ミュージカル『RENT』を執筆した若き劇作家、ジョナサン・ラーソンをご存知でしょうか。1996年初演の『RENT』はロック調の楽曲を用いて社会問題を描き、現代ミュージカル界の金字塔とも言える大ヒット作になりました。しかし、作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン・ラーソンは『RENT』の初演当日の朝に急逝。作品の成功を見ずにその生涯を終えています。

Netflix制作の映画『チックチック…ブーン!』は、ジョナサン・ラーソンの自伝ミュージカルを基にした音楽映画。類稀な才能を燃やし尽くすようにして生きたラーソンの、頭の中を覗き見するような作品です。

ミュージカルクリエイターとしての苦悩を描いたラーソンの自伝ミュージカル

本作を一言で紹介すると「ミュージカルを書くことの困難を描いたミュージカル映画」です。『RENT』が遺作となったラーソンですが、その前には『スーパービア』というSFミュージカルの執筆に長年取り組んでいました。アルバイトを掛け持ちしながらなんとか書き上げた意欲作でしたが、スケールの大きさや社会派のテーマがプロデューサー陣に受け入れられず、ブロードウェイでの上演には繋がりませんでした。

その当時の苦悩を自伝風に記録したのが、ラーソンが次に書いた『チックチック…ブーン!』。正確には、その前身となる舞台でした。この舞台は1992年に初演を迎えましたが、その後も構成やタイトルを変え続け、ついに未完成のまま1996年にラーソンが亡くなってしまいます。その後、ラーソンが遺した5種類の台本と多くの楽曲を基に、劇作家のデビッド・オーバーンが手を加え、ついに舞台版『チックチック…ブーン!』が完成しました。

リン=マニュエル・ミランダが初監督を務めた映画版

今回の映画版は、『ハミルトン』や『モアナと伝説の海』などで知られるリン=マニュエル・ミランダがメガホンを取り、初期の舞台版とラーソン死後の舞台版の要素を組み合わせながら映画化したものです。

主演は『アメイジング・スパイダーマン』で知られるアンドリュー・ガーフィールド。力強い歌声とともに、若きラーソンの魂が乗り移ったような名演技を披露しています。

本作が初監督となるリン=マニュエル・ミランダは、自身がミュージカルの道に進んだきっかけが『RENT』であると公言しています。本作はラーソンに対するミランダの敬意が滲み出ており、早すぎた死に対する悲壮感ではなく、その命と才能を賛美する演出になっています。

また、ラーソンが働くダイナーで歌われる”Sunday”という楽曲では、今のブロードウェイを代表する豪華なゲストがたくさん登場するため、ミュージカルファンにはたまらないシーンです。

現代ミュージカルの良さといえば、ジャンルを越えた楽曲や社会に問いかける率直な姿勢ではないでしょうか。ラーソンは、『RENT』でその礎を築いたと言っても過言ではありません。無名の劇作家として何かに掻き立てられるように創作を続けるラーソンの姿、そして観客の私達だけが知っているその後の未来を思い、筆者は涙が止まりませんでした。ミュージカルが好きな方にはぜひ観ていただきたい映画です。

Akane

『チックチック…ブーン!』はNetflixで配信中。また一部の映画館でも上映中です。筆者のおすすめは、映画館でまず一回目を観てから、帰宅後に改めてお家で見直すこと。楽しい時代になりました。