「文楽って聞いたことはあるけど、なんだか難しそう…」そんなふうに思っている方に、ぜひ観てほしい作品があります。この夏、PARCO劇場で上演される、三谷幸喜さんの新作文楽『人形ぎらい』です。

作品の主人公は、人形劇の脇役である人形たち。「もう悪役なんていやだ!」と劇場を飛び出してしまう人形が巻き起こす、大騒動が描かれます。今回は、ちょっとお堅く見える文楽の世界に、三谷さんならではのユーモアと遊び心がたっぷり詰まった『人形ぎらい』についてご紹介していきます。

そもそも文楽とは?江戸時代生まれの伝統芸能

文楽は、三味線音楽と語り、人形芝居が一体となった総合芸術です。人形は三人の人形遣いによって操られ、細やかな動きや表情まで表現します。また、語り手(太夫)がすべての登場人物のセリフや情景を語り分け、三味線の音色が感情や場面を引き立てるのも魅力です。

江戸時代に現在の大阪で発展した文楽は、竹本義太夫が生み出した語りに由来して「義太夫節」と呼ばれはじめ、近松門左衛門『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』など数々の名作を生み出しました。他に類のない独自性が評価され、2008年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

文楽に関連して「人形浄瑠璃」という単語を聞いたことがあるかもしれません。大阪の伝統芸能として発展したのが文楽ですが、現在では人形浄瑠璃を指して文楽と呼んでいます。さらに近年、海外の現代人形劇アーティストの間でも「BUNRAKU」が流行しているそうです。

三谷幸喜の「笑って泣ける文楽」が帰ってくる

伝統ある文楽に対して、どこか敷居の高さを感じる方もいるかもしれません。でも実は、そんなイメージをくつがえすような作品が、13年前に上演されていました。

作品のタイトルは『其礼成心中(それなりしんじゅう)』。脚本・演出を手がけたのは、映画や舞台、テレビドラマでもおなじみの三谷幸喜さんです。

当時、人形遣いの吉田一輔さんから「文楽を書いてほしい」と依頼された三谷さんは、「笑える文楽にしよう」と考え、『曾根崎心中』の舞台となった森の入り口にある饅頭屋の夫婦と、心中にやってくる男女の物語を書き下ろしました。

文楽の伝統に敬意を表しながら、その面白さを彼の筆と演出で自由に創作した『其礼成心中』。文楽ファンはもちろん、文楽初心者にも文楽の魅力を最大限に伝え、今では「三谷幸喜の超・古典エンタテイメント」と評価されています。

初演から13年。ついに2025年、三谷文楽の待望の新作が上演されることになりました!今度はどんな新しい文楽を見せてくれるのでしょうか?

憎まれ役人形の反乱を描く『人形ぎらい』

新作のタイトルは『人形ぎらい』。時は現代、文楽の劇場を舞台にした、人形が主役の作品です。

文楽の人形は、俳優と同様、作品によって様々な役を演じます。主役の人形もいれば、脇役専門もいます。今回の主人公は、嫌われ者の小悪党役ばかりを任される名脇役「陀羅助(だらすけ)」です。

近松門左衛門の名作『鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)』では、権三やおさゐといった主役を引き立てる裏方に甘んじてきましたが、ついに我慢の限界を迎えます。「なぜいつも悪役ばかりなんだ!」と怒りを爆発させ、人形たちが劇場を飛び出す大騒動に…。

そして再び文楽に挑戦する三谷さんのチームには、前作の顔ぶれが再集結しました!

監修・出演(人形遣い)に、『其礼成心中』の仕掛け人で、2023年関西元気文化圏賞 ニューパワー賞を受賞した吉田一輔さん。作曲・出演(三味線)に、『其礼成心中』の作曲を担当した鶴澤清介さん。太夫に、重要な場を語る太夫に与えられる最高の資格「切語り」に昇格した竹本千歳太夫さんが名を連ねます。

豪華メンバーで挑む三谷文楽の最新作『人形ぎらい』。伝統と笑いが見事に融合した、まさに今観るべき文楽が誕生します。文楽のイメージを覆すようなユーモアと、三谷幸喜ならではの人間ドラマに、期待が高まります。

スケボーに乗る文楽人形?三谷流の革新

「人間にできることは、どんなことでも人形は出来る」。三谷さんが人形遣いの吉田一輔さんに言われた言葉だそうです。その自信と気概に感銘を受け、『其礼成心中』を執筆した三谷さん。「一輔さんの言葉は間違いではなかった。人形たちは本当になんでも出来ました。目から鱗でした」と語ります。

そこで『人形ぎらい』では、なんと人形がスケボーに乗るとのこと…!伝統を守るだけでなく、今の時代に「生きている文楽」を届けたいという強い想いが感じられます。

こんな無茶ぶりに吉田さんは全力で応えます。「『人形愛』なくしては成り立たない物語ですので、文楽人形たちが誇らしく笑ってくれるように!人形遣いとして精一杯努めさせていただきます!」とコメント。伝統芸能を真摯に守る姿勢に、思わず心を打たれました。

古典に敬意を払いながら、常識を軽々と飛び越える三谷流のアプローチ。『人形ぎらい』は、文楽のこれまでとこれから”をつなぐ一作になるはずです。2025年8月16日(土)から28日(木)まで、東京のPARCO劇場で上演されますので、気になる方は公式サイトで詳細をご確認ください。

さよ

『人形ぎらい』は、文楽の伝統を尊重しつつ、三谷幸喜さんのユーモアと創造力が光る作品です。文楽ファンはもちろん、初めて文楽に触れる方でも気軽に楽しめる内容になっているはず。笑いながら、文楽の奥深さや人形たちの魅力に自然と引き込まれていく。そんな特別な体験が待っています。劇場で、人形たちの反乱と奮闘を、ぜひ目撃してくださいね。