芝居を愛してやまない劇作家・演出家の鄭義信さんや俳優の大鶴佐助さん(座長)らが立ち上げた劇団「ヒトハダ」の2回目公演『旅芸人の記録』が2024年9月5日、東京・下北沢の「ザ・スズナリ」で開幕します。2022年4月の旗揚げ公演『僕は歌う、青空とコーラと君のために』で進駐軍のコーラスグループの友情でほろりとさせたメンバーが、今回は太平洋戦争末期を舞台に、旅回りの大衆演劇一座を人情たっぷりに描き出します。鄭さんと大鶴さんにインタビュー、意気込みをお伺いしました。

『旅芸人の記録』のあらすじ

太平洋戦争末期の1944(昭和19年)、関西の地方都市にある大衆演劇の劇場が舞台。女剣劇を看板にする二見劇団が、十八番の「ヤクザ忠臣蔵」を上演する場面から始まります。主役の藏造を演じるのは、座長の二見蝶子(梅沢昌代)。その子分を、蝶子の息子・夏生(尾上寛之)と、中堅の山本(丸山英彦)と亀蔵(櫻井章喜)の3人が演じています。台本を書いたのは、蝶子の再婚相手、清治(浅野雅博)の連れ子・冬生(大鶴佐助)。音響係を、蝶子の娘の秋子(山村涼子)。清治は喘息持ちで舞台に立たず、炊事の担当。全員が役割を分担して、一座を支えていました。

そんなある日、夏生が役者を辞めて、軍用機を製造している川西飛行機工場で働きたいと言いだします。清治の反対を押し切って、夏生は一座を離れ、一人暮らしを始めます。そして、秋子も婚礼をあげ、山本も徴兵され、一座から、次々と人がいなくなってしまいます。そんな折、冬生の書いた台本が検閲に引っかかり、上演できなくなってしまい…。

戦中に一世風靡・女剣劇×航空機工場のお話

―久しぶりに集まった「ヒトハダ」の雰囲気はいかがですか。

鄭 「みんな和気あいあい。リラックスして楽しみながらやっていると思いますよ」

大鶴 「前回は少し手探りの感じもありましたけど、今回は全員知っているので、みんな自然体で臨んでいますね」

―今回は、浅野雅博さん、尾上寛之さん、櫻井章喜さん、梅沢昌代さんの団員4人に加えて、新たに丸山英彦さん、山村涼子さんもご出演します。

鄭 「丸山くんは舞台監督、山村さんは演出助手で、前回の公演でもついてくれました。今回人手が足りなくて、外部から頼むよりも…ということで、一緒に出てもらうことになりました。今回も舞台監督、演劇助手をそれぞれ兼務しています」

―本当に、アットホームな感じですね。その中で、家族で営む大衆演劇のお話に挑戦します。着想のきっかけをお話ください。

鄭 「大衆演劇は面白いなぁ、どこかでやりたいと思ってきました。それと、終戦間際に攻撃を受けて跡形もなく消えてしまった川西航空機の工場の話を組み合わせて何かやろうと」

―川西航空機とは、調べてみると「零戦」と並ぶ名機「紫電改」など海軍の戦闘機を製造していたそうですね。

鄭 「ぼくの実家近くの姫路のお城のそばに工場がありました。戦中、全国の工場が次々と空襲を受ける中、最後まで残ったという話は前から知っていたので」

―女剣劇による「ヤクザ忠臣蔵」が劇中劇で登場します。

鄭 「前回、男性コーラスグループというのをやったので、今回も何か芸をお見せしたいと思って、今回も歌ったり踊ったりします! とアピールしております、ハイ(笑)。ちょっと特色を出しておこうかなと」

大鶴  「ヒトハダのね」

鄭  「みんなと話していると、前回のブギウギとかと比べたら、まだ楽だって(笑)。(劇中歌に出てくる)民謡の節回しは大変そうですけど」

大鶴  「でもカッコイイです!」

鄭  「『やくざ忠臣蔵』というのも、元々は大衆演劇のレパートリーの一つ。2024年4月に浅草木馬館で大衆演劇の「一見劇団」で演出をしました。その時の創作を少し手直しして出します。女剣劇は大江美智子、不二洋子(1912~80)という大スターも生まれて、爆発的な人気を集めていました。戦争中にもかかわらず、女剣劇だけでなく、軽演劇や映画などの娯楽は大いに盛り上がっていたんですよ」

―ヒトハダの公式ホームページに書かれてあった通り、「演芸に興じることで暗い世相を忘れようとしていた」のでしょう。女剣劇も今ではあまり知られていません。

大鶴  「劇中で僕の演じる冬生が、劇団のことを『忘れんでほしい』とつぶやくせりふがあります。でも、忘れられていった劇団はきっといっぱいあったでしょう。鄭さんが今作を書くことで報われることもあるのかなと思いましたね」

―大衆演劇だけではなく、演劇は一瞬で消えていくもの。演劇をめぐって、嘘と真(まこと)の話が出てくるところがとても興味深かったです。

鄭  「お芝居は嘘の世界といえばそうですけど、やっぱり真実を求めてお客さんたちは見に来ている。嘘の世界の中にある真実に共感して泣いたり笑ったりしてくれていると思っています」

個性豊かなメンバーにあて書き

―配役について教えてください。

鄭 「冬生は、一座の作・演出を担当しているので、ぼく自身を投影しているのですかとよく聞かれるけど、そういうわけではないです。どちらかというと、冬生を演じる佐助のたおやかな部分に期待してあて書きをしております(笑)」

大鶴 「最初に台本を読んだ時から、自分は冬生だなと思ったので、すんなりと入っていけました。関西弁はめちゃくちゃ難しいですけど(笑)。前回があったからこそ、みんなの個性をちゃんとあて書きしてくれたという感じがすごくしています」

―梅沢さん演じる蝶子に座長としての気丈さと母として揺れる思いを感じましたし、櫻井さんがパワフルな女形を演じると思うと、台本を読んでいるだけで思わず頬が緩んでしまいました。尾上さんが演じる夏生は喜怒哀楽をはっきり出していて、内側に感情を秘めている冬生とは対照的に描かれています。

鄭  「ヒロ(尾上さん)はいつも一本気。直球を投げてくるタイプの役者なので、感情がどんどん上がっていく。一方、佐助はナックルボールみたいに歪んだところがある。この2人の動と静がすごく面白いです」

―見合い話を持ってくる父・清治と、愛のある結婚を求める秋子の対立もありますね。個人的には思いのままに突っ走る秋子が大好きです。

鄭  「清治は良かれと思ってやることが裏目にでる。旅芸人の不安定な暮らしよりも、金持ちと結婚して左うちわの暮らしをした方が幸せなんじゃないかと思って、見合い話を押しつける」

―かみ合わずにギクシャクしてしまいます。

大鶴  「そうですね。みんながみんなを思っているんですけどね」

鄭  「家族の物語でもあるし、父と子の物語でもあるし、兄弟の物語でもある。家族といっても血がつながっていないのもミソ。お互いが近くにいるけど、皆それぞれが遠い存在。その家族の愛憎が、最後に昇華できればいいと思っています」

―演劇をやっている父子の話となると、どうしても5月に亡くなった唐十郎さんと佐助さんのことを連想してしまいます。

大鶴  「自分が芝居をやればやるほど、父は偉大な人だったと実感しています。一緒に過ごしていた時よりも、今のほうがより強く。でも、今作とオーバーラップするというのは全くありません。ただ、1945年の話だと考えると、父はその時代を生きていたんだな、とか思いますね。空襲を経験していましたから」

「なんで、戦争、やめん」  に込めた思い

―戦争という時代背景も見逃せません。鄭さんはいつも市井の人々の目線から戦争を描いてきたように思います。そのまなざしはどこから生まれてくるのでしょうか。

鄭  「僕自身がマイノリティーなので、その視線からしかものが書けないし、そこから発信していかないといけないと思っています」

―「なんで、戦争、やめん」「こんな阿呆な戦争、誰が始めて、誰が終わらすんや」という清治のせりふが心に刺さります。

鄭  「旗揚げした2年前、ちょうどウクライナで戦争が始まって、まだ終わっていない。それどころかイスラエルとハマスとの戦闘がガザで始まって、世界中にどんどん戦火が広がっている。何万人もの人たちが亡くなっている。毎日悲惨な報道しか流れてこない。この戦争は本当にいつになったら終わるのだろう。ウクライナを支援している日本も、関わっていると思います。戦争というものをもう一度、認識しなくてはならない、書いておかなければ、という思いがあって、タイトルに『記録』とつけました。旅芸人の『記録』でもあるし、戦争の『記録』でもあるのです。

―劇中で戦中という時間を、冬生として生きていてどう感じますか。

大鶴 「当時としては、どうしようもならないというもどかしさが、ずっとあったんだろうなと思います。今を生きているぼくからすると、一見、戦争は遠い世界のように感じるけれど、鄭さんがおっしゃったように今と同じ感覚で戦争が起きていて、変わらないんだなとも思います」

撮影:鳩羽風子

―最後にメッセージをお願いします。

大鶴 「さらにパワーアップした『ヒトハダ』を見ていただけたらうれしいです」

鄭 「今回も歌あり踊りあり笑いあり涙ありという大衆演劇エンターテインメントを目指しているので、ぜひぜひ足をお運びください。楽しい舞台になると思います!」

ヒトハダ第2回公演『旅芸人の記録』は9月22日まで東京・下北沢のザ・スズナリにて上演。9月26日~29日までは大阪・扇町ミュージアムキューブ CUBE01にて上演。※劇団員の尾上寛之が9月7日公演中に左足を負傷したため、9月8日~9月12日まで公演中止、冬生の大鶴佐助と夏生の尾上寛之の役を入れ替えて稽古をし、9月13日(金)19:00開演より公演を再開する。

詳細は公式HPをご確認ください。

鳩羽風子

取材中、終始笑顔を絶やさなかったおふたり。その空気感から、ハートウォーミングな作品がどう生まれるのでしょうか。