『二都物語』は、世界で2億冊以上発行されたチャールズ・ディケンズ原作の小説『A Tale of Two Cities』をもとにしたミュージカルです。2007年にミュージカル化され、2008年9月にブロードウェイで正式オープンしました。

日本における初上演は2013年。鵜山仁さんの翻訳・演出と日本オリジナルキャストの名演で人気を博し、全国各地で再演されてきました。それから12年の時を経て、2025年5月7日(水)から31日(土)まで、東京・明治座で待望の再演が実現します。また東京公演以外にも、大阪・愛知・福岡での地方公演も予定されています。

愛と犠牲、そして運命を名曲とともに体感できる作品として、多くの観客に親しまれてきた『二都物語』。今回はその時代背景を一緒に辿りながら、物語の世界をさらに深く楽しむヒントを探していきましょう。(ラストシーンに言及するためご注意ください)

『二都物語』ーー運命に引き裂かれた愛と、究極の犠牲を描く不朽の名作

「愛する人を救うために、あなたは何を差し出せますか?」『二都物語』は、そんな究極の問いを胸に、激動の時代を生きた人々の物語です。

18世紀後半、イギリスに住むルーシー・マネットは、17年間バスティーユに投獄されていた父ドクター・マネットが酒屋の経営者ドファルジュ夫妻に保護されていると知り、パリへ向かいます。

無事に再会し、父娘でロンドンへの帰途、フランスの亡命貴族チャールズ・ダーニーと出会いますが、彼はスパイ容疑で裁判に掛けられてしまいます。そのピンチを救ったのは、ダーニーと瓜二つで酒浸りの弁護士シドニー・カートンでした。

3人は親交を深め、ダーニーとルーシーは結婚を誓い合う仲になります。カートンも密かにルーシーを愛していましたが、2人を想って身を引くことに。穏やかな暮らしが続いていくように見えました。

しかしダーニーは、昔の使用人の危機を救おうと祖国フランスに戻った際、フランス革命により蜂起した民衆たちに捕えられてしまいます。再び裁判に掛けられたダーニーでしたが、そこで驚くべき罪が判明し、下された判決はなんと死刑。

ダーニーとルーシーの幸せを願うカートンはある決心をし、ダーニーが捕えられている牢獄へと向かいますーー。

『二都物語』と『フランス革命史』ーーディケンズはなぜフランス革命に挑んだのか?

ディケンズが『二都物語』という壮大なロマンス物語を執筆したのには、トーマス・カーライル『フランス革命史』との出会いが関係しています。

カーライルの『フランス革命史』は、単なる歴史書ではなく、激情を帯びた筆致で、革命の熱狂と恐怖をありありと描き出す、まるで叙事詩のような作品です。ディケンズはこの本を読み、激動の時代に生きる人間の苦悩と希望を見出したのではないかといわれています。

では、なぜ彼はフランス革命を題材に選んだのでしょうか。

当時のイギリスも、産業革命による急速な社会変化と、深刻な貧富の格差に揺れていました。「このままではイギリスがフランスと同じ道を辿るかもしれない」という強い危機感を抱く彼にとって、フランス革命は今を生きる人々に向けた警鐘でもあったのです。

しかし『二都物語』で描かれるのは、革命の悲劇だけではありません。ディケンズは、絶望の中に希望を、憎しみの中に愛を見出そうとしました。愛する者のために自らを犠牲にし、暴力と復讐の連鎖を超えていく主人公たちを通じて、「どれほど時代が荒れ狂おうとも、人間の尊厳と愛の力は失われない」というメッセージを込めたと考えられます。

フランス革命の発端から結末までーー希望と絶望が交錯するなかで

18世紀後半、フランスは深刻な財政危機に陥っていました。原因の1つは大航海時代にまで遡ります。新大陸の植民地支配や戦争に莫大な資金を費やしたことで、国家の財政は次第に破綻していったのです。

追い詰められたフランス王政は、特権身分への課税を決定するため、1788年に全国の身分別代表を集める「三部会」を召集します。しかし、国民の大多数を占める第三身分(平民たち)の要求は無視され、対立が激化。そして翌年7月14日、怒れる民衆がバスティーユ牢獄を襲撃し、フランス革命の炎が一気に燃え広がりました。

革命は当初、「自由・平等・友愛」を理想として掲げ、多くの人々に希望をもたらしました。しかし、次第に革命は過激さを増していきます。特に恐怖政治の時代、ジャコバン派(過激派)のリーダー、ロベスピエールが実権を握ると、「人民の敵」と見なされた者は次々と断頭台に送られました。

やがてロベスピエール自身も処刑され、混乱の時代はひとまず幕を下ろします。そして、混迷を極めた政治から、ナポレオン・ボナパルトが頭角を現しました。彼は国内を安定させる一方で、自ら皇帝に即位し、新たな権力の象徴となっていきます。

フランス革命は、封建制度を打ち破り、人間の自由と平等という新たな理念を世界に示しました。ただ同時に、正義の名のもとに、多くの人々が命を落とし、社会が恐怖に支配されたのも否定できません。そんな時代に生きた名もなき人々の姿を、ディケンズは『二都物語』に映し出したのです。

物語の先に待ち受けるものーー革命の果てに何が残ったのか

『二都物語』は、革命という巨大なうねりの中で、人間の尊厳や愛の力を問い続けた物語です。

怒りや憎しみに染まった時代に、人はどこまで誇りを保てるのか。絶望の底に沈みながらも、誰かを想う心は本当に消えないのか。ラストシーンでディケンズは1つの答えを差し出します。

愛する人の未来を守るために、自らの命を捧げる選択。それは、時代に押しつぶされそうになった人間が、最後にたどり着いた尊厳のかたちでした。革命の果てに残ったのは、静かだけれど確かな希望だったのです。

このラストは、発行から150年以上経った今も、わたしたちの胸を強く打ちます。どれほど時代が移り変わっても、人間が人間であるために大切にしなければならないものは何か。『二都物語』は変わらぬ言葉で私たちに語りかけています。

さよ

『二都物語』はただの革命の話ではなく、「人間らしさ」をどう守るかについて考えさせてくれる作品だと感じました。背景をちょっと知るだけで、舞台の見え方もきっと変わりますよ。