数あるシェイクスピア喜劇の中でも、『夏の夜の夢』や『お気に召すまま』などと並び人気が高いのが『十二夜』。ヒロインのヴァイオラが男性に扮し、そのことからさまざまな問題が巻き起こるという上質なコメディとして知られています。

本作は、女性が男性に扮するという題材により、今日でもさまざまなジェンダー的観点から上演が繰り返されてきました。たとえば、2025年10月から東京グローブ座で上演される森新太郎さん演出の『十二夜』では、主要な役柄が異なる性別の俳優によって演じられることがわかっています。これは、『十二夜』という作品に新たな視点を与えるきっかけになるかもしれません。

本記事では、『十二夜』のあらすじを解説するとともに、本作品に込められたジェンダー観について紐解きます。

『十二夜』とは?ドタバタ恋愛劇のあらすじを紹介

表題の「十二夜」とは、クリスマスから数えて12日目にあたる1月5日の夜を指します。

この日から、キリスト教徒の「エピファニー」のお祭りが始まり、この時期だけは高い身分の者が低い身分の者と立場を入れ替え、非日常を楽しむのです。

そんな混沌としたお祭り騒ぎのタイトルがついた本作品は、シェイクスピアによる喜劇作品のなかで頻繁に扱われている「取り違え」のドタバタ劇を中心に構成されています。

乗っていた船が難破し、イリリアの岸辺に打ち上げられてしまった若き女性・ヴァイオラは、シザーリオと名前を変えて男装し、イリリアの公爵・オーシーノに仕えることになりました。

そのオーシーノは、伯爵の娘・オリヴィアに恋をしていますが、父を亡くしたばかりの彼女は喪に服しており、求婚を拒否し続けています。オリヴィアへの切ない恋心を持て余すオーシーノは、シザーリオ(ヴァイオラ)を気に入り、オリヴィアとの恋の伝令役に任命しました。

しかし、ヴァイオラはオーシーノに仕えるうちに彼を愛するようになってしまうのです。自らの正体と主君への想いを隠し続けるヴァイオラでしたが、そのうちにオリヴィアはシザーリオに恋してしまって……。

ヴァイオラ→オーシーノ→オリヴィア→シザーリオ(実はヴァイオラ)という複雑な三角関係に、頭を抱えるヴァイオラ。

そこへ、オリヴィアに密かに思いを寄せるマルヴォーリオや、オリヴィアの叔父サー・トービー、さらには生き別れになっていたヴァイオラの双子の兄・セバスチャンまで登場し、ドタバタ喜劇が展開していくのです。

『十二夜』で描かれるジェンダーとは?3つの視点で解説

『十二夜』はただの喜劇ではなく、深いメッセージ性を含んだ作品として、後年多くの研究が進められています。ここからは、作中に込められた表現ややりとり、キャラクター設定などをもとに、『十二夜』におけるジェンダー的視点について考察します。

その①「男装」によるジェンダーからの解放

特にヴァイオラの「男装」が意味することについて、多くの専門家から意見が挙げられています。

書籍『シェイクスピア大図鑑 三省堂大図鑑シリーズ』(著:スタンリー・ウェルズ、訳:河合祥一郎、三省堂)では、ヴァイオラというキャラクターについて「目的遂行のために男装しなければならないのだが、変装により自由に解き放たれると、本来の輝きを表す」と解説されています。

つまり、自分の持つ性とは別の性になることで、誰もが無意識に思い込まされている「(男・女)らしさ」という概念から解放され、「ただの自分」になれることを表しているのでしょう。

また、同書では、『十二夜』などの喜劇には「愛という治癒薬によってその気分を晴らしていく」展開があると書かれています。

ヴァイオラは、叶わぬ恋に苦しむオーシーノや、父を失った悲しみにくれるオリヴィアから「暗い気分を取り除く」ことを役目として与えられたというのです。

自分が自分らしく生きていなければ、他者の暗い気分を取り去ってやることはできません。そのため、ヴァイオラには女らしさに縛られない「男装」という手段が与えられたのでしょうか。

その②当時の演劇事情におけるジェンダー

また、『十二夜』におけるヒロインの男装については、当時の演劇事情が大きく関係していたのではという説もあります。

書籍『ハムレットは太っていた!』(著:河合祥一郎、白水社)には、ヴァイオラというヒロインが誕生した背景に「もう女役を卒業しなければならないほど成長した少年俳優の才能を利用して作品を書いた」という説が提唱されていました。

シェイクスピアが生きていた16世紀から17世紀のイングランドでは、舞台に女優が立つことはなく、少年俳優が女性役を演じていました。しかし、男性には変声期があり、第二次性徴とともに背が伸びて体つきもがっしりしてくるため、いつかは女性役を引退して、大人の男性の役を演じなければなりません。

多くの男の子がそうであるように、その変化は徐々に現れていきます。少年がある日突然大人の男性になるのではなく、徐々に声が低くなり、背が伸びていくのです。

本書では、そのような成長の途中にある少年俳優のために、男装する女性・ヴァイオラが生まれたのではないか、と推測されています。女性の役も男性の役も演じられる少年俳優の魅力を発揮するのに、ヴァイオラというキャラクターはぴったりだったのかもしれません。

その➂作中に描かれる多様な性と愛のあり方

また作中では、男女の性差や多様な性のあり方についての興味深いやりとりが、いくつか登場します。

たとえば、第2幕第4場では、オーシーノと、シザーリオとして彼の話を聞くヴァイオラが恋愛について語るシーンがあります。

オーシーノはヴァイオラのことを男性だと思い込んでいるため、男性の愛情がいかに確かであるか、そして男性の愛に比べると女性の愛は取るに足らない、などと語りました。

この言葉に、ヴァイオラは傷つきながらも、女性の愛情もさげすむべきものではない、と反論しています。現代の私たちからするとオーシーノの考えは信じがたいものですが、それにはっきりと反論したヴァイオラの言葉には、多くの人が共感するはずです。

このように、シェイクスピアは劇中で「性差」を語らせながらも、「性別によって愛に違いはない」というメッセージを込めたのではないでしょうか。

さらに、セバスチャンと彼の命の恩人・アントーニオとの親密さを、男性同士の恋愛関係として描く演出が多いと言われています。また、オリヴィアが本当は女性であるシザーリオに恋をしてしまうのも、女性同士の恋愛を表現しているのでは、という説もあります。

シェイクスピアの生きていた当時の性の概念は現在とは大きく異なっていたものの、これらの解釈が生まれるのは、『十二夜』という作品が、多様な愛の可能性を含んでいるからかもしれません。

参考資料:
『シェイクスピアハンドブック 「シェイクスピア」のすべてがわかる小辞典』編:河合祥一郎、小林章夫 (三省堂)
『シェイクスピア大図鑑』三省堂大図鑑シリーズ、著:スタンリー・ウェルズ、訳:河合祥一郎(三省堂)
『ハムレットは太っていた!』著:河合祥一郎(白水社)
『英米演劇入門』著:喜志哲雄(研究社)

糸崎 舞

「男性らしさ、女性らしさ」からの解放、心身ともに「性」を意識する年齢の俳優が演じるからこそ生まれたキャラクター、そして現代にも続く「多様な性」への考え方など、『十二夜』にはさまざまなジェンダー的視点がこめられていて、非常に興味深いです。これからの未来においても、愛され続ける作品になるのでは、と感じました。