現在上演中のミュージカル、『モーツァルト!』。日本では2002年に初演されて以来、何度も上演を重ね今回で8度目の上演となりました。多くの観客はもちろん、演じる俳優陣達も魅了する主人公、ヴォルフガング・モーツァルトとはどんな人物だったのでしょうか。
35歳でこの世を去った、音楽の天才
1756年、オーストリアのザルツブルクで誕生したモーツァルト。父のレオポルトによる幼少期からの音楽教育により、3歳の時からチェンバロを弾き始め、5歳の時には作曲を始めるなど音楽の才能を開花させました。また幼少期からヨーロッパ各地を演奏旅行で訪れ、貴族や王族の前で演奏しその才能を広く知られることとなりました。
モーツァルトは、交響曲やオペラ、室内楽、宗教音楽などあらゆるジャンルにわたる作品を世の中に送り出しました。その数は、600曲以上と言われています。モーツァルトが作る音楽は、形式の完璧さと表現の豊かさを兼ね備えており、明快な構造と優雅な旋律、深い感情表現が特徴と言われています。
1781年にウィーンに移り住んでからは、フリーの音楽家として活躍しました。翌年、コンスタンツェ・ヴェーバーと結婚し、6人の子どもをもうけます。しかし、経済的に苦しい時期もあり生活は常に安定していませんでした。
晩年は、借金を抱えるほど経済的に困窮していた上、体調も悪化していましたが、それでも精力的に創作活動を続けていました。しかし、1791年に35歳という若さでこの世を去ることになりました。
『モーツァルト!』を彩る名曲の数々
モーツァルトは、35年という短い生涯の間にオペラや交響曲、室内楽、ピアノ協奏曲など多くの作品を生み出しました。『モーツァルト!』では、実際にモーツァルトが作曲した楽曲がいくつか使用されています。
第一幕の冒頭、幼少期のモーツァルトが、貴族たちの前で演奏して喝采を浴びるシーンで使用される「ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調 K280」。この曲は、1775年ごろに作曲されたピアノソナタの一つで、モーツァルトならではの個性がいち早く現れている作品ともいわれています。
音楽の分野においては万能の天才であったモーツァルトが、特に業績を残したものの一つがオペラ。ミュージカルの中でも、「皇帝ティトの慈悲 序曲」と「魔笛」より夜の女王が使用されています。特に「魔笛」は、モーツァルトが生涯の最後の完成させたオペラで、現在でも人気が高い作品です。この作品でも使用されている夜の女王は、耳に残る印象的フレーズがあり、多くの方が聞いたことがある曲ではないでしょうか。
モーツァルトの最後の作品となったのは、「レクイエムニ短調 K626」。この曲は、見知らぬ男がレクイエムの作曲を依頼したことから曲を作り始めます。ミュージカル内でも、仮面を被った男がモーツァルトに作曲を依頼し、才能の化身ありヴォルフガングの分身であるアマデの力を借りず、自分自身で曲を書く姿は印象的なシーンの一つではないでしょうか。精力的に作曲に取り組むも、このレクイエムは完成することなく、モーツァルトは35年という短い生涯に幕を閉じます。この依頼が来るまでレクイエムを作曲してこなかったモーツァルト、人生の最期に初めてのレクイエムの作曲を手掛けていたことに考えを巡らせてしまいますね。この曲は傑作といわれており、世界三大レクイエムの一つにもなっています。
35年という短く波瀾万丈の人生を送ったモーツァルト。そんな彼の人生を、脚本・作詞をミヒャエル・クンツェ、作・編曲のシルヴェスター・リーヴァイにより制作された『モーツァルト!』。音楽家の生涯を描いた作品らしく、物語はもちろん、ミュージカルナンバーがとても魅力的な作品として愛されてきました。この作品の代表曲であり、ヴォルフガングが音楽と父親への思いを歌い上げる「僕こそ音楽」や、コンスタンツェと歌うラブソング「愛していれば分かり合える」、故郷を出て自分の力を試したいヴォルフガングとそれに反対する父親に向けてヴァルトシュテッテン夫人が歌う「星から降る金」など、多くの名曲とともにヴォルフガング・モーツァルトの人生を彩ります。天才音楽家の人生を舞台で感じてみてはいかがでしょうか。
ミュージカル『モーツァルト!』は、9月29日(日)まで東京・帝国劇場で上演され、その後10月8日(火)から27日(日)まで大阪・梅田芸術劇場メインホール、11月4日(月)から30日(土)まで福岡・博多座にて上演されます。詳しくは公式ホームページをご覧ください。
先日、古川さんと京本さんが演じるヴォルフガングを舞台で拝見しました。それぞれの良さがヴォルフガングに投影されていて、同じ作品でも感じるものが少し違い、見比べる楽しさを改めて実感しました。ぜひ二人が作り上げるヴォルフガング像を楽しんでいただきたいです。