全世界で興行収入記録を更新中、日本でも多くの観客から愛され続けるミュージカル『レ・ミゼラブル』。現・帝国劇場でのクロージング公演として2月7日まで帝国劇場にて上演中です。本作の観劇リポートをお届けします。

「無知と貧困」を映し出すバルジャンとファンテーヌ

日本では1987年に帝国劇場で初演されて以来、東宝演劇史上最多の3,459回という上演回数を積み上げ、ミュージカルの金字塔として上演され続けてきた『レ・ミゼラブル』。2021年以来の上演となる今回は帝劇クロージング公演として、2024年12月から上演が行われています。

ジャン・バルジャン:飯田洋輔さん、ジャベール:小野田龍之介さん、ファンテーヌ:生田絵梨花さん、エポニーヌ:ルミーナさん、マリウス:山田健登さん、コゼット:加藤梨里香さん、テナルディエ:染谷洸太さん、マダム・テナルディエ:樹里咲穂さん、アンジョルラス:小林唯さん出演回での観劇リポートをお届けします。

「この世に無知と貧困がある限り、この種の物語は、必要であろう」。『レ・ミゼラブル』原作者ビクトル・ユゴーの言葉がこれほどまでに理解できる公演は、なかったかもしれません。物価高は生活の隅々にまで影響を与え、闇バイトがニュースを騒がせ、時代全体に閉塞感が漂う今。本作の登場人物たちが厳しい時代を生き抜き、愛を貫く姿は生きる勇気を与えてくれます。

貧困が故にパンを盗んで投獄され、犯罪者としてのレッテルを貼られて“この世を憎んだ”ジャン・バルジャン。彼が司教と出会い、生まれ変わることを決意する「独白」で既に涙が溢れるのは、本作を何度も観て、結末を知っているからだけではないはずです。

写真提供/東宝演劇部

バルジャンを演じる飯田洋輔さんは、ファンテーヌの代わりに娘として育てるコゼットに向ける眼差しが優しく、コゼットの恋した青年マリウスが生きて帰れるよう祈る「Bring Him Home 彼を帰して」が神秘的。大きな愛でコゼットとマリウスを包み込む姿は、冒頭でバルジャンを救った司教の姿に重なります。

そしてファンテーヌも、「無知と貧困」によって暗い人生を生きた1人。生田絵梨花さん演じるファンテーヌからは「夢を見ていた」可憐な少女の頃が想像でき、世間の厳しさに抗えずどん底に落ちていく姿に胸が痛みます。どんなに酷い目にあっても、最後まで思い続けたのは娘のコゼット。それを受け継いだバルジャンの生き様を思うと、やはり愛というものの強さを感じます。

写真提供/東宝演劇部

新キャストと演出の変更により見えた新たな人物像

バルジャンを追い続けるジャベールは、本作からより感情の変化が見えやすくなりました。冒頭ではそこまで“因縁の相手”ではなかったのが、度重なる再会によって運命に導かれ、バルジャンに手錠をかけることこそが、自分の人生の使命だと理解する。しかしバルジャンに命を救われ、マリウスを救おうとする彼に猶予を与え、信念や正義が崩れ落ちていく。その決意の瞬間や、正義が崩れ落ちる瞬間が感情豊かに表現されるため、長い時間軸で描かれる彼の人生が鮮明に感じられるようになりました。

これまで個人的にはジャベールは、1本の筋が通った人物として作中に存在し、バルジャンを追うことに法を守る尊さ、ある種のロマンを感じている印象でした。しかし本作で新たにジャベール役を演じる小野田龍之介さんは、バルジャンに対しても、バリケードを築いたアンジョルラスたち学生に対しても、とても感情の揺れが感じられます。ジャベールを含めて、本作に出てくる登場人物たち全員が、不条理な世の中で必死に、悩みながら、もがきながら生きているのだと感じられました。

写真提供/東宝演劇部

ジャベールがバルジャンと再会するたびに憎しみにもとれる使命感を強めていくのに対して、バルジャンは年月と共に投獄された憎しみが消え、相容れなくともジャベールの立場・職務を理解していき、明暗が分かれていったのかもしれません。

そして本作で大きく見え方が変わったのが、染谷洸太さん演じるテナルディエです。これまでテナルディエ夫妻は舞台上にどしっと構え、悪役としてのキャラクター感や愛らしさが強い印象でしたが、染谷さんは側転や三点倒立などを交えて軽やかに舞台上を駆け回り、賢さを感じるテナルディエに。樹里咲穂さん演じるマダム・テナルディエも人間味が増した分、虐められるコゼットはより不憫に感じられ、パリでは悪党として力強く暗躍する夫婦の姿が目に浮かびます。

写真提供/東宝演劇部

時代を変えようと戦った若者たち

テナルディエ夫妻の娘であるエポニーヌを演じるルミーナさんは、劇場に響き渡る圧巻の歌唱力、厚みのある歌声で本作の世界観へと惹き込みます。時代を生き抜いていく強さが声に満ちており、テナルディエ夫妻の印象の変化も相まって、彼らの娘であることが頷けます。

一方でマリウスだけに見せる恋心溢れる表情と声はいじらしく、彼との切ないながらも尊い時間があったからこそ、「幸せの世界に縁などない」中でも強く生きていけたのだと感じられます。命を投げ出しても良いと思えるほどの大きな愛。これはコゼットとマリウスを守り抜くバルジャンや、コゼットを思って亡くなったファンテーヌにも重なります。

写真提供/東宝演劇部

バルジャンに「気をつけてお帰り」と優しく声をかけられ、ハッとした表情を見せるエポニーヌに、いかにこれまで大人からの愛情を受けてこずに生きてきたかを感じさせられ、また些細な一言でも誰かを救い、特別な繋がりを生むのだと教えられます。

韓国でミュージカルを学び、韓国版『レ・ミゼラブル』でもエポニーヌを演じたルミーナさん。その高い実力を他の作品でも発揮し、日本のミュージカル界を牽引される存在になるのが今から楽しみです。

エポニーヌの強さとは対極的に、山田健登さん演じるマリウスは清らかで、時に頼りなくも思えます。そんなマリウスだからこそ放っておけず、また眩しく感じるのかもしれません。そして加藤梨里香さん演じるコゼットは愛らしく、彼女の柔らかな言動からバルジャンがいかに愛を注いで育ててきたかが伝わります。マリウスとコゼットが最後に未来を生きる姿は大きな希望であり、明るい未来を感じさせてくれます。が、彼らが生きた未来が私たちの現代であると思うと、私たちがどう生きていくべきか、考えさせられもします。

写真提供/東宝演劇部

現実を変えるため、立ち上がる若者たち。彼らを率いるアンジョルラスには理想を追うが故に盲目さも見え隠れし、小林唯さんの歌声が眩しくも、まだ未熟な青年さも漂います。彼はどこまで、革命が成功すると思っていたでしょうか。もしかしたら、死を以ってしても世界を変えようという思いもあったのかもしれません。しかし武器の扱いにも慣れていない彼らが、死を本当に想像できていたのか。幼いガブローシュの死によって初めて、戦いの悲惨さを実感したように思え、胸が詰まりました。

アンジョルラスたちが戦い、夢見た未来をどうやって実現すべきか。バルジャンのように大きな愛を持って生きていくにはどうしたら良いのか。彼らは現代の私たちを、見つめています。この世に「無知と貧困」がなくなるまで。

ミュージカル『レ・ミゼラブル』は2月7日(金)まで帝国劇場にて上演中。その後、大阪・福岡・長野・北海道・群馬公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

何度観劇しても、新たな発見がある『レ・ミゼラブル』。今は、アンジョルラスが「世界に自由を」と叫んだ姿が目に焼き付いています。