シェイクスピアが亡くなってから400年以上経っても、彼の作品は世界各地で上演され続けています。『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』など、一度はタイトルを耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

シェイクスピアの作品は、なぜこれほど長く愛されているのでしょう。 時代も場所も異なる現代の私たちの心に、これほど深く響く理由とは?

「シェイクスピアはなぜすごいのか」。 この記事を読んで、その答えを探してみませんか。

シェイクスピアとは何者か?

16世紀から17世紀のイギリスで活躍した劇作家・詩人

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)は、16世紀から17世紀のイギリスで活躍した劇作家であり、詩人です。
イングランド中部の田園地帯に、皮革製造業などを営む父ジョン・シェイクスピアの3番目の子どもとして生まれました。

シェイクスピアは18歳で近隣に住むアン・ハサウェイという女性と結婚し、21歳の頃には3人の子どもの父親となっていました。
その後、記録上では約7年間の空白期間がありますが、28歳となった1592年にはすでに劇作家としての活動を始めていたとされています。

国王付きの一座になったシェイクスピア劇団

シェイクスピアは、所属する劇団「ロード・チェンバレンズ・メン」(のちにキングズ・メンと改名)の座付き作家であり、自身も俳優として舞台に出演していました。そして株主として、劇団運営にも大きく関わる存在でした。

その後、テムズ川の岸辺に「グローブ座」を設立し、『ジュリアス・シーザー』など多くの名作を上演しました。現在この付近には、「シェイクスピア・グローブ座」という劇場が建っています。

以前から貴族のバックアップを受けていたシェイクスピアの劇団は、1603年にはついに国王付きの一座となりました。国王付きの一座になることは、国王からの庇護を受けられることを意味し、非常に名誉なことでした。

事実、ペストなどの感染症が流行したことで公演ができない期間にも、シェイクスピアの劇団には国王から見舞金が送られた記録が残っています。シェイクスピアはロンドンでキャリアを築き上げ、生涯に37編(40編とも)の劇作品を遺したと言われています。

「別人説」?ミステリアスな側面も

多才なシェイクスピアですが、彼にはたびたび“別人説”が囁かれています。
これにはいくつかの理由があり、
・シェイクスピアの生涯に関する記録に空白部分が多いこと
・作品に見られる教養が専門的で幅広いものの、それらを学んだ形跡が残っていないこと
などから、「別の人物のペンネーム」説、「代理人が存在する」説、そして「チームで共同執筆していた」説といった多くの“別人説”が挙げられているのです。

シェイクスピアの描く作品はジャンルも幅広く、かつさまざまなバックグラウンドを持つ人々の心に刺さる名作ばかりです。その超人的な創作力こそが、“シェイクスピア別人説”が生まれるきっかけのひとつとなったのかもしれません。

“時代を映す鏡”としてのシェイクスピア

シェイクスピアは、自身の代表作である『ハムレット』の作中に「演劇は時代を映す鏡」というセリフを書いています。この言葉からうかがえるように、シェイクスピアと“時代”とは、切っても切れない関係性だと考えられます。というのも、シェイクスピアが活躍した当時は、まさに光と影が混在する激動の時代だったからです。

当時イギリスを治めていたのは、エリザベス1世という女王でした。“黄金時代”と呼ばれるほど、多くの文化や芸術が花開いた、非常にエネルギッシュで華やかな時代です。

しかし一方で、宗教的な側面において国内は非常に不安定な状況に陥っていました。なぜなら、当時のイギリスはプロテスタント国家としての地位を確立しようとしていましたが、それを許さないカトリックとの対立が激化していたからです。

また、ペストの大流行など深刻な感染症問題もあり、死者は全国民の1割にも及んだと言われています。華やかな文化・芸術の発展を遂げながらも、宗教間の緊張や感染症など命の危険も伴う、二面性のある時代でした。現代に似た部分も感じますね。

このような激動の時代に多くの作品を描いたシェイクスピアだからこそ、演劇の持つ「時代を映す鏡」としての力を信じていたのかもしれません。

ここからはシェイクスピアの有名な作品をとりあげ、今もなお「時代を映す鏡」として作用しているメッセージ性を紐解いてみましょう。

『オセロー』“嫉妬”という感情

四大悲劇のひとつとして数えられる『オセロー』は、ムーア人の将軍オセローが、旗手のイアーゴの策略により、最終的に愛する妻デズデモーナを殺害してしまうという悲劇です。

ジラルディ・チンツィオの『百物語』に収録された話を原作としていますが、シェイクスピアはこの原作に“嫉妬”という普遍的な感情を織り込みました。

オセローの地位や名誉に“嫉妬”するイアーゴ。

そして、デズデモーナが他の男性と浮気したと思い込み、“嫉妬”に駆られて殺害してしまうオセロー。

“嫉妬”という感情が作品の核となることで、『オセロー』は時代や国境を越え、世界中の人々の心に訴えかける作品となったのです。またオセローはムーア人(アフリカ大陸出身者)で、劇中では彼に対する人種差別的なセリフが非常に多く見られます。

“嫉妬”という普遍的な感情と、現代においても続く社会的な問題に目を向けることで、シェイクスピア作品を一層身近に感じられるのではないでしょうか。

『ロミオとジュリエット』所属コミュニティの分断や対立

また、名作中の名作『ロミオとジュリエット』には、「モンタギュー家」と「キャピュレット家」という、長い間対立を続けているふたつの名家が登場します。

モンタギュー家の一人息子・ロミオと、キャピュレット家の一人娘・ジュリエットは出会ってすぐに恋に落ちます。しかし、ふたりは対立する家の出身であり、結ばれることは叶いません。

秘密裏に結婚式を挙げるロミオとジュリエットでしたが、さまざまなすれ違いが起こったのちに、運命を嘆いて自らの命を絶ってしまうのでした。

この“異なるコミュニティ間の対立”に着目し、社会問題を取り入れたミュージカルとして昇華させたのが、『ウエスト・サイド・ストーリー』です。作曲家のレナード・バーンスタインをはじめとする製作陣は、ニューヨークのウェスト・サイドを舞台に、対立する非行少年グループ間の男女の悲恋を描きました。

当時のアメリカの社会問題とシェイクスピアの悲恋物語が融合し、その後何十年も愛される名作となったのです。

『十二夜』ジェンダーと性の多様性

シェイクスピア作品にはたびたび、“男装”したキャラクターが登場します。その中でも『十二夜』という作品は、ジェンダーや性の多様性という視点から、今日でもさまざまな演出で上演され続けています。

本作では、船の難破によってイリリアの岸辺に打ち上げられたヒロイン・ヴァイオラが、男装してイリリアの公爵に仕えるところから物語が始まります。

本当は女性であるヴァイオラが男装することでさまざまなすれ違いが起き、観客たちはそのすれ違いに笑ってしまう……というシェイクスピア喜劇を代表する名作です。

作中では、ヴァイオラと公爵オーシーノが男女の愛について論じる場面や、男装しているヴァイオラに伯爵令嬢オリヴィアが恋をしてしまう展開など、観客がつい“性別”を意識する場面がたびたび登場します。

また当時は少年俳優が女性役を演じていたため、当時の観客はよりジェンダーについて考えさせられたのではないでしょうか。

『オセロー』では嫉妬や人種差別、『ロミオとジュリエット』では憎しみや対立が描かれました。この『十二夜』では、“性別”という永遠のテーマが主題のひとつとして描かれています。

このことからも、『十二夜』はこれまでの時代はもちろん、これからの未来にも愛され続ける作品となるのではないでしょうか。

シェイクスピアの生み出す“言葉”の力

シェイクスピアの偉大さは、彼の生み出した数々の名台詞を抜きには語れません。

「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」(『ハムレット』より)
「ブルータス、お前もか」(『ジュリアス・シーザー』より)
「ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」(『ロミオとジュリエット』より)
「きれいはきたない、きたないはきれい」(『マクベス』より)
など、どこかで一度は耳にしたセリフも多いのではないでしょうか。

ここからは、シェイクスピアの書く言葉の力について解説していきます。

美しき韻文の世界

シェイクスピアの書くセリフは、どうしてこんなに耳に心地よく響くのでしょうか。その理由は、セリフの多くが“韻文”で書かれているためです。

韻文形式は、現代の私たちからすれば少々おおげさに聞こえるかもしれません。

当然、シェイクスピアが生きていた時代にも、日常的にこのような言い回しをする人はいませんでした。

シェイクスピア作品の中で、韻文形式で書かれたセリフは「詩」として朗唱されるべきものでした。韻文にすることで言葉の強弱によるリズムが生まれ、優れた詩となって観客の耳に届くのです。

つまりシェイクスピアは、優れた劇作家でありながら、卓越した詩人でもあったのです。

人生の真理を突く、印象的なセリフたち

韻文のような長いセリフだけではなく、たった一言なのに人生の真理を突いたセリフがたくさんあるのも、シェイクスピア作品の特徴です。

先ほど紹介したように、『ハムレット』には人間の“生と死”に関わる深いセリフがいくつも登場します。

『ハムレット』や『オセロー』に並ぶ四大悲劇であり、最も悲劇的な作品として知られている『リア王』を例にあげてみましょう。

王の肩書きや権威を失い、娘たちに冷たくあしらわれたリアに対し、お付きの道化が放った「(今のリアは)リアの影法師だい」というセリフ。

このセリフには、人間が他者の肩書きや社会的地位によって物事を判断することへの皮肉が込められています。

また、何もかも失ってしまったリアが狂気の中で「人は生まれると、この阿呆の大いなる舞台に出たと知って泣くのだ」と語るセリフも非常に印象的です。この世に生まれ出たことそのものが悲しみである、という非常に哲学的で、かつ壮大な言葉ではないでしょうか。

場所や時代が変わっても、輝きを増すシェイクスピア作品

日本の演劇界でも、シェイクスピアの作品は日々どこかの劇場で上演されており、主要な演目のひとつとなっています。

なかでもシェイクスピア作品のストーリーはそのままに、場所や時代、そして登場人物をアレンジし、新たな魅力を持つ作品として焼き直す手法がよく見られます。

たとえば、2025年10月に上演された『リア王』では、男性のリアを大竹しのぶさんが演じました。同月に東京グローブ座で上演された森新太郎さん演出の『十二夜』では、主要なキャストの性別をすべて入れ替えたキャスティングが実施されました。

また、劇作家・井上ひさし氏が書いた『天保十二年のシェイクスピア』は、時代設定を江戸時代の日本に置き換え、『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』『リチャード三世』などの物語を織り交ぜたスペクタクルな作品です。

そして「世界のニナガワ」として知られる蜷川幸雄氏は、武士や桜、仏壇などの日本的要素を前面に押し出した独自の演出で『NINAGAWAマクベス』を作り上げました。日本文化とシェイクスピア作品が融合したこの作品は、世界中から高い評価を受けました。

また、英国国立劇場(ナショナル・シアター・オブ・グレートブリテン)は、シェイクスピア作品を画期的かつ大胆な演出で紐解き、優れた公演を生み出し続けています。

2026年2月13日より『ナショナル・シアター・ライブ』のラインナップのひとつとして日本の映画館で『ハムレット』が上映されています。本作ではスリランカ出身の俳優・ヒラン・アベイセケラさんがタイトルロールを務め、話題となりました。

場所や時代設定、登場人物のアイデンティティや人種、取り上げられる問題。

そのどれを自在にアレンジしても、シェイクスピア作品の魅力は衰えることなく、むしろ時代に合わせた異なる輝きを放ちます。

それはやはり、シェイクスピアが人間のなかにある“普遍的な感情”を描き続けてきたからに他なりません。

参考書籍:
『14歳のためのシェイクスピア』著:木村龍之介(大和書房)
『シェイクスピア 人生劇場の達人』著:河合祥一郎(中公新書)

糸崎 舞

国内外を問わず、シェイクスピアの作品は数え切れないほど鑑賞してきました。その中でも最も多かったのは、登場人物たちが現代の衣服を着ている演出でした。 アンバランスなはずなのに、驚くほど自然で、物語にのめりこんでいました。 シェイクスピアの描く感情は、それほどまでに現代の私たちと近いところにあるのだと気が付きました。