パンデミックでの公演中止期間を終え、元のにぎわいを取り戻してきたブロードウェイを、今年9月、衝撃的なニュースが駆けめぐりました。ブロードウェイでの最長ロングラン記録を塗り替えつづけた名作『オペラ座の怪人』が閉幕へ。ついに、不動の名作がミュージカルの本場での幕を下ろすことになったのです。

世界中からブロードウェイに来た観光客が熱狂 不動のNo.1ロングランミュージカル『オペラ座の怪人』 

舞台上の古びたシャンデリアに火が灯り、客席の天井へと吊り上げられていくオーヴァーチュア。怪しげで官能的な音楽がなり響き、観客を19世紀のパリ、オペラ座の慌ただしい舞台裏へと誘う・・・。ブロードウェイの中心にあるマジェスティック劇場で、1988年にその幕を開けた『オペラ座の怪人』は、世界中からミュージカルの本場に集った観客を魅了し続けてきました。

原作はガストン・ルルーによる同名のフランス小説。音楽を『ジーザス・クライスト・スーパースター』『エビータ』『キャッツ』などで知られる作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーが担当。「オペラ座の怪人」、「ザ・ミュージック・オブ・ザ・ナイト」、「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」といった象徴的なミュージカルナンバーがたくさんあり、その音楽はフィギュアスケートの演目でも人気になるなど、広く愛されています。作品としては、2004年にジョエル・シューマッカー監督が手掛けた映画版も有名ですね。

出演者の圧倒的な歌声と美しいメロディ、孤独の極地で生きてきた人物の狂おしいほどの愛憎劇、そしてさまざまなイリュージョン。初見の方でも見応えを感じられ、繰り返し観ればどんどん深みを増していく魅惑のミュージカルです。そんなミュージカルの代名詞とも言える超大作が、2023年2月18日、ブロードウェイ公演に終止符を打つことになりました。

ロンドン初演での大ヒットを受けて、1988年1月26日に開幕した『オペラ座の怪人』ブロードウェイ公演。ロンドンでの初演キャスト、怪人役のマイケル・クロフォード、クリスティーヌ役のサラ・ブライトマン、ラウル役のスティーブ・バートンが揃って開幕を彩り、同年のトニー賞では、最優秀ミュージカル賞を含む7部門を受賞しました。

2006年にブロードウェイ最長ロングランの記録保持作品となってからも人気は途絶えず、本場でこの作品を観たい、という観光客には特に人気のミュージカルでした。しかしながら、コロナ禍の上演中止期間を経て再開したあとは、観光客の減少などさまざまな変化があった様子。圧倒的な記録を塗り替えつづけた作品も、ついにその大千秋楽を定める運びとなりました。2023年2月18日の最後の日まで、13,925回の上演を記録して、惜しまれながら幕を閉じる予定です。

ロングラン終了決定の発表後 ミュージカルファンの反響と怪人からのメッセージ

35年目に突入した『オペラ座の怪人』ブロードウェイ公演。入れ替わり競争の激しいブロードウェイで不動のロングランを続けていた、「いつでも観られる名作」の公演終了の発表は、ミュージカルファンに大きな衝撃を与えました。発表後、チケットの売り上げは急上昇。発表から24時間で、200万ドル(約2億円)を売り上げ、その人気の高さを改めて誇示することになりました。

作品公式インスタグラムでは、怪人からのメッセージも公開。劇中でオペラ座の支配人が怪人からの手紙を読み上げるシーンのように、不穏な空気が漂う音声メッセージです。

オペラ座の怪人より皆様に親愛なる情を込めて。
マジェスティック劇場の支配人たちに指示した、ブロードウェイでのオペラ座の怪人伝説は、広く知れ渡るところとなった。
そこで私は、2023年2月18日に公演を終えるよう伝えた。
売れ行きは好調につき、できるだけ早くチケットを入手するように。
私はこの舞台をいつもの席、すなわち5番のボックス席で拝見させていただく。したがってその席は常に私のために空けておかれたい。
ニューヨークには格別の想いがある。用心しておけ、私はそう遠くにはいないのだから。
この忠告はあなたの願いのために。

あなたの忠実な僕
O. G.
(和訳:筆者)

時代を超えて上演が続いた名作が終演することは、上演史がひとつの時代の区切りを迎えるようで、寂しい気持ちもありますが、こうして、国を超えて繋がれるSNSで作品の世界観そのままのメッセージを発信するところには、最後の引き際まで美しく、世界中の作品ファンが楽しめるように、という意気込みが感じられますね。

ブロードウェイ歴代ロングラン作品をおさらい!『オペラ座の怪人』閉幕後に現役ロングラン最長作品となるのは?

最後に、ブロードウェイでのミュージカル作品ロングラン記録上位10位までを振り返ってみましょう。(2022年10月30日時、「*」付きは現在も上演中の作品)

*『オペラ座の怪人』(1998年から2023年) 13,789回
*『シカゴ(リバイバル版)』(1996年から現在) 10,146回
*『ライオンキング』(1997年から現在) 9,763回
『キャッツ』(1983年から2000年) 7,485回
*『ウィキッド』(2003年から現在) 7,299回
『レ・ミゼラブル』(1988年から2003年) 6,680回
『コーラスライン』(1975年から1990年) 6,137回
『オー、カルカッタ!』(1976年から1989年) 5,959回
『マンマ・ミーア!』(2001年から2015年) 5,758回
『美女と野獣』(1994年から2007年) 5,461回
(参考:PLAYBILL INSIDER INFO Longest-Running Shows on Broadway

35年目となる『オペラ座の怪人』が終了したあと、上演中の作品で最も長いロングランを継続することになるのは『シカゴ』、ディズニーの名作『ライオンキング』、日本でも劇団四季の再演が決定した『ウィキッド』が続きます。

『シカゴ』は、リバイバルとして再演された演出のものが現在、ロングラン記録を打ち立てています。また、『レ・ミゼラブル』や『コーラスライン』など、一度終演した作品でも、何度か再演され、そのたびに数ヶ月から数年の上演期間がある作品もみられます。

『オペラ座の怪人』がブロードウェイに常駐しなくなるのはポッカリと大きな穴が開くような喪失感がありますが、きっと、またいつか、この地で甘い音楽の調べを奏でてくれるときが来ることを願って、最後の幕を無事に下ろせる日まで、応援したいと思います。

(2022/12/2追記)11月29日に公演期間延長の朗報が入りました。新しい閉幕日は2023年4月15日まで。ロングラン上演の記録は13988回となる予定です。

Sasha

今回の公演終了の決定には、新型コロナウイルスの影響が少なからずあるようで、歯痒さを感じずにはいられません。それでも、パンデミックを経て社会が変化したように、ブロードウェイの上演ラインナップも変化のときを迎えたのかもしれません。35年連続上演という不動の記録を残すことになる、圧倒的な存在感も、作品の魅力となっていました。世代を超えて、文化を超えて、語り合える名作の最終章。その同時代に生きていられることもまた、幸せだなぁと感じます。