心から愛していた愛娘から「あなたへの愛の言葉は何も申し上げられない」と言われた父の、あまりに愚かであまりに悲しい物語である『リア王』。言葉のすれ違いが発端となり引き起こされる、シェイクスピアの四大悲劇のひとつをご紹介します!

『お前たちの中で誰が一番父を愛しているか言ってみろ』

舞台はブリテン。老いたリア王は退位を考え、3人の娘たちへと領土を譲ろうとします。父への愛の言葉に応じて領土を分け与えると言われ、長女ゴネリルと、次女リーガンは上手い言葉で父を満足させます。一方三女のコーディリアは不器用で実直なその性格から上手く言えず、父からは勘当されてしまいます。

退位したリアは長女と次女を頼りますが、二人の父への愛の言葉は、実はその場で父に媚びるための甘言。領土をもらったあとは父に冷たくし裏切り、リアは荒野を彷徨うことになってしまいます。一方コーディリアはフランス王妃となっており、次第に狂気にとらわれるリアを助けるためフランス軍とともにブリテンへ上陸。しかしフランス軍は負け、リアとコーディリアは捕虜として囚われてしまいます。かつての臣下の尽力でリアは助け出されるものの、コーディリアは獄中ですでに殺されており、リアはその遺体を抱きながら悲しみに絶叫し、事切れてしまうという物語です。

コーディリアの”Nothing”の真意

『リア王』の悲劇の始まりとなった冒頭の父の愛情テストのシーンで、なぜコーディリアは上手く愛の言葉を言えなかったのでしょうか?「愛の言葉を示せ」という父の要求に対してコーディリアが父へ返した言葉は、「ありません(Nothing)」でした。不思議に思ったリアはもう一度彼女にチャンスを与えますが、改めて答えた言葉も「ありません(Nothing)」。

実は、コーディリアは父を愛していなかったわけではありません。父を愛しているがゆえに、そのあまりに大きな愛を示す言葉など存在せず、「ありません(Nothing)」と答えたのです。その証拠に、そのあと続く言葉として「お姉様たちは夫がありながら、なぜ愛のすべてをお父様に捧げると言われるのでしょう?」と続いています。もう少しここでコーディリアの真意をリアが理解していれば、悲劇は起きなかったのかもしれません。

長女と次女の中身の無い言葉と、コーディリアのNothingといえど深い愛。この2つの無のいずれを信じるべきか見破れず目の前の甘言を選んでしまったリアの愚かさを笑いつつ、翻って言葉の重さを感じる一作です。

Asa

『リア王』は今回ご紹介した本筋以外に、もう一つの物語である副筋が存在し、その二つのストーリーが絡み合って進んでいくダブル・プロットの形式を取っています。他にもシェイクスピアの時代に劇中で重要な役割を果たす道化が出てくるなど、まだまだ魅力はたくさん!