2018年、名作映画の待望の続編として公開された『メリー・ポピンズ リターンズ』。前作から25年後、1935年の出来事を描いた本作の舞台は大恐慌時代のロンドンです。映画の設定や街に描き込まれた当時の情勢について考えていきましょう。

大恐慌時代の波にのまれたバンクス家

1935年、ロンドンの霧がかった空の下で、成長したバンクス家の姉弟が大恐慌にあえぐ社会を生きていました。チェリー・ツリー・レーン17番地の家を引き継いだのは3児の父となったマイケル。画家として活動していましたが、不況で絵は売れず、父が勤めた銀行の臨時職員で食いつなぐ日々です。姉のジェーンは近所のアパートで一人暮らし。「低賃金市民の権利を守る会」という労働組合で貧しい労働者の生活を支える仕事をしています。

妻を亡くして間もないマイケルは家の管理もままならず、ある日、借金を滞納していることが発覚します。期日までに返済できなければ思い出が詰まった我が家を手放さなければなりません。収入が減少した中流階級の家族が調度品や家を手放すのは当時よくあったこと。バンクス家もまた大恐慌の波をかぶってしまったのです。そんな時、彼らの危機に気づいたのか、メリー・ポピンズが25年ぶりにバンクス家にやってきたのでした。

別れをどう乗り越えたらいい?何もかも完璧なメリー・ポピンズの教え

25年前と違って経済状況の苦しいバンクス家では、今や使用人は1人だけ。子供たちは家事を任されるほどのしっかりものです。末っ子のジョージーはあどけなさが残りますが、双子のアナベルとジョンは合理的ですっかりジョージーの保護者代わり。母親がいなくなったあと、特に2人は堅実でいようと努めてきた様子が伺えます。

はじめはメリーを警戒していた子供たちも、一度イマジネーションの世界に入ってしまえば大はしゃぎ。すぐにメリーと打ち解け、魔法のような体験を楽しみます。ある晩、母恋しさが募った子供たちにメリーは、「なくしたものが住む場所」の存在を教えます。姿を消したものたちは「なくしたものが住む場所」にいる。いなくなっても覚えていれば近くに感じられるのよ。母の姿を心に浮かべた子供たちは、さみしさを溶かして眠りにつくことができました。

一方、マイケルは最愛の妻を失った悲しみを引きずったまま。資金の目処もつかず、我が家を手放す期限だけが刻々と迫っています。はたして、バンクス一家最大のピンチを救うのは、ひとさじのお砂糖か、2ペンスか。多くを失った時代の失意の大人たちにメリー・ポピンズと仲間たちが想像力の効用を教えてくれます。

多くを失った時代の余波が映り込むロンドンの街

本作の舞台である1935年のロンドンはまだまだ経済回復の途中でした。映画の冒頭、点灯夫のジャックが「(Underneath the) Lovely London Sky(愛しのロンドンの空)」を口ずさみながら自転車で駆け巡るロンドンの街。失業者と思われる人の列やすすけた子供たちが映り込み、同時に青果商やミルク配達人などソーシャルワーカーが早朝からきびきびと働く姿も見られます。厳しい時代にも人々の日常がそこにあることを予感させる、美しいシーンです。

第一次世界大戦とスペイン風邪(インフルエンザ)の流行で家族や友人を失った人々に、さらに降りかかった大恐慌。イギリスでは炭鉱や造船の中心地で70パーセントの失業率を記録した地域もあり、各地で労働者の貧困は深刻な状況が続きました。霧が立ち込めるロンドンで、終わりの見えない日々を過ごした人々。その帰路を照らしたであろうガス灯は、本作においても一歩を踏み出す勇気のアイコンとして描かれています。先が見通せない不安な時は小さな火を灯して、一歩ずつでも進んでいこう。そんな歌を口ずさめば、苦しいことも乗り越えられる気がしてきます。

Sasha

『メリー・ポピンズ リターンズ』はイマジネーション豊かなシーンや前作へのオマージュが語られることの多い映画ですが、バンクス家の現実にフォーカスしてみると、苦しい時代に精一杯な大人の生きづらさ、子供に夢のある話をする難しさなど、等身大の人物描写がひしひしと伝わってきます。最後は幸せな春を迎える本作は暖かくなるこれからの時期にぴったりの映画です。