第31回読売演劇大賞を受賞し波に乗る演出家・藤田俊太郎さんが、シェイクスピア作品を初めて演出する『リア王の悲劇』が、2024年9月16日からKAAT神奈川芸術劇場で上演されます。藤田さんが東京芸術大学在学中、ニナガワ・スタジオの俳優オーディションを受け、故・蜷川幸雄さんの前で演技をしたのは、『リア王』のエドマンド役。それ以来、原点であるこの役を大切にしてきました。そのエドマンド役を今回託すのは、2016年に舞台『Take me out』のオーディションで出会って以来、藤田組常連の章平さん。エドマンドがつなぐ不思議な縁に導かれるように、四大悲劇の最高傑作に挑む2人に思いの丈をたっぷりと伺いました。

『リア王の悲劇』のあらすじ

古代ブリテン(現在の英国イングランド、ウェールズ、スコットランド)が舞台。王家と廷臣グロスター伯爵家という両家の親子関係がメインとサブストーリーを織りなし、絡み合って物語が展開します。

高齢のため退位を決意した王リア(木場勝己さん)は、3人の娘の愛情を秤に掛けて、領地と権力を譲ろうとします。美辞麗句を並べて喜ばせた長女ゴネリル(水夏希さん)と次女リーガン(森尾舞さん)に譲る一方、率直な表現をした三女コーディーリア(原田真絢さん)には激怒して勘当し、追放してしまいます。しかし、ゴネリルとリーガンはわがままなリアを疎んじ、嵐の吹きすさぶ荒野へと追いやります。リアが狂乱の果てに向き合ったものは…。

一方、グロスター伯爵(伊原剛志さん)家では、私生児のエドマンド(章平さん)が家を継げないことに不満を募らせ、策略によって嫡子エドガー(土井ケイトさん)を陥れて、出奔するように仕向けます。その上、ゴネリルとリーガンを同時に口説いて対立をあおり、更なる悲劇を招くことに…。

エドマンドがつなぐ不思議な縁

-2人が初めて出会ったオーディションを振り返っていかがでしょうか。
章平 「自分のキャリアを変えようと受けたオーディションでした。藤田さんにはそれからのぼくのキャリアのすべてをつくってくれたと思っています。すべてそこから派生してつながっています」

藤田 「僕自身、演出家としてのキャリアの始まった時期に出会いました。本当に奇跡だと思っています。あの時、章平くんと一緒に仕事がしたいと思った気持ちは今も変わりません。こんなに色気のある俳優はいないと言い切れます。エドマンドは女性だけではなく、すべての登場人物、すべての世界を虜にする魅力を持っていなくては。しかも言葉で。それを日本語に宿せる稀有な俳優だと感じています」

章平 「いやあ、もう、ハードルが上がっている感じです(笑)」

-出会いといえば、藤田さんがニナガワ・スタジオのオーディションで演じたのもエドマンド役だったそうですね。
藤田 「選んだテキストが、エドマンドのモノローグでした。「大自然よ、お前こそ俺の女神。お前の掟なら俺は従う」。その時のせりふは、今でも言えます。表現の世界で生きていきたいという強い気持ちと、エドマンドのこのせりふが重なったんだと思いますね。常に目標として胸の中にあり続けている言葉です。それ以来、エドマンドはぼくにとって非常に重要な役柄。蜷川さんの前でエドマンドを演じたことがぼくのスタートなので、その原点を章平くんと一緒にできることは幸運なことだと思っています」

-藤田さんは既に『天保十二年のシェイクスピア』(2020年)を手掛けていますが、今作が初演出のシェイクスピア作品。今の率直なお気持ちはいかがですか。
藤田 「非常に興奮しています。KAAT神奈川芸術劇場の長塚圭史芸術監督から、2024年度のメインシーズンタイトル「某(なにがし)」の中でご一緒できないかと声を掛けていただき、劇場の皆さんと話し合っていく中で、ずっと挑戦してみたかった『リア王の悲劇』に決めました。シーズンの開幕を担える喜びをかみしめています」

-章平さんは出演のオファーが来た時、どんなお気持ちでしたか。
章平 「藤田さんがシェイクスピア作品を演出する時はご一緒したいと思ってきたので、とても光栄です。今までのキャリアの中で大きな役になると思います。33歳の今、やらせてもらえるのは、『来るべきタイミングで来たな』と。このチャンスをしっかりとものにして、演じたいと思っています」

登場人物が克明に描かれたフォーリオ版

-『リア王』の代表的な版本として、1608年出版のクォート(四つ折)版『リア王の物語』と、1623年出版のフォーリオ(二つ折)版『リア王の悲劇』があります。この二つの折衷版が通常、『リア王』として上演されてきました。今回は河合祥一郎さん新訳のフォーリオ版を舞台化します。
藤田 「フォーリオ版は、シェイクスピア自身が上演を観ながら手直しをしたと聞いています。彼の痕跡が色濃く残っていると思うので、それを発見していく喜びがあります。今回の上演では、シェイクスピアの時代の上演にならい、時代を古代ブリテンにキリスト教が伝来する前の3~5世紀に設定したので、ギリシャ悲劇の側面のような、人間の根源的な営みや精神がよりにじみ出ています。台本を読んでみると、主人公のリアだけではなく、どの登場人物の造型や生きざまも克明に描かれている。自分がどう生きていくのか。人間関係や社会において、きちんとした理由の裏付けがある。そういうところがフォーリオ版の特徴だと思いますね」

-例えばどのような箇所が特徴的でしょうか。
藤田  「リアはゴネリルやリーガンから、理不尽な理由で荒野に放り出されます。彼の立場からすると、なぜ娘たちは優しくしてくれないのかと感じるかもしれません。でも、ゴネリルとリーガンは国を引き継いで統治していかなければならない立場。先王のリアにはさっさと引退してほしい、これからは私たちが時代を担うのだからという理由があると思います」

-KAATのラインアップ発表会で、「女性の生き様に光を当てて、ジェンダーレスな物事の捉え方と、あらためて女性の価値観を見つめる”眼差し”を大事にしたい」とお話しされていました。
藤田  「一番大きいキャスティングは、エドガーを女性の土井ケイトさんが演じることです。エドガーは男性の名前なので、男性キャストによって演じられることが多かった。でも、今、世界中を見渡すと、リア王やハムレット、マクベスも、女性が演じる上演が盛んです。そうすることで新しい価値観や、歴史で語られなかった言葉を、世界中の演劇人が発見しているのです。2024年の現在、どうシェイクスピアを読み解くのか。もし、エドガーが女性だったら?と仮定してみました。すると、エドマンドの理由がはっきり見えてきました。なぜ自分はこの国の次の支配者になれないのか。この国は元々、男性であるリアが支配していた。それならば、後を継ぐのは男性の自分であるはずだという理由が生まれます。なぜ女性のエドガーが、廷臣としてこの国の武力を担うのか。エドガーに対する嫉妬心もより明確になりました。そしてもう一つ、グロスター伯爵は、娘のエドガーに家を継がせることによって、男女の壁を取っ払った考え方をする人なのではというのも、言葉から読み取れるようになってきました。そうすると、この作品の色合いが一気に変わってきました」

-どんな世界像が浮かび上がってきたのでしょうか。
藤田 「あらゆる世界の相似形が見えてきたと思っています。稽古でも新鮮な発見がいくつもありました。リアの在り方、国の支配者になろうとするエドマンドの策略にもすべて理由があった。もしかしたら、こうなる未来を予見して、シェイクスピアは書いたのではないか。そう思えるくらい、「男は男」「女は女」という男女関係と、ジェンダーレスの両面が、台本から浮かび上がってきました。木場さんいわく、今作は「誰も見たことのない『リア王』になる」と思います」

-藤田さんはテーマや劇構造をビジュアル化した空間づくりでも、観客たちを魅了してきました。今回は「ホール内特設会場」ということでワクワクしています。可能な範囲でいいので演出プランを教えてください。
藤田  「非常に大胆なアレンジをしています。お客さまが手を伸ばせば、そこにリアがいて、目の前でドキュメンタリーのように、すべてのドラマが起きている距離感でつくっています。体感型と言いますか、世界に入り込んでしまったかのような感覚に陥ると思います。キーワードの一つはエドマンドの支配ですね。エドマンドは台本上登場していないシーンにも登場します。戯曲上、ドラマが起こっている向こう側で、エドマンドは(舞台の外に捌けずに)虎視眈々と見ているわけです。どうやったらこの世界を支配できるのか。そして、実行し、行動していく。荒野に放たれて何もかも失っていくリアと、王城側にとどまってブリテンの次の支配者となるべく、すべてを手に入れようとするエドマンド。この両者の対照を落とし込んだ美術セットになります」

-章平さんはエドマンドをどう捉えていますか。
章平  「台本によると、エドマンドは9年間外国にいたというせりふがあります。私生児として辛い思いをしてきたところから、大きな世界を見て帰ってきた。その間に野心が大きく育っていったのでは。今回、エドガーが女性ということで、更に大きなエネルギーを向けていくことになると思います」

10人11役の合わせ鏡で多面性表現

-プリズムのような今作をどう描き出そうとお考えですか。
藤田  「木場さんの演じるリアを中心として、エドマンドやエドガーだけではなく、ゴネリル役の水夏希さん、リーガン役の森尾舞さん、リア王の家臣・ケント伯爵役の石母田史朗さん、コーディーリアとリアに寄り添う道化の2役を演じる原田真絢さん、リーガンの夫役の新川將人さん、ゴネリルの夫役の二反田雅澄さん、ゴネリルの執事役の塚本幸男さん、グロスター伯爵役の伊原剛志さんがいます。この10人11役という全く違う人物像が、あたかも1人の人間の中にいるかのように、孤独や恐怖、暴力性といった多面性を、リアを鏡として表現していく。まるで10枚の鏡のように。それを担える素晴らしい役者さんたちだと思っています」

-そのほかにコロスもいます。
藤田  「この8人のコロスは民衆の代表で、どの側にも付く。リアの側にも立つし、ゴネリルやリーガンの側にも行くし、道化の仲間やフランス軍にもなる。民衆とはやはり移ろっていくもの。一つの場所にとどまることができない。この実力のある8人が何役も演じ分けることが、もう一つの世界を形づくっています」

-2024年は、『リア王の悲劇』という鏡にどう映し出されるでしょうか。
藤田  「今の世界を見渡すと、独裁的な動きが非常に強くなっています。そうなると、エドマンドと現実の今の世界がシンクロしてくる。というのも、エドマンドは独裁政権をつくろうとしていたと見ているからです。この作品の登場人物を世代で分けると、リアを中心とする既成の価値観を持つ世代、ケント伯爵を中心とした中間の世代、そしてエドガーやエドマンド、コーディーリアらの新しい世代がいます。この若い世代が、次の支配や生き方をどう模索するのかが、もう一つの今作のテーマ。リアから学ぶのか、それとも切り捨てるのか。エドマンドはわが道を行こう、すべてを手にいれようと思ったはず。その時、彼は独裁を目指したと思います。エドマンドは恐ろしければ恐ろしいほどいい。その分、観客の皆さんにカタルシスを感じてもらえると思います」

-エドマンドは第1幕第2場以降、ト書きで「私生児」と表記されていて、この境遇が彼の人格形成に決定的な影響を与えたと感じました。章平さんはどう取り組もうと考えていますか。
章平 「一見すると、エドマンドは悪として描かれるかもしれないけれども、藤田さんの言葉を借りるなら新時代の人間で、古い慣習や今の体制を打ち破り、革命を起こそうとした。そういう人間はどの時代にもいたはずです。生い立ちやあらゆるネガティブな感情から、大きな一歩を踏み出して今を変えようとしたチャレンジを最大限評価して、寄り添っていきたいと思っています」

今しかつくれない『リア王の悲劇』を

-次の時代へどう引き継いでいくのか。米大統領選をはじめ世界各国の選挙でも、その選択を迫られているのではないでしょうか。
藤田  「米国の政権だけでなく、世界中のあらゆるところで融和するのか、分かち合うことはできないのかが問われている一方、戦争は続いている。たくさんのエドマンドがいて、たくさんの某がいるこの世界と、『リア王の悲劇』は相似形だと思います」

-最後に抱負をお聞かせください。
章平  「シェイクスピアのせりふを言うのは容易ではありません。身体に落とし込むのはとても大変な作業ですが、演劇でしかできない貴重な体験だと思っています。とてつもないエネルギーを自分の中で燃やしつづけて、身体から発していきたいです」

藤田  「いい俳優にいいプランナー、スタッフ、カンパニー、いい稽古に素晴らしい劇場と、条件はすべてそろいました。24年の今しかつくれない『リア王の悲劇』をこのカンパニーでつくることができたので、ぜひ楽しんでいただきたいと思います」

撮影:山本春花

 舞台『リア王の悲劇』は9月16日から10月3日まで横浜のKAAT神奈川芸術劇場にて上演。スケジュールの詳細は公式HPをご確認ください。

鳩羽風子

満を持しての藤田さんシェイクスピア初演出。この作品という鏡を通じて、今の世界の立ち位置を確かめたいと思います。