舞台の登場人物は数多あれど、「時」の役があるのはこの作品以外にないのでは!?『冬物語』は、シチリア王レオンティーズが、妻のハーマイオニーと自身の親友であるボヘミア王ポリクシニーズが不義を働いているのではと疑念を抱くところから始まる、再生と和解をテーマにしたロマンス劇です。一見普通の舞台かと思いきや、登場人物一覧にはなんと「時」役が!これは一体どんな役なのでしょうか?
01 翼があり、はげ頭で額に一房だけ前髪が残っている「時」役
「時」は大きな翼のある老人で、手には砂時計を持っています。彼の登場はたった1シーンですが、舞台に一人きりで立ち、観客にこう語ります。
「『時』と名乗ったこの私、ただいまから翼を使わせていただきます。一気に飛び越す十六年、(中略)目にも留まらぬ一足飛びをお咎めなきよう願います」(2009年 ちくま文庫 松岡和子訳)
実は当時、演劇を書くにあたって「三一致の法則」と呼ばれる原則がありました。これは劇中の出来事は一日中のうちに起こり(時の一致)、一箇所で起こり(場所の一致)、副筋はない(筋の一致)というもので、シェイクスピアの『冬物語』は実はこのどれも守っていません。「時」は、観客にこの不一致を明確に伝えているのです!
ただ、シェイクスピアの作品で「三一致の法則」を守っていない他作品には「時」は出ません。ではなぜ『冬物語』だけ「時」役があるのでしょうか?
02 真実を明らかにする「時」
「時」が出てくる前の部分では、冒頭の不義の勘違いから立て続けに悲劇が起こります。シチリア王の嫉妬による、妻の投獄と息子の死、不義の子と勘違いされた娘はボヘミアへ捨てられ、そして捨てに行った家臣は熊に食われる。
一方後半部分では、美しく育った娘はボヘミア王の息子と恋をし、花に囲まれた陽気な祭りが催され、道化たちが歌い、そしてシチリアで王と娘が再会し、シチリア王とボヘミア王は和解し、最後には死んだと思われていた妻が蘇り大団円を迎えます。
この前半と後半の明らかな差から、シェイクスピアが「時」をただの場つなぎだけではなく、「時が真実を明らかにする」という役割を与えていたことがわかります。「時」が持っている砂時計をひっくり返すという動作からも悲劇から喜劇への転換と、勘違いの真実を暴くということが象徴されているようです。
「時」役があるなんて独創的でとても面白いですよね!上記でご紹介した「時」は美術史的にも伝統的に語り継がれている造形で、大鎌を持っている場合もあるようです。前髪については、Take time by the forelock(時の前髪を掴め)という諺もあります。これは「好機を掴め」という意味で一般的には訳されます! 参考:2001年 国際文化論集No.24 「シェイクスピアと時間 ー400年の時を超える友情ー」高本愛子