別れを前にした夫婦がクリスマスイブを過ごす二人芝居『杏仁豆腐のココロ』。一夜限りの公演として2000年に初演されましたが、好評を博して今もなお国内外で上演されています。その珠玉の名作を、劇団「ヒトハダ」が、2024年12月12日から、東京・浅草の浅草九劇で番外公演として上演します。作・演出で座付き作家の鄭義信さん、出演する劇団員の浅野雅博さんと尾上寛之さんに、稽古場でこたつを囲んでインタビュー。作品をプロデュースした今は亡き佳梯(かはし)かこさんへの思い、年を重ねるほどおでんのようにしみる作品の魅力について伺いました。
一夜限りの公演がアジアでの人気作に
『杏仁豆腐のココロ』は、劇中の設定と同じ2000年12月のクリスマスに、名古屋で初演されました。女優の佳梯さんが、当時所属していた北村想さん主宰の劇団とは別に、自らプロデュース。依頼を受けた旧知の鄭さんが書き下ろしました。
父親から継いだチンドン屋「桜屋」を廃業しようとしていた小夜子と、勤め先から解雇されて以来主夫をしている達郎は、7年間の結婚生活に終止符を打とうとしていました。小夜子は引っ越しの荷造りに取りかかったものの、片付けが苦手。段ボールが散らばった部屋で夫婦はこたつを囲み、これまでのあれこれをおどけたり、ふざけあったりし合いながら語り合ううちに、すれ違いの原因となった過去とお互いの秘められた本心が明らかになっていきます。おかしくもほろ苦い、切ない物語です。
一夜限りの公演のはずが、観客からの熱いアンコールに応え、翌年に急きょ再演されました。佳梯さんにとって小夜子は当たり役となり、全国各地で演じ続けました。しかし、2016年4月、急性心不全のため、58歳の若さで亡くなりました。最後の舞台も、この『杏仁豆腐のココロ』でした。
本作はさまざまな演出家によって上演され続けています。国内はもちろん、韓国や中国、台湾、インドネシアなどアジアでも人気作です。
「ヒトハダ」の公演で、鄭さん自身が『杏仁豆腐のココロ』を演出するのは約9年ぶり。アラフィフコンビ、浅野さんと村岡希美さん(客演)による杏チームと、アラフォーコンビ、尾上さんと高畑こと美さん(客演)による仁チームの男女2チームで交互に上演します。
「静」の杏チーム、「動」の仁チーム
―『杏仁豆腐のココロ』はどのように生まれたのでしょうか。
鄭 「(佳梯)かこちゃんから急に電話がかかってきて、「2人芝居を書いて」と言われたんです。予算がほとんどないとか、条件は厳しかったんですけど、2~3週間で本を書き上げました。ちょうどスケジュールが空いていたので、名古屋に乗り込んで、一週間ほど稽古をして本番をやって終わり…そんな感じでした。(これほどの人気作になるとは)全然思っていませんでした。いろいろな劇団が上演してくれていますね。今年も2劇団ぐらいやったはずです」
浅野、尾上 「そうだったんですか!」
―この作品が愛される理由はどこにあると思いますか。
鄭 「登場人物の達郎と小夜子が、共感を呼ぶ人物だったからでしょうか。(観客自身が)実際に経験した記憶や別れが胸に迫ってきて、この二人のことをいとおしく感じたのではないでしょうか」
―「ヒトハダ」の番外公演として本作を上演することになったきっかけを教えてください。
鄭 「(高畑)ことちゃんが「もうすぐ40歳になるので、記憶になるようなこと、杏仁豆腐のココロをやりたい」と言ったのがきっかけだったかな。いつの間にかとんとん拍子に進んで、気付いたらヒトハダの番外公演としてやることになりました」
浅野 「僕もいつの間にかキャストに入っていたんですよね(笑)」
―杏チーム、仁チームのキャスティングはどう決まったんですか。
鄭 「いつの間にかです(笑)」
―杏チームの浅野さんは52歳で、仁チームの尾上さんは39歳。一回りほどの年齢差があります。両チームの持ち味の違いはありますか。
鄭 「そうですね、ミザンス(舞台上の俳優の位置関係)からして違います。こたつの座り位置が逆なんですよ」
浅野 「僕は舞台上手(客席から見て右側)です」
―では、尾上さんは?
尾上 「舞台下手(客席から見て左側)です」
鄭 「自然にこういう具合に座ったので、じゃあ、もうそれでいいやと(笑)。昼夜続けて公演があることを考えると、セットを変えないといけないので、面倒くさいのでどうしようかと思ったけど…。(尾上さんの)仁チームは、そんなに動いて大丈夫か?というくらい。(9月の「ヒトハダ」の公演『旅芸人の記録』公演中に)ひろ(尾上)が左足をけがしたのにそんなに動かなくていいよと言っているのに」
尾上 「けがはだいぶ良くなったので、結構動いていますね(笑)」
浅野 「こっちは熟年チームなので、なるべく動きたくないんです(笑)」
一同 「ハハハハハ!」
―台本を読んでの感想を教えてください。
浅野 「家に固定電話がある時代なので、かなりノスタルジック。そこにいとしい二人がいる。じっくり見たい作品ですよね。達郎は良い意味でも悪い意味でもシャイでぶざまで愛情に飢えている。そんなところは僕自身、どこかに持っています。最終的に達郎と小夜子は愛にあふれた二人。だから最後はハッピーエンドかバッドエンドか分からないけれど、心が温かくなる芝居でいいなと思っています」
尾上 「別れる男女の登場人物が若者か、中高年かでお客さんの受け止め方はやっぱり違うと思うんですよ。若ければ、「つらいことがあっても先があるから頑張れ」と思うかもしれないけれど、人生の半ばに差し掛かった人たちだと「幸せになってほしい」という気持ちになるんじゃないかな。僕自身は、小さな希望に向かって二人が進んでいく姿を、幸せな気分で見てほしいなという思いで台本(ホン)を読みました」
―達郎の役作りはいかがですか。
尾上 「達郎になろうというよりも、(高畑)ことちゃんが演じる小夜子との関係の中で作っていければ。あまり決め込まずにまずはやってみて、それがどう変わっていくのかなと思ってやっています。鄭さんの演出する時の言葉を大事にして、稽古に取り組んでいます」
チェーホフの『桜の園』とチンドン「桜屋」
―劇中には、チェーホフの『桜の園』の一節が登場します。『桜の園』は喜劇だとチェーホフ自身は主張したのに、周囲は悲劇だと受け止めて、発表当時から物議を醸してきました。
鄭 「チェーホフは大好きですね。それに『桜の園』とチンドン屋の没落、小夜子と会話の中で出てくる(小夜子の)母さんへの愛情も掛けているので、二重の意味での『桜の園』なんです。小夜子の実家には、かつて多くの桜が咲いていた広い庭があったという設定で、チンドン屋も「桜屋」という屋号にしています。チェーホフからの引用で結構、笑わせています」
浅野 「チェーホフの戯曲をいくら読んでも、どこが喜劇か分からないですね。やっぱり、自分で演じてみないと。ライブで本気になってやっていると、笑えるのだろうなと思いながら読んでいました」
―喜劇と悲劇が紙一重というのは、鄭さんの戯曲やこれまでの「ヒトハダ」の芝居に通じるところに共通しているように感じます。
浅野 「どの舞台もですけど、本気でやらないとお客さんが離れてしまう。そういう怖れをずっと思いながら演じています。特に「ヒトハダ」は全然、楽をさせてくれない劇団ですね」
一同 「ハハハハ!」
尾上 「登場人物の感情の流れの中で鄭さんはつくっているので、無理にここで笑わせようということではなくて、本気でやっているからお客さんが笑ってくれる。面白いでしょ?と提示してしまうと、(思惑が)透けてしまって面白くなくなると思います」
―といいますと…。
尾上 「演劇はフィクションじゃないですか。フィクションをどこまで本気でやれるか、またそれを、笑いに持っていくとなると、その中の本気の部分をどこまで出すのか、そのあんばいが難しい。鄭さんはそこを丁寧に演出してくださるので悲劇にも喜劇にもなり得る、繊細な作品になるのではないでしょうか」
―他のプロダクションやプロデュース公演などでご活躍の皆さんによって、「ヒトハダ」とはどんな存在ですか?
浅野 「本当にお芝居をやりたい人が集まっている感じです。鄭さんの持ち味が色濃く出るところでどれだけやれるか、というところですよね」
尾上 「とっても楽しいことができる場所です。「ヒトハダ」は今度の公演が3回目。ここから5年、10年かけて家族みたいな関係になれたらいいなと思っています」
鄭 「「ヒトハダ」はやれる時にやるので、次回公演はまだ全然決まっていません。でも、みんなの希望はあるし、この座組みでこの先もまだお芝居を続けていくと思います」
寒い時期だからこそ心温まる作品を
―2024年も残すところ、あとわずか。今年はどういう1年でしたか? また2025年はどんな年にしたいですか?
鄭 「再演作品が続くのですが、新鮮な気持ちで挑みたいですね」
浅野 「今年もいろいろなものをやらせて頂きました。骨を折らないように気をつけたいと思います(笑)」
尾上 「今年は鄭さんとずーーっと一緒にいました。鄭さんが演出した、浅草木馬館4月公演の大衆演劇・一見劇団の『やくざ忠臣蔵』に始まり、音楽劇『A BETTER TOMORROW-男たちの挽歌-』、ヒトハダの『旅芸人の記録』に、『杏仁豆腐のココロ』。鄭さんと飲んだくれた1年だったなと思いますね(笑)」
鄭 「そんなに飲んだくれてたかな(笑)」
尾上 「今年、鄭さんから得たものを、来年の作品に生かして、一つ一つ丁寧に取り組んでいきたいと思っています」
―最後に、観客や読者の皆さんへメッセージをお願いします。
鄭 「『杏仁豆腐のココロ』を上演するに当たって、佳梯かこという女優のことを、思い出してもらえたらうれしいです。この作品は二人芝居でセットも簡潔なので、「ヒトハダ」の舞台を見て、自分たちもやってみたいという若い人たちに上演してもらいたいです。この芝居を見て、温かい気持ちになったり、身につまされたり…いろいろな思いも持ち帰ってもらえたら、と思っています」
浅野 「温かさが沁みる寒い時期に、この作品をやることができて幸せだと思っています。杏チームと仁チームでは全く違う芝居になっていると思うので、できれば両チームを見てほしいです」
尾上 「寒いけど、たぶん僕は汗だくでやっていると思います(笑)。この芝居を見て、二人の心の熱がお客さまに伝わって、温かい気持ちで帰路についてくれればうれしいです」
舞台『杏仁豆腐のココロ』は2024月12月12日から22日まで、東京・浅草九劇にて上演。スケジュールの詳細は公式HPをご確認ください。
人肌恋しくなる師走こそ、劇団「ヒトハダ」の出番! 温まりに劇場へ行きたいと思います。