3月8日より開幕する『粛々と運針』。緻密な会話劇を得意とする劇作家・横山拓也さんの作品を、東京2020パラリンピック開会式でも知られるウォーリー木下さんが演出。主演に加藤シゲアキさんを迎え、美術・衣裳にひびのこづえさん、音楽にGOMAさんなど多彩な実力派カンパニーが実現しました。PARCO PRODUCE『粛々と運針』のゲネプロ・取材会の様子をお届けします。
糸が紡ぐ、2つの家族の「命」の物語
物語の主軸となるのは、築野家の兄弟と田熊家の夫婦、2つの家族。築野家の一(はじめ・加藤シゲアキさん)と弟の紘(つなぐ・須賀健太さん)は膵臓ガンを告知された母の見舞いに。すると母から、父の死後親しくしているらしい、「金沢さん」という男性を紹介されます。金沢さんと相談の結果、治療はせず、穏やかに最期を迎えることを選んだと告げられ、戸惑う2人。
一方、田熊家の沙都子(さとこ・徳永えりさん)と應助(おうすけ・前野朋哉さん)は、念願の小さな一軒家を購入。子供を持たないと決めた共働きの夫婦ですが、ある日妊娠した可能性が出てきて…。死を直面した兄弟と、新しく生まれる命に向き合う夫婦。2つの家族の葛藤は、時が進むと徐々に、糸のように絡み合っていきます。
劇場に入るとまず、天井から無数の糸が垂れ下がり、椅子やライトが浮かんでいる幻想的なセットに惹きつけられます。本作の美術・衣裳を手掛けたのは、野田秀樹作品やダンス『不思議の国のアリス』の衣裳を担当するなど各界で活躍するひびのこづえさん。築野家と田熊家、2つの家族の葛藤が編まれていく物語を、舞台美術としても表現しています。
また、舞台上では2人の奏者が音楽を奏でます。オーストラリア先住民族の伝統楽器ディジュリドゥの奏者GOMAさんと、粛々リズム隊が奏でるパーカッション。身体の芯に響いてくる重低音が、独特な世界観を立体的に表現。物語の台詞・構成はもちろん、演出・美術・音楽・映像と様々な芸術がまさしく糸のように交差した作品です。
「静かな台本だと思っていたのに、こんなことになるとは!」
「物語性が強いけれど、詩的な余白の部分もある。コロナ禍や戦争といった社会の分断や、ささやかな人生で起こる喜劇や悲劇を感じさせる、時代の写し鏡のような作品」だと語ったのは、演出・ウォーリー木下さん。今回、ウォーリー木下さんの演出作品に初出演となった加藤シゲアキさんは、「静かな台本だと思っていたのに、こんなことになるとは!こういう解釈もあるんだと驚かされた。凄く視覚的な演出」だと語りました。
稽古当初は動きの少ない作品の予定だったそうですが、“人間力”を演出すべくどんどん動き回ることに。これはウォーリー木下さん演出のあるあるだそうで、木下さんを恩人と慕う須賀健太さんは「今回は動かないって何回聞いたことか(笑)」とウォーリー木下流の演出に慣れていたそう。「健太から、“シゲさん、絶対変わるんで真に受けないでください” と告げ口ありました」と加藤さんへの忠告もされたのだとか。しかしその結果、ひとときも目を離せない刺激溢れる作品に。「PARCO劇場でやるにふさわしい、壮大な作品になったなと思います」(加藤さん)。
41歳ながら親や弟に甘えるフリーター実家暮らしという、ご本人のイメージとは真逆の役を演じる加藤さん。「真面目な役柄ばかりやってきたので、(しっかり者の)紘役じゃなくて良いんですか?と聞いたくらい。コンビニに行くようなジャージ姿で、ふざける役を楽しんでいます」。一方しっかり者の弟を演じた須賀さんは、現場を引っ張る加藤さんと役柄とのギャップに混乱もあったそう。「10分前こんなにしっかりしていたのに、めちゃめちゃダメな人になってる?!と脳内がパニックになって」と語りました。いつものイメージとは異なる、新たな加藤さんのキャラクターを楽しめる作品となっています。
加藤さんは2021年、パルコステージ『モダンボーイズ』に出演。コロナ禍の影響で大阪公演中止を経験したことに触れ、「再びパルコさんとご一緒するこの機会に、大阪公演の千穐楽まで走り切りたい」と強い想いを語りました。『粛々と運針』は3月27日までPARCO劇場にて、4月8日から10日まで大阪・森ノ宮ピロティホールにて上演予定。詳細は公式HPをご確認ください。
どんな作品か?という質問に対し、「小さな家族の話が宇宙的に広がっていくように感じる」と加藤さんらしい言葉で表現されたのが印象的でした。美しい音楽や美術に乗せて描かれる、命や生き方を問う物語です。