立たれている凄さを実感しました。トニー賞では何度もカメラに抜かれているので、ぜひチェックしてみてください!