荒木飛呂彦さんの大人気コミックシリーズを原作に、壮大な物語の始まりである第1部「ファントムブラッド」を世界初、舞台化したミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』。ジョナサン・ジョースター(通称“ジョジョ”)と運命的な出会いを果たすディオ・ブランドーの2人を中心に、〈謎の石仮面〉をめぐる熱き戦いと奇妙な因縁を描いた物語です。世界から注目を集める本作の観劇リポートをお届けします。

各キャラクターを総合芸術で多面的に表現

シンプルな色合いながらも、「穴」が象徴的に描かれた舞台セットの上で展開される、ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』。印象的だったのは、役者たちが細やかに紡ぎ上げた演技はもちろん、音楽・ダンス・衣裳・セットといった総合芸術を駆使しして、原作の個性豊かなキャラクター像を引き継ぎながらも、新たなキャラクターの魅力を演出しているということ。

貧民街の悪党から“ジョジョ”の仲間となるスピードワゴンは、YOUNG DAISさんがラップで表現。黒人若者文化から生まれたラップはスピードワゴンのキャラクター背景との相性が非常に高く、ミュージカル作品としての意外性と、作品にスピード感を加えてくれます。また彼が語り部の役割を担うことで、観客を一体化させるのも舞台らしく、観客を一気に作品世界へと惹きこみます。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

“ジョジョ”は高いキーの楽曲が続き、彼の繊細さと必死に成長していく様が歌声から伝わります。主人公ながら最初は弱々しく、様々な喪失を乗り越えて強くなっていく彼に相応しい楽曲たちではないでしょうか。ディオと繰り広げる戦闘シーンは松下優也さん(有澤樟太郎さんとのWキャスト)の絵になる、かつダイナミックさもあるダンスでミュージカル作品らしく表現されています。

ディオが<謎の石仮面>を利用し強大な力を手にした際も、フライング、効果音、火花や照明でその人間離れした異質さを表現していきます。一方、ディオに対抗するために“ジョジョ”が行う<波紋法>はアンサンブルの身体表現を交え、人間らしく描かれているのも面白い対比です。

“ジョジョ”に<波紋法>を授けるツェペリは、ジャジーでキャッチーな音楽で作品を彩ります。東山義久さん(廣瀬友祐さんとWキャスト)のしなやかなダンスと色気のある歌声で、「呼吸を乱さず戦う」ツェペリを大人な印象に創り上げています。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

そして“ジョジョ”と初恋の相手エリナとのシーンでは、ロマンチックなナンバー「淡い時間」の美しいメロディーが響き渡ります。松下優也さんとエリナ役の清水美依紗さんはR&Bのテイストと特徴的な声色の相性が良く、短いシーンでも2人の惹かれ合う様が緻密に描かれています。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

数々の名台詞も登場。泥を見るか、星を見るか?

様々な楽曲と演出で魅せながらも、「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーーーッ‼」「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」「貧弱!貧弱ゥ!」「スピードワゴンはクールに去るぜ」といった原作で人気の名台詞も登場。原作ファンは目の前でこの台詞が放たれることに、大きな感動を覚えるのではないでしょうか。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

そして漫画原作の第一巻で掲載された、フレデリック・ラングブリッジの『不滅の詩』の「二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た」という一節が、ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』では大きなテーマとして掲げられます。

何者になるかを重要視するディオと、紳士として誇り高く生きることを重んじる“ジョジョ”。2人の異なる正義が「泥か、星か」で対比的に描かれると同時に、ディオの周囲を蹴落としてでも這いあがろうとする野心は、貴族から「奪い取られてきた」貧困層出身だからこそ、生まれたものでもあると感じます。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

それは宮野真守さんがジョースター家に引き取られる前のディオをピュアな青年として演じ、本当の父親から受けた暴力や仕打ちによって傷ついた姿と、父と同じにはなるまいともがき続ける苦悩を繊細に表現しているからでしょう。「人間をやめる」決断をしてでも、強さを求めるディオの狂気の奥に見え隠れする感情を、宮野さんが絶妙なバランスで演じ魅せていきます。

また対極的な“ジョジョ”とディオは双方とも父親の影響を強く受けていることが随所から感じ取れ、親が子に与えるものの大きさと、貧富の差による環境の違いを感じると、双方の正義に共感を覚えます。

製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社

私たちは絶望の淵に立った時、誇りを持って星を見上げることが出来るだろうか。混沌とした時代には泥を見るからこそ、生き続けようとする力強さが湧いてくるとも言えるのかもしれません。どちらかが正解ではない、本作を貫く「泥を見るか、星を見るか」という深いテーマは、ミュージカル作品としての軸の強さも感じられます。また「人間讃歌は勇気の讃歌」のメッセージも丁寧に描かれており、人間として生きる勇気が沸々と込み上げてくる作品でした。

ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』は2月28日(水)、帝国劇場にて千穐楽を迎え、3月26日(火)から3月30日(土)まで札幌文化芸術劇場 hitaru、4月9日(火)から4月14日(日)まで兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて上演予定。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

また4月13日(土)17:00兵庫公演、14日(日)12:00兵庫大千穐楽公演のLIVE配信を予定しています。詳細はこちら

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Yurika

『ジョジョの奇妙な冒険』にあまり触れてこなかった筆者でしたが、独特な世界観が人気であることは知っており、どんなミュージカルになるのだろうとワクワクしながら観劇しました。ミュージカルファンにとっては新たな表現方法がふんだんに取り入れられた意外性のある作品でありながら、原作ファンのお客さんたちが帰り道、「“ジョジョ”の世界だった!」「最高!!!」と興奮気味にお話しされていたのも印象的でした。