ミュージカル界の巨匠スティーヴン・ソンドハイム氏の代表作の1つであり、1979 年のブロードウェイ初演以来、世界各地で上演され続けてきた人気ミュージカル『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』。日本では宮本亞門さん演出、市村正親さん・大竹しのぶさんのゴールデンコンビで2011年、2013年、2016年と公演を重ね、8年ぶり5度目の再演を迎えます。

社会的に訴える力を入れ込んだ再演へ

囲み取材には、演出・振付の宮本亞門さん、スウィーニー・トッド役の市村正親さん、ミセス・ラヴェット役の大竹しのぶさんが登場。前回、市村さんと大竹さんのペアではファイナル公演と言われていましたが、市村さんが「コロナ禍を経て、俳優51年目を迎える今、もう一度『スウィーニー・トッド』に挑戦しないと死ぬに死にきれない」と再演を熱望したと言い、8年ぶり5度目の上演を迎えます。

演出・振付を務める宮本亞門さんは8年ぶりの上演にあたって、「今の戦争や格差社会のある現実を分かった上で(上演を)やらなきゃいけないという意味では、社会的に訴える力を入れ込んでいます。“楽しいエンターテイメント”以上の凄みを感じてもらえたら嬉しい」と想いを語ります。

またソンドハイム氏と親交の深かった宮本さんは、本作が「人生で最も愛している作品」だと言い、「彼は親友で、僕をブロードウェイに連れて行ってくれた人。細かいこだわりをずっと聞いていたので、それをなるべく丁寧に伝えるべく、一音一音を突き詰めた」と本作へのこだわりを明かしました。

「激しい役を生きてみたい」という想いが役者になるきっかけであったという市村さんは、「スウィーニー・トッドはまさにぴったりの役」と語ります。「スウィーニー・トッドとしての旅を、1回1回新鮮に出来るということが幸せ」「死ぬ覚悟で演じたい」と本作への深い愛着を見せました。また「オペラの方々も入って、今までと違う盛り上がりがある。僕らの役者の歌とオペラの歌が融合しているのも見どころ」と前回からの進化も明かします。

本作に初出演した当時について、大竹しのぶさんは難解なソンドハイム楽曲に苦戦し、「毎日居残り稽古をしてもらって、できない生徒の気持ちがすごくよく分かって。“いつか出来るようになるんだよ”とみんなに励まされながらやったことが忘れられない」と振り返ります。

それから5度目の上演となる今回は、「今までより良くなければ意味がない。前よりも素晴らしいミセス・ラヴェットを演じたいし、こんな新しい面もあったんだと新鮮な気持ちでお芝居に挑みたい」と意気込みました。また「ソンドハイムの音楽は、たまらないんです。また聴きたいと思わせる音楽の魅力が満載」と魅力を語りました。

最恐コンビが率いるエネルギッシュなカンパニー

妻に横恋慕した判事のターピンによって、無実の罪で流刑にされたベンジャミン・バーカー。長い年月を経て脱獄した彼は水夫のアンソニーの助けを受け、「最悪の街」ロンドンに帰ってきます。

かつて理髪店を営んでいた場所を訪れると、寂れたパイ屋を営むミセス・ラヴェットに再会します。彼女から、妻はターピン判事に陵辱された果てに狂死し、娘のジョアンナはターピンの養女となっていることを聞かされ、怒りに震えるバーカー。「スウィーニー・トッド」という偽名で理髪店を開き、ターピンと部下のビードルへの復讐を計画しはじめます。

「金はあるの?生きていくだけで大変じゃない」「死ぬか生きるかのご時世だ」といった数々の台詞は、遠い18世紀末のロンドンではなく、現代に投げかけられているかのよう。市村正親さんは復讐に囚われたトッドを一心不乱に演じ、時に観客を巻き込み、怒りのエネルギーが劇場全体に満ちていくのを感じます。

一方ミセス・ラヴェットを演じる大竹しのぶさんは、狂気的なトッドの計画を笑顔で受け入れ、チャーミングさすら感じさせます。“トッドが殺した人間の肉をラヴェットがパイにする”という恐ろしい循環を、復讐心がないにも関わらず嬉々としてやってのけるラヴェットこそ、最恐の人物なのかもしれません。

弁護士や消防士、軍隊の司令官、哲学者、役者と様々な職業の人々の肉はどんな味をするか?と空想する2人のやり取りは恐ろしいながらも思わず笑えてしまう、ブラックユーモアたっぷりの一曲。ダークな世界観の中に小気味良いテンポのソンドハイム楽曲が混ぜ込まれることも、本作の魅力の1つでしょう。

ジョアンナと水夫・アンソニーの恋を描いた楽曲では、ひたすらピュアに、そしてはやる気持ちをアップテンポに表現。一方でトッドが怒りに燃えるシーンでは、激しい音色と印象的な照明でスリリングに作品を盛り上げます。

トッドの復讐の相手ターピンを演じる上原理生さん(安崎求さんとのWキャスト)は、権力によって善悪の区別がつかなくなったのか、欲にまみれた悪徳判事を熱演。罪悪感を微塵も感じさせない姿によって、トッドが復讐を加速させていく様がまざまざと浮かび上がっていきます。

街に彷徨う乞食女を演じるマルシアさんも圧巻の存在感。段々と不吉な予言めいていく言葉に惹き込まれます。そして難解なソンドハイム楽曲を歌いこなし、時に不穏に、時にエネルギッシュに作品を彩るアンサンブルキャストの姿も印象的。トッドとラヴェットの2人の時間との音・空間の緩急に心揺さぶられます。

撮影:晴知花

復讐と悲しみの連鎖によって辿り着くスウィーニー・トッドの運命とは。ミュージカル『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』は3月9日(土)から東京建物Brillia HALLにて開幕。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

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Yurika

ソンドハイムによる様々な“音”が織り込まれた楽曲と、市村さん・大竹さんを始めとする皆さんの圧巻の演技に飲み込まれ、どんどんと作品のダークな世界に引き摺り込まれていきます。激しい展開に何度も息を飲み、畳み掛けるラストに放心状態でした。