2025年2月をもって休館となる現・帝国劇場。3代目となる新・帝国劇場の劇場設計を建築家・小堀哲夫さんが担当することが決定し、東宝株式会社 常務執行役員でエンタテインメントユニット演劇本部⻑の池田篤郎さんと共に記者会見に臨みました。

客席の見やすさなどを改善、自然光を取り入れた「日本らしさ」を追求

1911年に開場した初代の帝国劇場は、伊藤博文、渋沢栄一らが発起人、実業家・大倉喜八郎が主導、建築家・横河民輔の設計により、日本で初めての本格的な西洋劇場として建設されました。その姿は「白亜の殿堂」と呼ばれ、1923年の関東大震災で内部が焼け落ちたものの、翌年には改修、1964年の閉館の頃はパノラマスクリーンの映画館として営業されました。

2代目となる現・帝国劇場は1966年に開場。菊田一夫さんが指揮を取り、建築家・谷口吉郎さんの設計による、モダニズムな劇場が誕生しました。『風と共に去りぬ』の世界初の舞台化を念頭に、地下深くまで使った盆、セリ。広大な舞台袖を備えたのも特徴的です。

そして2030年度の完成を目標とする3代目・帝国劇場は、最先端の技術を備えた世界的に最高の劇場を目指すことはもちろん、お客様、俳優、スタッフにとって、また丸の内の街で暮らす人々にとっても「ここちよい帝劇」を目指します。

劇場設計を担当するのは、建築家で法政大学教授の小堀哲夫さん。日本建築学会賞を始め、国内外で様々な賞を受賞し、代表作品に「ROKI Global Innovation Center−ROGIC−」「NICCA INNOVATION CENTER」「梅光学院大学 The Learning Station CROSSLIGHT」「光風湯圃べにや」などがあります。その場所の歴史や自然環境と人間の繋がりを生む、新しい建築や場の創出に取り組まれています。

小堀さんが掲げる新・帝国劇場の建築デザインコンセプトは「THE VEIL」。皇居に面し、水のきらめき・美しい光・豊かな緑といった唯一無二の環境に立地する帝国劇場だからこそ、それらの自然を纏い、自然に包み込まれるようなイメージで創られます。現・帝国劇場の空間とは異なり、自然光を取り入れ、四季の移ろいを感じられる空間になります。

またエントランスからホワイエ・客席・舞台へと真っ直ぐに空間が続いていくことで、新たな帝国劇場の格式が作られ、ホワイエの華やかな風景が街から垣間見えることで、街の舞台となるような劇場となります。正面玄関の方角は変わらず、舞台が現在とは90度回転した配置となるそうです。

劇場エントランス(正面より):提供元「小堀哲夫建築設計事務所」

小堀さんは「ベールという言葉が持つ美しさや華やかさ、そして神秘性が、建築に幾重にも纏っているイメージになります。皇居の隣という場所性や、土地の固有性である水のきらめきや美しい光を纏った建築が相応しいと考えました。そしてそれは、「未来を見つめた日本らしさ」の創造です」と語りました。

そして東宝株式会社 常務執行役員でエンタテインメントユニット演劇本部⻑の池田篤郎さんは「これまで我々の根底を流れていた芸術性と大衆の融合という創作の精神を受け継ぎ、オーセンティック、本物であることを旨として、新しい世紀に向かって歩みを進めてまいります。新しい劇場は、もちろんのことですけれども見やすく、そして時代の要請に応えた最新技術を備えて使いやすく、すなわちこの劇場に登場なさる全ての方々、お客様、そしてスタッフ、キャストこの皆様全てにとって心地よい帝劇であることということを目指して作り上げてまいります」と意気込み、客席空間はもちろん、スタッフやキャストが1日を過ごすバックヤードや楽屋での快適性も追求することを掲げました。

遠景イメージ(敷地西側より)提供元「小堀哲夫建築設計事務所」

会見後半では、質疑応答が行われました。

今の劇場にあって、新しい劇場ではなくなることはあるのか。また新しい劇場ならではの特徴とは

池田「この帝劇は『風と共に去りぬ』を上演するということが非常に大きな目的の1つでありました。地上9階、地下6階、すべて劇場空間で提供するという、世界のどこを見てもまずない、誇れる劇場だと思います。ただ現在の演出を見ると、ここまでというところは正直ございます。今度作り出す劇場は、地上4階、地下2階が新・帝国劇場にあたります。舞台機構としては、回り舞台、盆と、セリの機構はございません。今我々が上演している作品はオートメーション機構というものを使っていることが多いので、そのような判断に至りました。その代わり舞台面には、床に穴を開けることができるユニット機構になっており、それを開けることで奈落と連動し、色々な演出に対応するフレキシビリティを備えています。また、客席に関してもご存じの方が多いと思いますけれど、歌舞伎もできる劇場であるため、花道を作るがゆえに傾斜を高く持てないというのがありました。新帝劇ではサイドラインを1席1席、検証して、どこからでもご覧になりやすく、ゆとりのある客席を考えています。さらに、地下の入り口も正面と同様にメインの入り口として考え、ホワイエ空間や、エスカレーター、エレベーターを用意し、アクセシビリティにも配慮しています」

小堀さんに決定した決め手は

池田「指名型コンポーザルコンペで様々な素晴らしい提案を頂きましたが、小堀さんの設計を見た時に、“これが帝劇だ”と私は思いました。有識者も含めた選定委員会を設け、厳正な審査の結果の選定ですが、小堀さんは帝国劇場の歴史をとても研究なさっており、このロケーションの長所を十分に理解し、生かしてくださるというのがとても嬉しかったです。素材の選び方に関しても、オーセンティック、本物であることを我々は重視していますので、華美ではないけれども質実伴うものを選びたいと仰っていたのも信頼できました。今の時代ですから、VRやARを用いて劇場の中にいるようなビビットな感覚で色々なことがジャッジできましたので、そういった切り口でも色々な体験をさせてくださった小堀さんへの信頼感というのは大変大きいです」

バリアフリーに関して

池田「大変、大事なポイントだと思っています。障がいをお持ちの方や、高齢の方が安心してご観劇いただける環境づくりに注力しております。まず正面玄関から客席まで、一直線であるのが新しい劇場の特徴です。歩道面から劇場の客席入り口までフラットであるため、車椅子をご利用のお客様でも段差なく客席まで入っていただけます。また車椅子用の席も今は1箇所のご提供ですけれども、1階と2階、複数箇所に設けております。専門家の知見もお借りしながら、色々な検証・検討を進めています」

※客席内にはサイトライン確保のため段差があり、すべてがフラットではございません。車椅子の方はエントランスから段差なくお席までご移動いただけますが、客席内すべてがスロープ仕様にはなっておりません

新・帝劇のデザインにおいて最も大事にされていることは

小堀「帝国劇場というのは、歴史を紐解くと時代時代の夢の結晶なんです。初代は、演劇という文化そのものが日本の1つのチャレンジでした。2代目は、演劇そのものの可能性をどれだけ広げられるかということを考え、様々な工夫や技術が入れ込まれています。様式も西洋からモダニズムと移り変わりました。3代目では、未来を見据えた日本らしさを発信し、ここから創造したいという思いが強くあります。東宝様が日本独自の演劇を世界に発信していこうとしているこの場所で、未来の日本らしさをどのように発信していくかが重要だと思っています。そういった中で、舞台のフレキシビリティは非常に大事だと考えていますし、日本の文化として建築そのものの多層性、色々な空間が連続して一番中心に接続していく神秘性、土地そのものの神秘性を建築によって表現し、世界に発信していきたいと思っています」

遠景イメージ(敷地南西側より)提供元「小堀哲夫建築設計事務所」

新劇場を飾る作品のラインナップは

池田「新しい劇場のこけら落としをする時に相応しい演目というのは重要ですし、今から考えていかなければいけないと思っています。一方で、演劇の世界というのは1年ごとに移り変わるところですので、今、こういうものを上演しますということをお答えするような環境ではありません。『千と千尋の神隠し』がロンドンに行ったように、その後に続く作品というのは我々もいつも考えていますし、様々なジャンルからのオリジナル作品というところも常に研究しているところです。一方で海外で色々な作品が展開されているところにも注目をしていますので、新しい帝劇に相応しい作品であれば、いち早く手を挙げていきたいと思っております。全体的なバランスとしては、マスターピースと呼ばれる、長い間皆様から愛されてきた作品群もベースに置きながら、皆様に新しいものを提供していけるような作品を揃えて、次の100年、楽しんで頂けるようにと思っております」

客席の見やすさはどの程度改善されるのか

小堀「デジタル技術を駆使して、モデルを3D化し、VRで1席ずつどのように舞台が見えるかの検証をしながら進めています」

客席(上手側より):提供元「小堀哲夫建築設計事務所」

舞台機構などに関して、クリエイターからの知見を吸い上げているか

池田「舞台監督や演出経験のある人材など、社内外から知見を集めて検証を進めています。また「これがあるからこれができない」といった演出の不都合さがないようにという思いも含めて、シンプルでフレキシブルであることを重要視しています」

ステンドグラスなど、現在の劇場の記憶の継承について

池田「何とか残せるところは残したいという思いは強いです。具体的にというのは今はお答えできる状況にはないのですが、できる限り継承したいと考えています」

現在の帝劇での「トイレ問題」の解消について

池田「現在よりも大幅に個数を増やすというのと、列ができたとしても、休憩時間にホワイエを占拠してしまうということがないよう、設計を考慮しています」

小堀「待ち時間の検証なども行い、ホワイエが出来るだけ混雑しないように考えています。グランホワイエ以外にもくつろげる場所を用意し、演劇を観劇する以外にも、佇める、居心地良い場所を作りながら、トイレの動線も気をつけながら、今の劇場より格段に改善できると考えています」

現・帝国劇場を指揮した菊田一夫さんへの思い

池田「菊田イズムというのは心に染み付いておりますし、帝劇の建築というのが、菊田さんの命をかけた戦いであったということは先人達から聞いており、そういう遺産を受け継いでいくということは心しています。菊田さんが考えられた、芸術性と大衆性の融合というのがやはり、東宝の演劇の中心にあることだと思います。芸術性というのはクオリティ、訴えかけることの中身が高潔であることというのが第一にあると考えています。そして大衆性というのは、お客様から自分たちが離れては決していけない、お客様の少し先を見て、新しいものをご提供するということだと思います。劇場を作るというところまで思いを致して演劇の全てを進めていく(菊田さんの)強烈な感性というのはなかなか持ち得ないところでありますけれども、少しでも近づいていきたい、そしてそれを新しい帝国劇場に同じ魂を吹き込んでいたい。それは私だけでなく、東宝演劇に携わる全ての従業員、スタッフに共通するものだと信じています」

Yurika

今の帝劇が変わるのは寂しい部分がまだ大きいですが、客席の見やすさなど、改善する部分も多く、期待が高まりました。