名俳優やオリンピックメダリスト、世界を変えた発明家。映画化されて語り継がれるような“物語”を持っている人間はほんの一部で、“一般的な人間”は何かドラマのような“物語”が起こることを期待しながら、何も起こらない日常を生きていく。この作品はそんな“私たち”の作品。演劇という物語を語るエンターテイメントが、“物語なき、この世界”に挑んだ作品です。(2021年7月・Bunkamuraシアターコクーン)
新宿・歌舞伎町の街並みがシアターコクーンに
まず本作で驚いたのが、美術セットの精巧さ。新宿・歌舞伎町の映画館に向かう1本道が再現され、役者たちがある店に入ると舞台が回転し、その店内のセットが出てくる。さらに舞台が回転すると、どこからか歌舞伎町の路地裏が出現してくる。緻密に作り込まれたセットで、どこかノスタルジックな歌舞伎町の街並みを再現しています。
決断できないクズな男たちに、“物語”はやってくるのか?
この作品は、売れない役者・菅原裕一(岡田将生さん)と、高校の同級生(そこまで仲良くなかった)である売れないミュージシャン・今井伸二(峯田和伸さん)が新宿・歌舞伎町で再会することから始まります。菅原は彼女・鈴木里美(内田理央さん)に養ってもらい、今井は後輩・田村(柄本時生さん)にお金を借りている様子。それなのになけなしの金で風俗に通ってしまうどうしようもない2人。飲みに行っても会話が特に盛り上がることもなく、なかなか“物語”は始まりそうにありません。
たまたま出会った泥酔状態の男(星田英利さん)に絡まれた2人は、思わず突き飛ばしてしまいます。倒れた男の頭からは大量の血が。思わず逃げる彼ら。ついに“物語”の主人公になったように思われますが、そこでもどうすべきか決断できません。たまたま声をかけられたスナックのママ(寺島しのぶさん)に言われるがまま、スナックに入ってしまい、ママとの出会いが何か変えてくれるのでは?と期待します。決断を少しでも後伸ばしにしようとする姿には、もどかしいばかり。岡田さんと峯田さんのクズ男っぷりには思わず笑えてきてしまうほど。本作の作・演出を務めたのは、映画『何者』の監督も務めた三浦大輔さん。生々しい人間らしさを描き出す姿に三浦節を感じさせられます。
自分の人生の主役は、自分のはず。どんなにドラマや映画のように上手く“物語”として成り立たなくても、その日常を生きていかなければいけない。それならば、私は人生の選択を正解にしていきたいし、何気ない日常がきっと“物語のような何か”に繋がっていくと信じたい。例え、「物語なき、この世界」に生きていたとしても。本作を通して、“自分で決断できなければ自分の人生は動いていかない”のだと教えられました。
『物語なき、この世界。』はBunkamuraシアターコクーンにて8/3(火)まで上演され、その後京都劇場での公演が予定されています。東京公演は緊急事態宣言の影響もあり販売を終了しているようですが、京都公演はまだ発売されています。(7/13時点)チケットぴあでのチケット購入はこちら