ブロードウェイ・ミュージカルの名作『20世紀号に乗って』が5年ぶりに日本で上演決定!演出・振付にクリス・ベイリー氏を迎え、増田貴久さん、珠城りょうさんほか豪華実力派キャストが出演します。『20世紀号に乗って』とはどのような作品なのでしょうか。

ミュージカル『20世紀号に乗って』上演の歴史

ミュージカル『20世紀号に乗って』(On the 20th Century)は1932年にチャールズ・ブルース・ミルホランドが書き下ろした戯曲で、1934年にアメリカで映画化。原作と映画をもとに、1978年にベティ・カムデン、アドルフ・グリーンによる脚本、サイ・コールマンによる音楽で、ブロードウェイでミュージカル化され、トニー賞5部門を獲得しました。映画は白黒映画で、Prime Videoで見ることができます。

その後、初演以来40年ぶりに2015年にリバイバル上演され、個性派俳優として知られるピーター・ギャラガーと、『ウィキッド』のグリンダ役でお馴染みクリスティン・チェノウェスが出演。トニー賞のリバイバル作品賞にノミネートされるなど話題を呼びました。

この2015年版のリバイバルキャストによる楽曲は日本でも聴くことができるほか、当時の映像を見ることができます!映像からもダンスシーンとコミカルなシーンがたくさん垣間見られますね。タップダンスや列車の汽笛を活かした楽曲も魅力です。(apple music「On the 20th Century(2015 Broadway Revival Cast)」のリンクはこちら

ブロードウェイ・ミュージカルの金字塔と言えるミュージカル『20世紀号に乗って』は、日本では1990年に青山劇場にて初演、演出・振付を宮本亜門さん、草刈正雄さん・大地真央さんらが出演しました。2019年には宝塚歌劇団の雪組で上演され、主役のオスカーを望海風斗さん、ヒロインのリリーを真彩希帆さんが演じています。

そして2024年3月、5年ぶりに上演が決定。東急シアターオーブにて3月12日(火)から31日(日)まで、大阪・オリックス劇場にて4月5日(金)から10日(水)まで上演されます。

窮地に立たされたブロードウェイの演出家は、かつての恋人を出演させることができるのか?

舞台は世界恐慌を脱出した1930年代初頭のアメリカ。ブロードウェイの劇場街にも再びネオンが灯り、人々が自信と活力を取り戻し始めています。舞台演出家兼プロデューサーのオスカー・ジャフィは、かつてブロードウェイで活躍するやり手のプロデューサーでしたが、ショーに失敗して多額の借金を抱え、シカゴの小さな劇場で打った最新のショーも終了。

窮地を脱するため、オスカーは、マネージャーのオリバー・ウェッブと宣伝担当のオーエン・オマリーと共に、高級列車「特急20世紀号」に乗り込み、オスカーの元恋人で現在はハリウッドの大女優リリー・ガーランドに会う計画を立てます。

リリー・ガーランドはオスカーがオーディションで才能を見抜き、大女優に育て上げた人物。女優として成功後、2人は恋人として過ごしましたが、オスカーの強い嫉妬にうんざりしたリリーがニューヨークを飛び出し、ハリウッドで映画スターへと転身してしまったのです。

リリーは新しい恋人で若き映画俳優のブルース・グラニットと共に「特急20世紀号」へ。偶然を装ってリリーとの再会を果たしたオスカーは彼女に戻ってくるよう口説きますが、リリーは「Never」(決して)戻ることはないと怒ります。

列車の中では、「悔い改めよ」という宗教のステッカーがあちこちに貼られ、迷惑がる乗客が続出。車掌は狂人探しを始めます。その様子を見てオスカーは、マグダラのマリアを描く新作を考案。聖女というまたとない役に揺らぐリリー。

さらにオスカーの芝居のスポンサーに手を挙げる人物が現れます。製薬会社の会長であるレティシア・プリムローズは、膨大な資金を持て余しており、演劇に投資したいというのです。資金を得たオスカーたちはリリーに契約書にサインをするよう迫りますが…。

演出 クリス・ベイリー×主演 増田貴久のタッグ再び!

本作で演出・振付を務めるのは、クリス・ベイリー氏。2020年・2021年に東急シアターオーブで上演されたミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』で演出・振付を手がけた人物です。そして主人公のオスカー・ジャフィを演じるのは、NEWSとしての音楽活動を始め、舞台・ドラマ・バラエティ番組と活躍する増田貴久さん。『ハウ・トゥー・サクシード』では海外ミュージカル初挑戦ながら抜群の歌唱力と躍動感あふれるダンスで魅了しました。

2人の再タッグに期待が高まるのは、クリス氏が増田さんを深く理解していると言うこと。『ハウ・トゥー・サクシード』では2020年、2021年と同じ作品ながらヒロインキャストの変更も踏まえて人物像をより可愛らしいイメージに変革させることで、増田さんの魅力を引き出しました。『20世紀号に乗って』では落ち目の演出家という増田さんより年齢層が上に思えるオスカーを、どう演出していくのでしょうか。(関連記事:「誰よりも真面目に取り組むまっすーをリスペクト。ユーモアたっぷりの座長」ミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』開幕

クリス氏は増田さんについて「私は彼から溢れ出すエネルギーを感じられる稽古場での時間が恋しいです。 疲れ知らずのエネルギーや、作品への向き合い方は大変素晴らしく模範的でカンパニーを牽引してくれました。また、前作ではたくさんのダンスを見事にこなしましたので、今回の作品でも彼のダンススキルを存分に発揮できる瞬間をできるだけ見つけていこうと思います」とコメントしており、ダンスシーンにも期待が高まります。

そしてヒロインのリリー・ガーランド役を務めるのは、珠城りょうさん。元宝塚歌劇団の月組トップスターで、2023年はドラマ『VIVANT』にて女性別班員として登場。俊敏で美しい動きが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。

嫉妬深く、我儘で自分勝手なオスカーを支え続けるオリバー・ウェッブ役には、小野田龍之介さん。ミュージカル『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』『マリー・アントワネット』など日本のミュージカル界において欠かせない存在であり、2023年上演の『マチルダ』ではミス・トランチブル校長役として恐ろしくもコミカルな演技が話題となりました。『メリー・ポピンズ』にて華麗なるダンスシーンでも魅了した小野田さんは、増田さん演じるオスカーを支える良きパートナーとなりそうです。

そしてオリバーと一緒にオスカーを支えるオーエン・オマリー役は上川一哉さん。劇団四季で『リトルマーメイド』日本初演の王子・エリック役を務めるなど活躍し、退団後は『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』でジュウザ役を熱演。2023年は『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』に出演しています。

リリーの今の恋人ブルース・グラニット役を演じるのは、渡辺大輔さん。『ミュージカル テニスの王子様』『1789 バスティーユの恋人たち』『ロミオ&ジュリエット』『ウエスト・サイド・ストーリー』『ウェイトレス』『next to normal』などに出演し、12月からはミュージカル『ベートーヴェン』で小野田さんと共演します。

そして列車内を大きく掻き乱す製薬会社の会長レティシア・プリムローズを演じるのは、戸田恵子さん。ミュージカル『エリザベス・アーデン vs.ヘレナ・ルビンスタイン -WAR PAINT-』では化粧品ブランドに革命を起こしたヘレナ・ルビンスタイン役で魅了しました。本作でも重要なスパイスを与えてくれそうです。

そのほか、可知寛子さん、斎藤准一郎さん、武藤寛さん、横沢健司さん、植村理乃さん、小島亜莉沙さん、坂元宏旬さん、咲良さん、篠本りのさん、田川景一さん、田口恵那さん、東間一貴さん、長澤仙明さん、MAOTOさん、増山航平さん、吉田萌美さん、米島史子さん、玲実くれあさんが出演。

『マチルダ』ではアンサンブルキャストとして出演、急遽ミスター・ワームウッドの代役を務めたことでも話題となった斎藤准一郎さんや、『ハウ・トゥー・サクシード』にも出演したMAOTOさん、咲良さん、田口恵那さんのお名前もあり、ダンスシーンに期待が膨らみますね。

作品の時代背景は?

本作に登場する20世紀特急は高速運転と設備の豪華さが売りの特急列車で、1902年から1967年までニューヨーク−シカゴ間で運転されていました。1959年公開のアルフレッド・ヒッチコック監督映画『北北西に進路を取れ』にも登場。経済的繁栄を遂げた20世紀を象徴する列車と言えます。1920年代は「狂騒の20年代」と呼ばれ、一般的な家庭が自動車や冷蔵庫・掃除機を購入し、ラジオを聴いたり映画を観たりと娯楽を楽しみました。

ちなみに、日生劇場にて2023年9月に上演されたミュージカル『ラグタイム』の舞台は20世紀初頭のアメリカとなっています。『20世紀号に乗って』は1930年代が舞台となっているため、『ラグタイム』の方が時代設定は少し前。『ラグタイム』では、井上芳雄さんが演じた黒人ピアニストのコールハウス・ウォーカー・Jr.が初めて自動車の大量生産を実現したフォード社の車を購入する描写がありますね。(関連記事:現代に通じる人種の分断と音楽が生み出す絆を、色鮮やかに描きだす。ミュージカル『ラグタイム』ゲネプロ&囲み取材リポート

F・スコット・フィッツジェラルドによる『グレート・ギャッツビー』が発表されたのは1925年。20世紀アメリカ文学の最高峰と言われる本作では、富を得た男がニューヨークの郊外で毎夜豪華なパーティに興じるも、愛ゆえに悲劇的な結末を迎える姿が描かれており、アメリカの大量生産・大量消費の社会とその影を感じることができます。当時の大統領カルビン・クーリッジは「アメリカのビジネス(本分)はビジネス(商売)である」と発言しており、ビジネスの加速が凄まじい時代でした。

また1920年代は都会化と非宗教化が進んだことで、家庭や宗教に重きを置く一部のアメリカ人の反発が生じます。ダーウィンの進化論に反論する宗教的原理主義者が現れ、アメリカの中西部や南部では進化論を教えることを法令で禁じる州議会もありました。そのうちの1つであるテネシー州で、法律に違反したとして高校教師が起訴されるスコープス裁判が起こったことは、全米で注目を集めました。『20世紀号に乗って』では「悔い改めよ」という宗教のステッカーを列車中に貼りまわる“狂人”が登場しますが、これも非宗教化の進む社会と関係があるのかもしれません。

ジャズがアメリカの文化において存在感を放ち、「ジャズ時代」とも呼ばれた1920年代。しかし華やかな時代は長くは続かず、1929年10月に大恐慌が起こります。アメリカの株価が暴落したことをきっかけに世界恐慌が発生。ルーズベルト大統領が公共事業(ダムの建設など)で失業者の雇用を生む等の「ニューディール政策」を打ち出し、経済の安定化を図りました。オスカーがブロードウェイでの成功から一転、ショーの失敗が続き、借金を抱えて落ちぶれている姿も、株の暴落によるブロードウェイへの影響があったのかもしれません。1933年に公開された映画『42ndストリート』の主人公ジュリアン・マーシュは、株の暴落によって心身ともに弱った演出家として描かれています。

そして『20世紀号に乗って』ではリリーがブロードウェイからハリウッドへと活躍の場を移しますが、サイレント映画が主流だった頃から、映像と役者の音声が同期された「トーキー」映画が上演され始めたのは1927年。『ジャズ・シンガー』というアメリカ映画が始まりで、倒産寸前だった製作会社ワーナー・ブラザーズにとって再起の作品となりました。トーキー・アニメーションの先駆けで、ミッキーマウスのデビュー作でもある『蒸気船ウィリー』の公開は1928年。アカデミー賞は1929年にスタートしています。こうした時代の勢いの影響もあり、リリーはブロードウェイを飛び出したのかもしれません。(ちなみに『ラグタイム』では石丸幹二さん演じるユダヤ人のターテが切り絵職人から映画監督へと転身し、成功を収めていました。)

ミュージカル『20世紀号に乗って』はコメディ作品ですが、こういった時代背景も合わせて楽しんでみてはいかがでしょうか。ミュージカル『20世紀号に乗って』は東急シアターオーブにて2024年3月12日(火)から31日(日)まで、大阪・オリックス劇場にて4月5日(金)から10日(水)まで上演。チケットの一般発売は2024年2月3日(土)10時からです。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

Yurika

原作映画のオスカーはリリーの立ち位置を全てチョークに書いて指導したり、盗聴器を仕掛けて彼女を監視したりと少々「やばい」演出家。オスカーとリリーの情緒不安定で芝居で人を騙す似たもの同士の元恋人コンビと、オスカーに振り回されながらも彼を「親友」だと支え続けるオリバーによるコミカルなシーンがたくさんあります。日本版ではどのように描かれるのか楽しみです!