2023年10月19日(木)から約3ヶ月の間、東京のJR東日本四季劇場[秋]で上演されていたミュージカル『ウィキッド』。1月27日(土)、ドラゴン時計が最後に時を刻んだ千秋楽公演を観劇してきたので、その様子をお届けします。
誰かの悪は誰かの正義かもしれない
少女ドロシーが西の悪い魔女を退治し、喜びに沸くオズの国。善い魔女グリンダは、悪い魔女のエルファバが死んで平和が訪れたことを宣言します。
童話『オズの魔法使い』のハッピーなシーンから始まる『ウィキッド』ですが、実はこれが物語の結末。グリンダとエルファバは大学生の頃からの親友で、このシーンは彼女たちが別々の未来を歩み、二度と会えなくなってしまったことを表しています。
この日が、筆者にとって本作2度目の観劇でした。1度観てストーリーを知っていると、1幕の「 グッド・ ニュース」から既に胸がキュッと締め付けられるような切なさがあります。
エルファバは、人々を傷つけるような悪い魔女ではありませんでした。彼女はオズの国に暮らす動物たちが人と同等に話し、生きる権利を奪おうとしたオズの魔法使いに逆らったため、国民の敵に仕立てられてしまったのです。
それを知っているのは、彼女と共に青春を過ごし、対立しながらも友情を育んだグリンダだけ。グリンダもエルファバが託してくれた思いを胸に、国民に元気を与える善い魔女として生きる道を貫くのです。
登場人物たちにはそれぞれが思い描く正義があり、それが他者にとっては悪になったり、大切な人を失う不幸な結果を招いたりします。誰かの悪が誰かの正義としても描かれていて、1つの物事を違う角度から見る大切さを与えてくれる作品です。
エルファバを愛さずにはいられなかった瞬間
実際に舞台を見るまで、エルファバは元から力強く逞しい女性なのだと思っていました。しかし実物の彼女は予想していたよりもずっと可愛くて、物語が進むにつれて愛しさが増していくキャラクターだと感じたのです。
特にエルファバを愛さずにいられなかったのが、ダンスパーティーに行く前、グリンダから帽子を貰うシーン。グリンダは祖母から貰った古臭い帽子をちょっぴり意地悪な気持ちでエルファバにあげたのですが、当のエルファバは怒るどころか、戸惑いつつも嬉しそうに顔をほころばせます。その一瞬の笑顔が可愛くて、彼女のことが大好きになってしまったのです。
思い返せばシズ大学へ入学したとき、エルファバは父親が妹のネッサローズに贈った銀の靴を憧れの眼差しで見つめていました。ネッサのお世話役であり、見た目も普通の人とは違うエルファバは、父親から綺麗な贈り物を貰っていません。
「わたしに贈り物をしてもね」と自虐気味に言っていた彼女にとって、グリンダから貰ったた黒い帽子は、生まれて初めてもらう綺麗な贈り物だったのではないでしょうか。
エルファバ役の三井莉穂さんは、キャラクターが感じているありのままの感情を表に出すのが実に巧妙です。グリンダやフィエロに言われて嬉しかったこと、初めてエメラルドシティに来た時の感動・・ ・ 。エルファバの目がキラッと輝くたびに、彼女が普通の女の子であることに共感を覚えました。
この日は千秋楽ということもありリピーターのファンも多かったようで、初登場シーンから客席からの温かい拍手に包まれて飛び出してきたエルファバ。物語の中ではオズの人々に忌み嫌われる存在になってしまいますが、彼女は私たちに似ているところがあり、観客に愛されているキャラクターなのだと感じました。
エメラルドシティの美しい光景を見たエルファバが「この瞬間を覚えていたいの、ずっと」と言う台詞がありますが、この日の公演はどこを切り取っても忘れがたいほど感動的で、終わってしまうのが惜しいほどでした。 東京公演を終え、『ウィキッド』は8月15 日(木)より大阪四季劇場にて上演されます。 東京と同様にチケットの入手困難が予想されますが、エルファバ達が舞台に戻ってくる日が待ち遠しいです!