演劇は緑に水をやるように、心に栄養や安らぎを与えてくれます。私には、心が枯れそうな時に思い出す1つの舞台があります。それが、2014年、東京グローブ座で行われた増田貴久さん(NEWS)主演舞台『フレンド−今夜此処での一と殷盛り−』(ひとさかり)。何年も前の作品ですが、改めてこの時代に共有したいメッセージがあり、観劇リポートをお届けします。
昭和の激動の時代を生きた中原中也と仲間たち
本作は詩人・中原中也(遠藤要さん)と、友人である安原喜弘(増田貴久さん)を中心に描かれます。中原中也は類稀なる詩人としての才能を見せながらも、いつも破天荒で仲間とのトラブルが絶えない。それでも彼の才能を信じる安原。しかし、やがて訪れる戦争。貧しい時代に、登場人物たちに突きつけられる「文学は役に立つのか?」という問い。まさに芸術は“不要不急なのか”という問いを突きつけられている現代と重なります。
心の中に生まれる“ザルツブルクの小枝”
文学は何の役にも立たない。そんな言葉に対して中也が示したのが、小説家・スタンダールの著書『恋愛論』にある“ザルツブルクの小枝”というキーワード。ザルツブルクの塩山に小枝を投げ込むと、塩の結晶により輝いて見えることから、恋をするとどんな景色も美しく見える現象を説明したものです。中也と安原は、文学も“ザルツブルグの小枝”であるという1つの回答を見出します。つまり、文学に触れることで世の中を楽しめたり、心が豊かになったりできる。それが文学の役割なのだ、と。
私は文学や演劇といった芸術は皆“ザルツブルクの小枝”である、と感じています。世の中を美しく思える機会がなければ、長い人生も味気ないものになることでしょう。“ザルツブルクの小枝”を大切にできる日本であることを、切に願います。