ミュージカルというと、豪勢で華やかなイメージがつきものですが、今回観劇レポートをお届けする『SMOKE』は必要最低限のセットと、簡素な衣装、そしてキーボード演奏のみの“小劇場ミュージカル”。しかし、目と鼻の先で観客が“目撃”する事になる熱量と、迫力と、重厚なストーリーは1度観たらハマること間違いなし!

“愛煙家”と呼ばれるリピーターをたくさん生み出しているミュージカル『SMOKE』。今回は東山光明さん(超)、大山真志さん(海)、木村花代さん(紅)出演回の観劇レポートをお届けします。(2021年9月・浅草九劇)

実在の詩人をモデルにした韓国ミュージカルの人気作

『SMOKE』は、天才詩人と言われながらも、異国の地“東京”で27歳の若さで亡くなった韓国人詩人・李箱(イ・サン)の『烏瞰図 詩第15号』にインスパイアされ、韓国で2016年から上演されている人気作品。日本初演は2018年で、これまで日野真一郎さんや高垣彩陽さん、木内健人さんなど様々なキャストで3度上演されています。今回は大山さん、池田有希子さんら初演から続投するキャストに加えて、伊藤裕一さん、内海啓貴さん、皆本麻帆さんなど、日本の上演では最多の総勢10名のキャストを迎えての上演です。

物語は、詩を書く男・超(チョ)と、見た目は青年ながらも心は14歳で止まっている絵を描くのが大好きな男・海(ヘ)が「海(うみ)に行くための資金が欲しい」という理由で三越デパートの令嬢・紅(ホン)を誘拐することから始まります。超が身代金の要求のため、紅を監禁する部屋を出ていった後、「助けて欲しい」と懇願する紅。いたたまれなくなった海が目隠しと拘束を外すと、紅は「私よ。分かりませんか?」と海に問いかけ、3人の“秘められた”関係性が明らかになっていきます。

2019年版公開ゲネプロ映像(Astage)

何度でも観たくなる中毒性のある日替わりキャスティング

筆者は、日本初演から『SMOKE』に通っている“愛煙家”なのですが、『SMOKE』は日によって様々な超・海・紅の組み合わせが存在するため、演者ごとに、組み合わせごとに全く違う色を見せてくれるところが見どころの1つだと考えています。特に今回は最多の10名ということで、組み合わせも今まで以上に存在しており楽しみが尽きません。ここからは、超・海・紅の簡単な紹介と筆者が見たそれぞれのキャストの印象についてお話します。

超は、紅の誘拐におじけづく海の尻を叩いたり、「これが海に行く最後のチャンスなんだ」と海に言い聞かせたりと、海を導く役どころ。東山さんの超は、終始威圧的で迫力たっぷり。しかし、海に何かを言いつける際には耳元で囁くように静かに言葉を並べ、海に危険が及ぶと全身で守ろうとするなど、メリハリのあるお芝居を見せてくれます。

また、ある場面では、泣きわめき、悲痛な叫び声をあげており、非常に激情型な超だなと感じました。東山さんは今まで数々のミュージカル作品に出演してきた他、「Honey L Days」としてアーティスト活動もしているため、その歌唱力の高さもあいまって、東山さんの超に気圧されてしまいました。

海は、少年の心をもった心優しい青年という少しテクニックが必要なキャラクターなのですが、こちらも演じる方によって“少年”の度合いに差があり、違うキャストで何度も観たくなるキャラクターです。

初演から出演している大山さんは、もう数え切れないほど海を演じているため、安定感はありながらも、飽くなき探求心で今までに見たことがない“海”の姿を見せてくれます。大山さんは、本当にそこにその人物が存在しているかのように“役を生きる”ことが出来る俳優さんなので、観客も海と一緒に泣いたり笑ったり、楽しんだりすることが出来ます。

紅は、2人に誘拐された“被害者”ではあるのですが、海に優しく語りかける姿や超を叱責する姿には“母性”や“強い女性”といった姿を見ることができます。今回の紅役には、様々な世代の方が集まっており、筆者が拝見した木村さんは2人の“母”に近いイメージ。海以外キャラクターの年齢は設定として公開されていないのですが、それ故、見る人によって様々な姿を投影できるのも紅という役の見どころの一つです。

コロナ禍を逆手に取った、「今だからこそ」の演出

日本初演から『SMOKE』を上演している「浅草九劇」は、いわゆる「小劇場」に属するコンパクトな劇場。客席を四方囲みに設置し、最前列と演者の距息がかかるほどの近さが人気の理由の一つだったのですが、それが今のご時勢ではネックでもあります。しかし、今回の『SMOKE』ではそれを逆手に取った演出が多数存在しています。

持ち味である客席と舞台との距離感を損なわない様、舞台の周囲をビニールフィルムと所々に配置された薄型の液晶パネルで囲い、そこに映像を投影したり、囲ったりと工夫。元々『SMOKE』という舞台が持っていた“目撃”するという要素に“覗き見する”という要素が加わるなど、今の苦境に負けないどころか、むしろ“今しか見る事の出来ない”『SMOKE』を感じることができました。

10月にはシアタードラマシティで、『SMOKE』初の大阪公演も予定されています。「浅草九劇」とは劇場の様式が全く異なるため、こちらも一味違った『SMOKE』を“目撃”することができるかもしれません。チケットぴあでのチケット購入はこちら