1951年にブロードウェイにて初演を迎え、日本でも当代の名優たちによって演じ継がれてきたミュージカル『王様と私』。日生劇場での公演は1996年9月以来、28年ぶり、2024年4月9日から日生劇場で開幕します。本作で翻訳・訳詞・演出を務める小林香さんと、王様役の北村一輝さん、アンナ役の明日海りおさんが製作発表に臨みました。

これが人生を変える作品になる

シャム国王とアンナの艶やかな衣裳で登場した北村一輝さんと明日海りおさん。北村さんは本作がミュージカル初出演となり、本作へのオファーに「渋ったというより、無理ですとお断りするような勢いでずっとお返事していました」と葛藤を明かします。

「日本のミュージカルは僕から見ると歌が中心の世界に見えていたので、芝居だけやってきた自分が果たしてそこでやっていけるのか。歌に対する壁というのがどうしてもあって、人様の前に出て、そこでお金を頂くに値するのかと悩みました。観客になった時、僕を見たいだろうかと。でも最終的に出演を決めるまでに、本作のプロデューサーに色々な話をして頂きました。俳優を始めた頃にアクションや日舞、バレエ、声楽を学んでいて、声楽の発表会をやった時の声を覚えていただいていて、“絶対できます”と。その言葉に乗っかってやってみようという気持ちになりました」と出演への経緯を語りました。

明日海さんも本作の出演に際しては「クラシカルで、ミュージカルファンなら誰もが知っている作品で、「Shall We Dance?」は聞いたことがない人はいないくらいポピュラーな曲で。そういった作品こそ、技術や、演じる人の持つ魅力が問われる作品だと思います。なので、私に務まるんだろうかという思いはもちろんございました」と正直な思いを明かしつつ、「小林香さんが新たに演出を手がけ、翻訳も訳詞もしてくださって、王様は北村さんが演じられるということで、新しいケミストリーが生まれるんじゃないかと思って、とっても楽しみです」と期待も感じられるお言葉を。

演出の小林香さんは、「北村さんを説得するのに去年はずっとかかりきりだった(笑)」と苦労を見せつつ、「北村さんと明日海さんのお2人と作品を創れるというのは本当に喜び」と笑顔を見せます。小林さんは東宝にて演劇プロデューサーとして活動されたのちに演出家として独立されており、東宝に在籍当時、「ほんの数年前まで『王様と私』が上演されていて、東宝、ミュージカルの歴史の中で、この作品がいかに大切なものであるかということを、肌身で感じていた」といいます。

「オファーを頂いた時は、喜び以上に、大きな使命を帯びたという責任感の方が大きく感じられました。また昔の作品を今の時代にやるということへのプレッシャーも同時に感じています」と本作ならではの重圧を語りました。

お三方はビジュアル・スポット映像撮影にて顔を合わせ、北村さんから「後悔しないくらい、できるだけ意見を言い合って、最後の1本と思うくらいの気持ちでやりましょう」と熱い思いが語られたのだそう。「これが人生を変える作品になる、というくらいまでやりたい。本気でそう思っています。だからぶつかれるだけぶつかって、本当にお客様の前で良いものを作れるように、空気作りをしましょうとお話ししました」と、北村さんの本作にかける強い思いが伝わります。

本作の出演が決まってからすぐに北村さんはボイストレーニングを始められ、「空いている時間には必ず譜面を持ってスタジオかカラオケボックスに行っています。(歌の)先生には毎日声を出して筋肉を使うことが大事だと言われたので、本番が終わるまでは、できるだけの努力はしなきゃいけないなと。他の方達よりも(ミュージカルの)経験がないので、声を出す練習はとにかく毎日しております」と日々の積み重ねを既に半年ほど始められているようです。

ダンスの本格的な稽古はまだとのことですが、スポット映像からも垣間見えるように、練習は始められているとのこと。「気軽に考えてたんですよ僕。回るだけだろうなと思って(笑)。それがまあ、しんどいんです。1回、回るだけで息切れして。衣裳があると遠心力でさらに重くなると聞いて、ダンスシーンは後半にあるので、大丈夫なんですかね」と不安げ。しかし明日海さんから、「撮影で一瞬手を組ませていただいた時にはもう既に“王様”で、全く違和感なくやっていらしたので、本当にすごくお稽古されたのだと思います」と語られました。

また明日海さんも本作への自主的な練習は始められており、「私もカラオケに譜面を持って行っています。今のところ(北村さんとは)違うカラオケ店のようです(笑)」と語られ、王様とアンナがカラオケ店で遭遇…ということも今後あるかもしれません。

あらゆる意味で異なる2人が出会って、理解し始めて、愛が生まれていく

世界的な名作の伝統と品格を受け継ぎながら、多様な価値観に溢れる現代にふさわしい新演出版を。王様の長髪の髪型も、新たな試みの1つとなります。これまでの王様は、1860年代のシャム(現タイ)の王様ということで、髪の毛を剃って演じられてきましたが、今回は長髪に。このビジュアルに至るまでには、「髪の毛会議」が何度も開かれ、北村さん、演出の小林さんを含めてディスカッションが重ねられたといいます。

北村さんは「賛否両論あると思うんです。もちろん剃ることもできたけれど、新しいものを作りたいというのが、大きな理由の1つです。色々な意見を頂くことになると思いながらも、逆に言うとハードルが上がるなと。もっと素晴らしいものを見せなければいけないと、士気を上げる意味も込めて」と思いを語ります。

「エンターテイメントだけでなく、時代はものすごいスピードで変わってきています。その中で、僕らの捉え方、ましてや観てくださる方の捉え方も違ってくる。ヘアスタイルも含め、新しいものにチャレンジすることが一概に正しいとは言いませんが、変えるためには勇気が必要です。僕はこの仕事に対して勇気を持った姿勢でいたいし、エンターテイメントの歴史においても、勇気を持つ行動というのは1つ大事なことであると思う」と新演出にかける思いを語られました。

小林香さんは舞台美術、演出を考えるため、タイに直接出向き、寺院や王宮を見て回ってきたのだそう。また作品に登場するタイ舞踊を実際に見た他、タイ舞踊で使用する仮面の買い出しも行ったのだと言います。王様は実在のラーマ4世がモデルであるため、ラーマ4世と息子のラーマ5世の歴史も学んできたことが語られました。

「一番収穫が大きかったのは、タイの方々の国王への敬意の大きさを、肌身で感じられたことです。また、信仰心の厚さも感じました。お祈りしている方々をつぶさに観察して帰ってきたんですけれども、本当にそれは行ってみないとわからないものだなと思いました。あと、タイの方々の親切さ、優しさというものが本当にあちこちで感じられまして、そういったこともやはり演出する際に非常に役立つので、行ってよかったなと思っております」と現地で感じられたことが、新演出に細やかに反映されそうです。

また小林さんが演出だけでなく翻訳・訳詞を手がけられることについては、「時代や価値観が変わってきている中で、(本作は)古い価値観の名残というものは、なかなか否めないなというふうに正直に思います。ですけれども、私たちは原作を変えることは許されない中で、翻訳の仕方、訳詞の仕方で、新しい時代のフィルターを通して訳していくことができると思い、そこも自分が担当することになりました」と語ります。

一方で、本作には「古さよりも、この作品が輝き続けている理由の1つに、ものすごく大きな美しいテーマが流れている」と強調。「王様とアンナは全く正反対で、宗教、人種、性別、身分、言語、そして貧富の面でも、あらゆる意味で異なる2人が出会って、理解し始めて、愛が生まれていく。この素晴らしいテーマを伝えるのに、こんなにふさわしい時代もないんじゃないかと、良いのか悪いのかは分かりませんが、そう感じます。世界中のあちこちで分断があり、格差と憎悪が広がっている時代だからこそ、古い価値観を凌駕しても余り得る美しいテーマを伝える意義は大きいと感じています」と語りました。

明日海さんも「正反対の2人ですけれど、共通点もたくさんある。頑固で、だから譲らずに言い合うシーンもあるのですが、愛に溢れた2人だからこそ分かり合える軌跡を描いた作品だと思う」と、本作の時代を超えた魅力を語りました。

撮影:鈴木文彦

ミュージカル『王様と私』は4月9日(火)から30日(火)まで日生劇場、5月4日(土)から8日(水)まで梅田芸術劇場メインホールにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

北村さんと明日海さんはお互いにお会いするまで、「怖い方だったらどうしよう」と不安に思われていたのだとか。しかし小林さんが「既に王様とアンナの空気が出ている」と太鼓判を押されるほど、息の合ったお二人。これから稽古を重ねられ、作品が創られていくのが楽しみです。