鴻上尚史さんが作・演出を手がけ、1993年に初演された舞台『トランス』。高校の同級生3人が再会し、現実と幻想の狭間で戦う姿を描いた本作は、国内で数千もの団体・企画で上演されたほか、ロンドン公演が行われるなど大きな反響を呼びました。国内では21年ぶりに鴻上さんが演出を手がけ、キャストに風間俊介さん、岡本 玲さん、伊礼彼方さんを迎えます。風間さんが鴻上作品に出演するのは2017年上演の『ベター・ハーフ』以来9年ぶり。お二人に本作の魅力を伺いました。

33年前も今も。現実と幻想に翻弄され続ける人間たち

−戯曲を拝読して、現代にぴったりの作品であることに驚きました。33年前にはどのような思いでこの戯曲を書かれたのでしょうか。
風間「初めてこの作品を観た人は、絶対に今を描いた作品だと思いますよね」

鴻上「でもその当時は先取りというつもりではなく、その時も“今”を書いたつもりだったんですよ」

風間「人間というのは繰り返しているんですか?それとも変わらない根幹を描いているから変わらないのか。それとも、その時々で多角的に見える作品なのか」

鴻上「良い質問だね(笑)。初演の時は何が真実で何が幻想か分からない世界に僕らは生きていると思ったわけですよね。でも今回は、何がリアルで何がフェイクか分からない時代に生きている。だから結局単語は違うけれど、現実というものと反対のものとに翻弄されながら人間は生きていくということなんだろうね。でも同じ翻弄のされ方をしていたら人間って何のために生きているのか分からなくなるから、33年前の翻弄のされ方よりは、少しは賢くなっていたり、タフになっていたり、良くなっていたいなとは思いますね」

−33年前からどんなことが変化していそうでしょうか。
鴻上「33年前の初演では、一旦向こう側の世界に行ってしまったらその人々は平穏になると思われているけれど、それは実は大きな誤解で、向こう側に行ったから余計苦しんでいることもあるんだという台詞がお客さんに衝撃を与えました。“おかしくなったら楽になれるから、楽になりたい”みたいな感覚があったんですね。でも今の観客はそうなったらその世界で苦しんでいるということがリアルに分かっていると思います」

風間「精神病棟や離人症についての理解は33年前より進んでいると思います。今は逆に言うとSNS上でのアバターなど、もう一つの自分を作って何個か人格が存在している中で、社会生活を送るのが難しくなると病名が付けられるけれど、社会生活を送れちゃう人は人格を点在させていないのかと言ったら、点在させているんじゃないかと思います。そういうことに気づかせられる戯曲なので、すごいなと思います」

−雅人というキャラクターはどのように映りましたか。
風間「観に来てくださる方は理解してもらえる気がするのですが、この物語において、雅人というキャラクターを演じるかすらも分からないなと思っていて。間違いなく1人のキャラクターなんですけれど、彼は1人の人間なのか、もしかしたら誰かの意識の中には本当はいないのかもしれないなとか。観終わった人によって捉え方も変わると思うので、雅人という役だけれど、こういう人ですという説明は一生できないんじゃないかな。一生できないままでやっていけたらなと思います」

3人の俳優の真剣勝負、実力が噛み合って初めて成立する

−本作は様々な団体・企画によって上演されている作品です。多くの人が本作を上演したいと思う理由はどこにあると思われますか。
鴻上「まず3人俳優がいればできるということでしょう。大きな装置がなくても出来るので、手軽さがあると思います。そして、3人の俳優の真剣勝負のような台本なので、そこにやりがいを求める人たちが多いのかな。うまくいけば素敵な作品になると思うけれど、真剣勝負の結果、うまく噛み合わない可能性もある作品だと思います。3人の実力が噛み合って初めて成立する作品です」

−今回出演する風間さん、岡本 玲さん、伊礼彼方さんのバランスはいかがですか。
鴻上「3人のバランス感はすごく考えました。まず風間くんがOKしてくれたので、雅人はちゃんと賢そうに見える。玲ちゃんは真面目で芯の強い子なので、凄く良いなと。伊礼は表裏のない、“this is 伊礼”なので、実に良いバランスになったなと思います」

−風間さんはお二人とお会いしてみていかがでしたか。
風間「この作品の話が山ほどできる、しかも話して良かったと思えるメンバーだなと思いました。きっと誰かが“お前は間違っている”と言い出すのではなく、“なるほど、考え方が違うんだな”というのを楽しめるだろうなと。その上で、この作品が本当に特別だなと思うのは、助け合いもある一方で、結局は1人1人なんだろうなということです。社会も同じで、色々な人と仲良くなったと思うけれど、やっぱり1人で、もしかしたら1人ですらないのかもしれない、自分の中にたくさん他の誰かがいるのかもしれない。そういうことを描いた作品なので、3人で舞台に立つけれども、ある種1人芝居の瞬間もあるだろうなと感じました」

−演出プランについてはどのようにお考えですか。
鴻上「俳優の水準が高ければ、“ファイト!”と言ったらもうおしまいのような作品ですからね。とにかく3人が喋ってみて、どんな風になるか見てみるのが楽しみです。3人のキャッチボールからしか答えは出てこないと思います」

自分に向き合い、のたうち回る人から生まれる面白みと慈しみ

−鴻上さんの作品は重いテーマでも楽しめる、柔らかい部分がありますよね。
鴻上「人生って、悲劇的な部分と喜劇的な部分が同時にあるものだと思うんです。全部悲劇的というのは、実はちょっと嘘くさいと思っているんですよ。どんなに悲しい時でも、思わず笑っちゃうところもあるし、それから逆にちゃんと笑いがあるからこそ、悲しみが深く入っていくというのも思うんですよね。そこはすごく大事なことだと思っています」

風間「今これを読んでくださっている方が観に来てくださると思って話をしたいんですけれど、本当に答えは客席に座ってもらって感じてもらうしかないと思っています。この作品はすごいよ、人間の心の奥だったり、社会の核だったりに触れているよと言うと、“あぁ〜演劇がやるあれね”と思われかねないですが、そうではないので。来ていただいたら絶対にあなたに繋がる物語で、日常でもあり、非日常でもあり。全部が矛盾しているけれども、世の中ってそういうものじゃんと。だから本当に観に来てもらいたいなと思っています」

−鴻上さんと風間さんがタッグを組むのは4度目ということで、お互いの印象についてもお聞かせください。
風間「演出家としてだけでなく、鴻上さんご自身が、社会にある“こうやって生きていたら健やかですよ”という常識に対して“本当に健やかなのかな”と疑問を持っている人に、本当の意味の優しさを教えてくれる人です。人間としてなのか、役者としてなのか、自分の中で凝り固まっているところがあると、“ちょっとここが凝ってますね”と言ってくれる、演劇の整体師さんのような存在になっています」

鴻上「風間くんはしっかりしているんですよ。自分のプラスもマイナスも全部分かっていますから。それが分かりすぎたら冷静になりすぎるものですが、風間くんは分かっていながら狂気の部分を残しているので、そこが素敵なところだと思います。何もかも分かってしまったら役者としてジャンプしなくなってしまうから、良いところだと思いますよ」

−鴻上さんは世の中に疑問や矛盾を抱える人に手を差し伸べる作品を書かれていると感じます。どのような視点で作品を創り続けていらっしゃるのでしょうか。
鴻上「観に来てくれた人を元気にしたいという思いはずっとあります。絶望を売りつける芝居は好きじゃないんですよ。せっかく観に行ったのに、“世の中こんなに辛いんだよ”というだけの暗い話で、みんなが暗い顔をしたまま帰っていくなんて、嫌じゃないですか。でも“こんなに世の中には希望があるでしょ”とだけ言われても僕も信じられないので、少しだけでも信じられる希望というか、ここには何かあるんじゃないのというエネルギーをお客さんに渡せる作品を創りたいんです。
そういう思いの中で今回『トランス』が時代とハマったのだと思います。何がリアルで何がフェイクかに翻弄される人たちが、それでも踏ん張ろうとしている姿を見たら、元気が出るんじゃないかと思います」

風間「本当の自分、とか、自分探しの旅、とか言うとキラキラしてポップに見えると思うんですけれど、本当の自分なんて向き合ったらしんどくてのたうち回るものだと思うんです。でもそれに目を向けなきゃいけない時って人生にあって、のたうち回っている人たちがどんなきらめきを放つのかと言うのがここに詰まっていると思います。本当の自分に向き合ったり、何が本当で何が嘘なのか分からなくなったりして、もがいている人たちの中に面白みだったり慈しみがあるのかなと思っています」

−そういう作品に向き合う時、風間さんご自身に苦しみは生まれるのでしょうか。
風間「今後生まれるかもしれないですけれど、今はそんな感じではないですね。この作品の素敵なところは、心意気だけでなく、技術なのか練習量なのか分からないですけれど、物理的に力が必要なところがあるところです。まずはそこを頑張ります。作品の一つ一つの言葉が素敵だったり、台詞がむなしく、劇場の空に消えていく瞬間だったりというのを一旦技術的にやってみて、ちゃんとやれていったら気持ちがついてくるのかなと思います。ただ雅人は劇中の中でもどんどん何がリアルか分からなくなっていきますから、それを分からないままやってあげたいですね」

−最後にメッセージをお願いします。
鴻上「今まで『トランス』を観たことがある人は新たな『トランス』を目撃してもらうことになると思うし、観たことがない人は、ぜひ一度観てもらって、これが伝説の作品なんですよということを(笑)、劇場で確認していただければと思います。自分で言うのもなんですが、名作であり、傑作だと思います(笑)。誰がやってもいいし、誰がやってもこの人のこれが正解だというのが生まれない作品だと思うので、この3人でやったらこうなりましたというのをまず観ていただきたいと思っています」

風間「本当の自分とは何だろうともがいたり、どうしたらいいんだろう、自分が分からなくなった、と人生の中で1回も思ったことがない人は、もう大丈夫です(笑)。でも一度でも自分はどういう人間なんだろうともがいたことのある人には、ぜひ観ていただきたい作品です」

撮影:山本春花、風間俊介ヘアメイク:清家めぐみ、風間俊介スタイリスト:手塚陽介

KOKAMI@network vol.22 『トランス』は2026年4月28日(火)から5月10日(日)まで本多劇場にて上演。5月13日(水)に静岡・アクトシティ浜松 大ホール、5月15日(金)に岡山・津山文化センター 大ホール、5月17日(日)に大阪・サンケイホールブリーゼ、5月20日(水)に愛媛・あかがねミュージアム 多目的ホール、5月23日(土)に石川・北國新聞赤羽ホール、5月30日(土)から5月31日(日)まで新潟・りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場、6月2日(火)に神奈川・藤沢市湘南台文化センター 市民シアター、6月4日(木)に広島・JMSアステールプラザ 大ホール、6月6日(土)に兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、6月9日(火)に北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)、6月10日(水)に北海道・帯広市民文化ホール 大ホール、6月11日(木)に北海道・北ガス市民ホール(北見市民会館)大ホールにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

フェイクだと分かっている事柄が、リアルとして広がっていき、それを止めることができない今の時代に。人間の孤独や心の闇に寄り添いながらも、演劇的な愉しさも味わえる作品だと思います。風間さん、岡本 玲さん、伊礼彼方さんの3人で起こす化学反応が楽しみです!!