村上春樹さんの短編小説『品川猿』『品川猿の告白』を元に、KAATと現代のイギリス演劇を代表する劇団ヴァニシング・ポイントが手がける舞台『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』。12月8日までKAAT 神奈川芸術劇場<大スタジオ>にて上演され、2025年2月3月はスコットランド公演が行われます。

村上春樹の原作を元に「芸術的な表現や新たな創造」を生み出す

「人間の言葉」を習得した猿が人間の女性に恋し、思いを遂げるために、その名前を盗んでしまう−。そんなファンタジックなストーリーに惹かれ、KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオに訪れました。

『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』は村上春樹さんの短編小説『品川猿』『品川猿の告白』を元に、劇団ヴァニシング・ポイントがKAATと共同制作した作品。ヴァニシング・ポイントはスコットランド、グラスゴーを拠点に活動する世界的に有名なアーティスト集団で、KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督の長塚圭史さんが15年前にロンドンでヴァニシング・ポイントの作品を観劇したことがきっかけだったと言います。

本作の原案・構成・演出を務めたヴァニシング・ポイントの創設者兼芸術監督であるマシュー・レントンさんは村上春樹さんの大ファン「ハルキスト」であり、本作を選んだ理由として「私たちの想像力を引きつけるだけでなく、それが芸術的な表現や新たな創造のための飛躍点を私たちに与えてくれる」とコメントしています。

照明が印象的なシンプルな舞台に役者たちが現れ、突如として物語は始まります。ある男は、日本の山奥にある寂れた旅館で、温泉の番をしている猿と出会った記憶を語り始めます。

品川猿と名乗る猿は、男と客室でビールとスナックを楽しみながら、どのようにして人間の言葉を習得したかを語り始めます。

一方、東京では、若い女性が自分の名前を忘れ、深刻なアイデンティティの危機に陥っています。その謎の原因を探るため、坂木という名のカウンセラーを訪ねます。坂木が「名前」に関する記憶を徐々に紐解いていくと、普通では考えられないような原因があることに気がついていき…。

本作の鍵を握る猿は、サンディ・グライアソンさんの身体表現と、人形遣いのエイリー・コーエンさんによる尻尾によって表現されます。視覚的な猿らしさは尻尾のみ。しかし歩き方やちょっとした仕草は、人間離れしており、一方で人間の言葉を流暢に淡々と喋る自然さもあり、まさに“品川猿”なのです。尻尾の動きは動物らしさだけでなく芸術的な美しさもあり、つい目を奪われてしまいます。

また伊達暁さんや那須凜さんら日本人キャストが言葉を丁寧に届けてくれるおかげで、英語を交えた多言語上演ながら村上作品を象徴する言葉たちが、しっかりと観客の胸に飛び込んでくる感覚があります。舞台上部に設置された字幕は英語の日本語訳だけでなく、日本語の台詞を視覚的にも堪能するという新たな楽しみ方も出来ました。

舞台美術は照明とスモークのシンプルながら幻想的な世界観が印象的。スモークの中からスッと小道具と役者たちが現れると自在にシーンが移り変わり、まさに演劇らしさを堪能できます。人の手によって創り出された世界は客席をも巻き込んでいき、終わると彼らは役を離れる。そんな演出が劇場サイズにもぴったりとハマっていました。

撮影:細野晋司

名前を失うことで、人はどうなってしまうのか。品川猿はなぜ人間の“名前”を欲したのか。KAAT2024年度のシーズンタイトルは「某(なにがし)」。9月には藤田俊太郎さん演出、木場勝己さん主演による『リア王』が上演されていました。『リア王』『品川猿の告白』を観劇すると、まさに「某(なにがし)」は現代を映す鏡のテーマであると実感します。

『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』は12月8日(日)までKAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオにて上演中。公式HPはこちら

Yurika

約1時間35分という上演時間もみやすく、作品の世界に入り込むとあっという間でした。チケットは残りわずかのようですので、迷っている方はお早めに!