2025年6月28日から世田谷パブリックシアターで開幕する舞台『みんな鳥になって』。世田谷パブリックシアターで、ワジディ・ムワワド氏の戯曲を上村聡史さん演出で上演するシリーズの第4弾となる作品です。演出家の上村聡史さん、本シリーズに初参加となる中島裕翔さん、全作に出演し『みんな鳥になって』では中島さん演じるエイタンの父ダヴィッドを演じる岡本健一さんにお話を伺いました。

「パンク」なところがムワワドに惹かれる理由の1つ

−世田谷パブリックシアターではこれまで、ワジディ・ムワワド氏の戯曲『炎 アンサンディ』(2014、17年)、『岸 リトラル』(2017年リーディング公演、2018年本公演)、『森 フォレ』(2021年)を上村聡史さん演出で上演してきました。第四弾として『みんな鳥になって』を選んだ理由は?

上村「世田谷パブリックシアター芸術監督の白井晃さんから、ぜひムワワドの作品をやって頂けませんかというお話を頂いたんですけれども、作品を創る上で新しいものに挑戦したいという思いがありまして、同じ作家だけれども前作とは違う風合いの作品を創れればなと思い、この作品を上演することに決めました。
ムワワドは1975年のレバノン内戦を逃れて8歳でフランスに亡命したものの、滞在許可証の更新を拒否されてカナダに移住せざるを得なくなりました。これまで上演してきた『炎』『岸』『森』は彼がカナダにいた頃に創作された作品なんですけれども、『みんな鳥になって』は2016年、パリの国立コリーヌ劇場の芸術監督に就任の際の1作目の作品です。今度はフランスから招かれて創作するということもあってか本作からは強い決意を感じます。寓話性が強かった前3作に比べ、イスラエルというアクチュアルな題材を明確に打ち出した内容で、これを今の日本で上演したいと思いました。ただ決めたのは約3年前だったので、まさか今のような世界情勢になっているとは思わず、とても驚いています」

−中島さん、岡本さんは本作を読んでみていかがでしたか。

中島「日本人にとっては馴染みのない内容だと思いますが、世界のどこかで起こっていることにフォーカスをしている作品を上演するのは凄く大事なことだと思います。リアリティのあるワードや場所がたくさん出てきていて、実際にこのような状況に身を置く人がいるのだと思うと、それをどう自分ごとにしていけるかが課題だと感じました」

岡本「ムワワドの作品は言葉がいつも新鮮で、読んでいると登場人物の考えにどんどん惹かれていくんです。ここからどう進んでいくんだろうという読み始めのワクワク感があって、物語に入っていく感じが凄く面白いと思いました。前作よりリアルに感じますし、共演者も決まり、息子役を演じる裕翔のことを思いながらエイタンを読みましたし、自分が演じるダヴィッドもこういう考えを持っているんだなと感じながら読みました。どんどん読み進めていくと最後はあまりに衝撃が強くて…読むのに苦労しましたね。これは物語ですが、実際に自分の身にこのようなことが起こっている人たちがいると思うと、自分の辛さは大した問題じゃないと思いますし、肉体と精神をどれだけ使ってもこの物語の人には追いつけないような気もします。戯曲は舞台で上演されるために書かれているものですから、どういう稽古になるのか、どのような作品になっていくのかとワクワクしています」

−上村さんが中島さん、岡本さんに期待されていることはありますか。

上村「中島さんは『WILD』を拝見して、潔い表現をされるなと感じたんですけれども、その潔さの中に光も影もあって、とても色彩豊かな居ずまいが印象深かったです。本作のエイタンという役はムワワドが一番願いを込めた役で、今を生きる上で人はこうあってほしいという想い強くが込められていると思います。家族を思う気持ちもある反面、己自身がどう生きていくべきかを決断しなければならない役なので、そういった意味で中島さんは光と影を持って作家のメッセージを伝えてくれると思うし、それを一緒に創っていきたいと思います。
健一さんが演じるダヴィッドは最初ヒール役のような印象からスタートしていきますが、彼も世界・時代が生んだ犠牲者であり、強烈な役どころとなるので、この振り幅をリアリティを持って描くために、健一さんにお願いしたいと思いました」

中島「『WILD』でそう感じて頂けて凄くありがたいです。ちゃんと舞台をやったのは初めてでしたし、出演者が3人しかいない台詞の応酬が続く作品だったので、初回にして強烈な舞台だったんですけれど、もがきながら、引き出しも少ない自分を見てそのように感じてくださったのが嬉しいです。
その時の演技がエイタンに通ずるところがあるともおっしゃってくださいましたし、自分を構成するアイデンティティとは何なのか、それに縛られていくのか解放していくのかといった、観てくださる方が一番感じるであろう疑問を凄くストレートにぶつける人がエイタンだと思うので、それをまっすぐにできればといいなと思います」

岡本「今は宗教や人種といったダヴィッドのルーツを自分なりに探っている最中ですけれど、よくこの戯曲を、それらの問題がより身近に存在しているヨーロッパで上演したなと思います。この過激さ、パンクなところがムワワドに惹かれる1つのポイントです。戦っているなと思うし、なぜ戦うのかと言ったら、愛が必要であるとか、平和への想いがあると思うんです。それを裕翔と一緒に届けられるのは凄く楽しみです」

−お二人は親子役での共演となります。

中島「お芝居でご一緒させて頂くのは初めてだと思います。ずっとパパのような存在で、見守ってくださっていたので、共演が嬉しいです」

岡本「会うたびに“大きくなったな、カッコよくなったな”と言っていた関係なので。2人が親子役をやるんだと興味を持ってもらって、劇場に足を踏み入れてムワワドの世界を感じてもらえたら良いですね」

ストイックに、シンプルに。余計なことはしない

−ダヴィッドはユダヤ人としての人種意識が強く、先人への“罪悪感”を抱えるというなかなか日本人には理解の難しい役どころに思えます。どのように役を手繰り寄せようと思われていますか。

岡本「でも逆に、もしかしたら日本人だからできるのかな、なんて思ったりはします。フランスの上演では、イスラム教やキリスト教の方がどう演じていたのか、そっちの方が大変なのかなと思うんです。逆に日本だからこそ、ある距離感をもってできるのかなとも思います。
あとは、みんなで声を出し合って台詞を言った時にまた全然思ってもないような感覚が確実に生まれるんですよ。予想が本当につかない。それはどの舞台でもそうなんですけども、だから事前に多くは考えないようにしています。今一番楽しみなのは本読みの最初の日ですね。そこに向かって色々なものを吸収しているところです」

上村「僕は立ち稽古の初日が一番楽しみでもあるし、魂が押しつぶされそうになる日でもあります(笑)。本読みの中で“こういう風に見せていきますよ”とお話ししていても、いざ立ち稽古になってみると思ったようにハマらないこともあって、それが良い転がり方をする時もあれば、そうでない時も…(笑)。そうなると全部組み替えなくちゃいけない可能性もあります。経験を積み、大きく外すことは減っていますが、やはり作品は人と人との交流で生まれるものなので、不安でもあり楽しみでもありますね」

中島「僕は本読みも立ち稽古もどちらも魂が潰されそうです(笑)」

−上村さんは2024年、読売演劇大賞 優秀作品賞を受賞した『白衛軍 The White Guard』にて20世紀のロシアと今の日本をダイナミックな機構で接続しました。本作ではどのように作品の世界を描こうと思われていますか。

上村「凄く色々なことを考えていますけれど、内緒です(笑)。また、演出は対・戯曲だけじゃなくて、対・俳優でもあるし、対・劇場空間でもあるし、対・時代、対・社会と色々な条件を加味して演出をしていきます。ただムワワドの作品で気をつけているのは、なるたけストイックに、なるたけシンプルに、余計なことはしないということ。それが演出作業のとっかかりになるんじゃないかなと思います」

劇場で声を発するというのは尊いこと

−上村さんと岡本さんはムワワド作品でもこれが4作目と、信頼関係を築いてこられました。お互いについてどんな思いを持たれていますか。

岡本「毎回、ムワワド作品を観た人は衝撃を受けて、終演後に一緒にご飯に行く約束をしていても“とてもそんな気分じゃない”と言う人が多いんです。それも劇場ならではというか、画面の中で色々なものが消費されていく世の中で、生で舞台を観て、直に生の役者たちが作っている物語を感じてもらえること自体が平和活動でもあると思います。上村くんの頭の中から出てくるもの、その演出作品を日本中に届けられれば、必然的に戦争は良くない、人種差別のない世の中にしようと観た方は思うと思いますし、今のところ上村くんとは関係性も壊れずに(笑)継続して出演させてもらっているので、ありがたいなと思っています」

上村「このシリーズで初めてご一緒したのは『炎 アンサンディ』でしたが、俳優が劇場という空間で声を発するってなんて尊いことなんだ、と初めて僕は認識したと思います。俳優たちは、複雑で残酷なシチュエーションを抱えながらも、それでも表現しなくちゃいけない。それが声として劇場に広がって、お客様に届いた時、劇場で声を発するということにとても演劇の可能性を感じました。それまでは舞台上にどう俳優が存在するかということに演出の意識が向いていましたが、その上でそれをどう「声」として、「音」として表現していかなくちゃいけないかを考えるようになったのが『炎 アンサンディ』であり、岡本さんとの出会いでした。
ムワワドは愛を信じている反面、相当な怒りを持って作品を描いていて、健一さんに内在する怒りと言いますか、表現に立ち向かっていく姿勢が良い地点で作品とクロスオーバーしていると感じます」

−中島さんが出演されることで、20代30代の観客にも本作のメッセージが届くことになると思います。

「自分がそういう役を担えるのであれば凄く光栄なことですし、それを全うしたいなと思います。一方で、この作品が世代を超えて、老若男女分け隔てなく届くといいなと思いますね。世代によっても多分、作品の捉え方・見方も違うと思いますし、それぞれが感じ取る疑問や思うことがあると思います。届くものが絶対1つにはならないというのは演劇の楽しみでもあります。
また僕たちも稽古では、良い意味で自分たちが答えだと思っていないところに行きつくことがあると思います。そういった変化の中で、フレシキブルに動いて作っていきたいです。変に身構え過ぎることなく、ちゃんと自分を開放できるところを持って、恥を捨てて出来ると良いなと思っています。揉まれる時は揉まれたいですし、皆さんと一緒に作っていく中で、どこかで自分の存在意義を見出したいです」

撮影:鈴木文彦、ヘアメイク:FUJIU JIMI(中島さん、岡本さん)、スタイリスト:ゴウダアツコ(中島さん、岡本さん)

舞台『みんな鳥になって』は2025年6月28日(土) から7月21日(月・祝)まで世田谷パブリックシアターにて上演。その後、兵庫・愛知・岡山・福岡公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

戯曲を拝読して、胸に迫る内容ながらなんて美しい戯曲なんだろうと感激しました。美しい台詞の数々を、上村さん演出の元、中島さんや岡本さんがどう表現するのか楽しみです。