1900年代前半にドイツで活躍した劇作家、ベルトルト・ブレヒト。彼が第二次世界大戦下で執筆した『セツアンの善人』は、1943年にスイスのチューリッヒで初演されて以降、多くの観客を魅了してきました。そんな名作『セツアンの善人』が、2024年に日本で上演されます。この記事では、ベルトルト・ブレヒトの生涯や作品のあらすじ、キャスト陣についてご紹介していきます。

善と幸福を考えさせる『セツアンの善人』

劇作家ベルトルト・ブレヒトは、1898年にドイツのアウクスブルクで生まれました。大学時代に文学活動を始め、1922年に上演された『夜うつ太鼓』で注目を集めますが、第二次世界大戦中、ナチスによって市民権を奪われ、各国で亡命生活を送ります。

そんな亡命の最中に執筆されたのが『セツアンの善人』でした。舞台は、アジアの都市と思われる「セツアン」。物語は、神様が地上に降りてきて善人を探すところから始まります。善良で貧しい娼婦シェン・テが、宿を探している神様を助けると、神様は彼女を善人と認め、大金を残して去って行きます。そのお金をめぐって、彼女は悩み苦しむことになるのです。

ブレヒトは、反戦を訴える作品や、資本主義を風刺した作品など、社会性の強い戯曲を多く生み出しました。また、それと同時に、出来事を客観的・批判的に見るよう観客に促す「叙事的演劇」や、見慣れたものに対して奇異の念を抱かせる「異化効果」といった演劇理論も提唱しており、戦後の演劇界に大きな影響を与えた人物といえます。

『セツアンの善人』は観客に、「人はどこまで善人でいられるのか」「人はお金で幸せになれるのか」という痛切で普遍的な問いを投げかけます。現代社会を照射する本作は、私たちにどんな感情をもたらすのでしょうか。

ブレヒト演出の匠・白井晃×幅広いジャンルで光輝く俳優・葵わかな

そんな『セツアンの善人』の演出を手がけるのは、世田谷パブリックシアター芸術監督でもある白井晃さん。白井さんはこれまで、『三文オペラ』『マハゴニー市の興亡』『Mann ist Mann』『アルトゥロ・ウイの興隆』と、数々のブレヒト作品で演出や訳詞に携わり、ブレヒトから多大な影響を受けてきたそうです。

白井さんは今回、総勢17人のキャストとともに、満を持して『セツアンの善人』に挑みます。ここからはそんな魅力溢れるキャストの方々についてご紹介します。

主演は葵わかなさん。2009年に俳優デビューし、2017年に連続テレビ小説『わろてんか』でヒロインを演じました。2019年にはミュージカル『ロミオ&ジュリエット』で初舞台に挑み、その後は舞台にも活躍の場を広げています。葵さんは本作で、心優しき女性シェン・テと、ビジネスに徹する冷酷な青年シュイ・タという真逆な人物を一人二役で演じ分けます。

また、シェン・テが恋に落ちる失職中のパイロット、ヤン・スンを、木村達成さんが演じます。木村さんは、『テニスの王子様』『エリザベート』などのミュージカルから、『銀河鉄道の夜2020』でのストレートプレイまで多くの舞台作品でキャリアを積み重ね、大河ドラマ『青天を衝け』『光る君へ』などの映像作品にも活躍の場を広げています。

この他、渡部豪太さん、七瀬なつみさん、あめくみちこさん、小林勝也さん、ラサール石井さん、小宮孝泰さん、松澤一之さん、栗田桃子さん、粟野史浩さん、枝元萌さん、斉藤悠さん、小柳友さん、大場みなみさん、小日向春平さん、佐々木春香さんがキャスティングされています。

「少しの時間だけでも演劇の力を信じたい」

演出の白井さんは、上演に向けてこのようなコメントをされています。

「パンデミックや災害、戦争の悲壮を身近に感じる中で、社会の原理が本質的に変わることを目指すべきとした、かつてのブレヒトのメッセージはより一層強力に心に響くのです。演劇に社会を変える力など、もはやありはしないのかもしれない。それでも、主人公シェン・テを今の世界を生きる人間として描くことで、少しの時間だけでも演劇の力を信じたいと思うのです」

また、主演の葵わかなさんはこう述べています。

「シェン・テはとてもお人好しな性格で神様から善人だと認められ、逆にシュイ・タは周囲から冷酷な人物だと評価されています。果たして本当にそうなのか、見ている人によっても色々と感じ方が変わるような役でもあると思うので、そういう部分も楽しんでいただけるように頑張りたいです」

音楽劇としても楽しめる『セツアンの善人』

ブレヒト作品では劇中に登場する音楽も重要な要素となりますが、本作でも、ブレヒト自身が委託した音楽家パウル・デッサウによる楽曲が並びます。

それらに加え、数々の舞台作品で音楽監督を務める国広和毅さんによるオリジナル楽曲も追加される予定で、キャスト陣の生歌唱にも注目です。

また、バイオリン・チェロ・パーカッションという編成によるライブ演奏や、山田うんさんによる振付もあり、音楽劇としても存分に楽しめる臨場感にあふれた作品となっています。見どころ、聴きどころがたっぷりの『セツアンの善人』、ぜひ劇場で鑑賞してみてはいかがでしょうか。

『セツアンの善人』は、2024年10月16日(水)〜 2024年11月4日(月・休)まで、東京の世田谷パブリックシアターで上演されます。詳しい情報は公式サイトをご覧ください。

さよ

80年以上前に書かれた『セツアンの善人』が現代で花開く時、ブレヒトはどんなメッセージを私たちに伝え、私たちはどんな影響を受けるのでしょうか。音楽も含めて、ぜひ劇場でお楽しみください。