作・演出を松尾スズキさん、音楽を宮川彬良さん、振付をスズキ拓朗さんが手がける『クワイエットルームにようこそ The Musical』。第134回芥川賞にノミネートされるなど高い評価を受けた松尾さんの原作小説『クワイエットルームにようこそ』をもとに、新作ミュージカルが誕生します。主人公・明日香のパートナーで、バラエティ番組の放送作家・焼畑鉄雄を演じる松下優也さんにお話を伺いました。

何者にでもなれる、役者の面白さを追い求めて

−松尾スズキさんが手がける作品に出演すると決まった時の心境はいかがでしたか。
「元々僕は関西出身ですし、面白いもの、笑えるものが大好きなんです。自分でもやりたいなと思うけれど、なかなかそういう作品は多くないので、凄く嬉しかったですし、絶対に面白いやろうなと思いました。稽古から面白そうだなとワクワクしましたね」

−原作の小説、映画を観た印象は?
「映画は2007年のものなので、今の時代にエモいと言われる時代ですよね。色々なシーンでエモさを感じました。お話も面白かったですが、宮藤官九郎さんが演じている鉄雄を見て、より鉄雄が分からなくなりました(笑)。自分とは役者のタイプが全然違うので、自分はどうやってやるんだろう?と思いました」

−松尾さんは『ケイン&アベル』『キンキーブーツ』での松下さんをご覧になったということですが、何か掛けられた言葉はありますか。
「インタビューでも言ってくださっているのですが、『キンキーブーツ』のローラ役ができたら何でもできるでしょうと。確かに、なんでもできるんですよ、僕(笑)。なんだかんだやっていたら出来るようになるので、そういう意味では松尾さんの仰る通りかもしれないです。最近、僕にはこんな役できないでしょという役がなくなってきた感覚があります」

−2025年は『キンキーブーツ』のローラ役が大変話題になった後、『マリー・キュリー』では全く違うピエール役を演じていて、その振り幅が見えた年でしたね。
「昔から振り幅のある仕事が多かったですね。1つの印象を突き詰めたら役者としての印象が付いたのかもしれないけれど、自分も欲張りなので色々とやりたくなってしまうし、周りの人たちにも“もっとこういうこともできるのに”と思っていただけるので。音楽は自分の名前でやるし、自分を表現するのが良さですが、役者は色々なものになれるのが面白い部分なので、そこは自分の本質として変わっていないです」

−現段階では本作の楽曲を数曲お聴きになっているとのことですが、どんな楽曲に仕上がっていますか。
「僕がメインで歌う楽曲もあるのですが、やはりオリジナルの1番良いところとして、自分の音域に合わせて楽曲を作ってくださるところがあります。自分の声の良い部分が出る楽曲になっていて、鼻歌で歌っていても既に良い楽曲ですし、自分に合っていると感じます。全体的にいわゆるクラシック的な楽曲というよりは、歌謡曲のような要素も感じる音楽になっていると思います」

−鉄雄の恋人・佐倉明日香を演じる咲妃みゆさんとは『ケイン&アベル』でもご共演されています。どんな印象をお持ちですか。
「今多方面から注目されていて、それだけ実力はもちろん、人柄も評価されているのだと思います。咲妃さんは普段から凄く周りに気を配ってくださる方で、それがお芝居に現れる方です。主演作品も多い中で、自分が頑張るのは当然だけど、その上で相手の芝居を感じたり、見たりするという事をちゃんとやっていらっしゃる。自分だけで引っ張っていこうとしないのが強みであり、素敵な部分だと思います。ある意味、たくましさも感じる女優さんですし、咲妃さん自身も凄く素敵な方だと思っています」

感情の振れ幅が大きくなければ感動は生まれない

−鉄雄という役柄についてはどのように役作りを進めていこうと考えられていますか。
「肩の力を抜いて、頑張らないことを頑張りたいです。アベルにしても、ローラにしてもピエールにしても、自分は今まで非常に責任を伴う役が多かったのですが、今回の役は今までとは違う役なので、“普通”にやることが重要だなと思っています。
僕のことを近くで知っている人たちは多分、僕のことをめちゃくちゃアホなやつだと思っていると思うのですが、今回は鉄雄という役を通してそういった普段の僕が出てくるんじゃないかと思います。普段の僕は、バラエティーに富んだ人物だと思っているのですが、その中で鉄雄と通ずる部分を伸ばしていったら、鉄雄が完成しそうな気がします。ただ僕はどの作品でも、周りがどんなお芝居をするのかを見てから自分自身の役について考えることが多いので、現段階ではあまり考えすぎていないです」

−『マリー・キュリー』で演じられたピエール役は温和で優しいキャラクターでしたが、科学オタクでコミカルな一面もあったのが印象的でした。
「僕が『マリー・キュリー』で大切にしていたのは、凄く悲しい、暗いトーンの作品だからこそ、幸せなシーンや、面白い部分を作らないといけないということです。緊張と緩和というか、やはり感動というのは相対的なものだと思うんです。悲しいことを悲しく表現しているだけでは、その程度の作品にしかならない。その前の幸せがあるからこそ、悲しみが存在すると思います。こういう作品だからこういうトーンでやろうと役者自身が選択してしまうと作品の感動が狭まってしまうので、そこは凄く大事にしました」

−昆夏美さんが演じたマリー役にもそういった側面があって、だからこそマリーとピエールが愛おしく思えましたし、2人の絆が見えたように思います。
「昆ちゃんはミュージカルでこれだけ大きい作品をたくさんやられている女優さんにも関わらず、凄く繊細なところでもお芝居される方なんです。どうしても2階席、3階席にまで届けようという意識が強くなってしまうと、隣の人に届かないということが起こりがちなのに、昆ちゃんは小さい体からもの凄いエネルギーとパワーを出しながら、小さいところのお芝居も繊細にでき女優さんなので、そこが凄く素敵だと思います。自分がやったことによって昆ちゃんが変わるのが分かるので、一緒にお芝居をしていて楽しいですし、やりやすいです」

−松尾さんは本作について「笑うしかない悲惨」という気持ちで小説を執筆し、「ショーアップするしかない悲惨」もあるとミュージカル化を思いついたとコメントされています。まさに感情の振れ幅が大きい作品になりそうですね。
「やはり人間というのは色々な側面がありますし、悲惨だからこそ笑えるというのがあるんだと思います。どの作品をやる時にも僕はそういった感情の距離感を大事にしています。ストロークがないと面白くないし、感動できない。距離感があればあるほど、面白いお芝居になるのかなと思います。
そもそも人間って別にどうってことないじゃないですか。誰が作ったのか分からないし、しょせん死んでいくわけで、深い意味ってないと思うんです。意味を持って生きた方が楽なだけで。『クワイエットルームにようこそ』は笑いに振っていて、意味なんてないという感じもあるし、でも意味もあったりする。そこが面白いなと思います」

−小説としては2005年に生まれた作品ですが、現代とリンクする部分もありそうでしょうか。
「人間はいつの時代も変わらないですし、今はよりSNSで色々な価値観を持った人が見えるようになりましたよね。色々と知れるようになった分、知らなくても良かった情報も入ってきて、勝手に落ち込んでしまうこともあると思います。でもそこから沈むのか、笑いに変えていくのかというのは自分で選択できるものだと思うんです。僕はそれをエンタメに昇華して、笑いに変えていく方法を選びたい。僕自身が音楽やエンタメに生かされてきた人間で、そういったものがこの世界に存在していなかったら、ここに生きていたかどうか分かりません。そういう人はたくさんいると思うし、恐らくこの作品に出演している皆さんも、エンタメに救われてきた役者さんばかりだと思います。ヘンテコな人たちが一生懸命生きていて、外から一歩引いてみるとめちゃくちゃ笑える作品というのは今の時代に凄く合っているんじゃないかと思います」

撮影:晴知花、ヘアメイク:礒野亜加梨、スタイリスト:村田友哉(SMB International.)

『クワイエットルームにようこそ The Musical』は2026年1月12日(月・祝)から2月1日(日)までTHEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)にて上演。その後、2月7日(土)から11日(水・祝)までロームシアター京都 メインホール、2月22日(日)・23日(月・祝)に岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場にて上演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

松下さんとお話しすると、いつもユーモアがありながら、真摯に芸事に向き合っているからこその自信を感じます。2025年も役を通して様々な一面を見せてくださいましたが、本作でも新たな一面が見られそうです。