『白雪姫』の「いつか王子様が」や『リトル・マーメイド』の「パート・オブ・ユア・ワールド」など、ひそかな願いを歌う「I WANT」ソングはディズニープリンセスのお約束。その中でも、個性的と言える1曲が『アナと雪の女王2』(2019年)の「Into the Unknown」です。
孤高の女王エルサが心の対話を経て新たな世界へと踏み出すこの楽曲は聴く人の背中をも力強く押してくれます。聴きどころはエルサと「謎めいた声」との掛け合い。声の主と対話しているかのような歌詞にも注目です。今回は英語の歌詞から日本語訳に盛り込みきれなかった細かなニュアンスを取り上げ、エルサの揺れ動く心情を深掘りします!
-私にだけ聞こえるあなたの声- 聞こえていると認めたくないエルサ
前作では自分らしく生きるために「レリゴー!」と雪山にひとり飛び出したエルサ。今作では大切な仲間と穏やかに過ごしているものの、彼女は再び孤独を感じている様子。その理由は、エルサだけに聞こえる謎の声。どこか遠くから彼女を呼ぶその声に耐えかねて、エルサが「Into the Unknown」を歌い出します。
歌詞には「I(私)」と「You(あなた)」が頻繁に登場し、エルサは見えない声の主に向けて意思表示と問いかけを繰り返します。特に注目したい1番Bメロディでは「You’re not a voice, you’re just a ringing in my ear」の歌詞にあるように、「声じゃない、ただ私の空耳なのよ」と声の存在をきっぱり否定。念を押して続く「And if I heard you, which I don’t, I’m spoken for, I fear」という歌詞は直訳すると「あなたの声が聞こえているのだとしたら(聞こえたとは認めないけど)想いには応えられないわ、ごめんなさいね」というニュアンスになります。「I’m spoken for」は他から声をかけられた、誰かと付き合っている、という意味を持ち、声に耳を傾けまいとするエルサの意思を感じる部分です。
歌詞とは裏腹に、見えない対象の「You」に向けて歌い続けているところには、幻聴だと割り切れずにいるエルサの矛盾した心がうかがえます。
声の主は誰?美声で惑わす妖怪か、それとも私に似た誰かなのか
声なんて聞こえない!と否定を続けるエルサは声の主を魔物に例えます。1番Bメロディの最後には「I’m sorry, secret siren, but I’m blocking out your calls」という歌詞が。直訳すると、「ひそんでいるセイレーンよ、悪いけどあなたの呼ぶ声は私には届かないわ」といったところでしょうか。「Siren」というのはギリシャ神話に登場する海の怪物、セイレーンのこと。美しい歌声で水夫を惑わし、船を難破させたり喰い殺したりする、人魚のような魔物です。ここにも、幻聴に惑わされてはいけない、というエルサの決意が読み取れます。
1回目の“Into the Unknown” 踏み出せない危険な世界
この曲のサビは、「Into the Unknown」を3回繰り返すだけのシンプルなもの。日本語版「イントゥ・ジ・アンノウン〜心のままに」では、「未知の旅へ 踏み出せと 未知の旅へ」という名訳でお馴染みです。
1番の“Into the Unknown”は踏み出せない世界という印象。サビ前のフレーズでは、過去の冒険を引き合いに出し「I’m afraid of what I’m risking if I follow you」(あなたについて行くことで危険を引き起こすのが怖い)と未知へ踏み出す恐怖を口にします。氷の魔力ゆえにかつてアレンデール国を危険にさらしたエルサ。超自然的な存在同士、心の奥で不思議な声と共鳴し、未知の旅へ憧れている自分もいる。けれど、大切な妹のアナを、アレンデール国を守りたい。女王としての責任感が彼女を現状に引き止めていることが伝わります。
2回目の“Into the Unknown” 心の居場所を求めて、未知の旅へ
一方、2番の“Into the Unknown”は好奇心のまま新しい世界を突き進む印象へ。Bメロディ後半の転調をきっかけに、声の主と自分を重ねるエルサ。「Or are you someone out there who’s a little bit like me?」(それとも、あなたは私に似た誰かなの?)と声の主に歩み寄ると、塞き止めていたものが溢れるように、自分の居場所はここではない気がする、と正直な胸の内を明かします。自分だけに聴こえる声。その意味を問うほど、エルサの心は声が呼ぶ方へと傾き、未知の旅への扉を開きます。
いかがでしたでしょうか。今回は英語詞で印象的だと思う部分に焦点を当ててみました。英語詞では、謎の声に対してNOを重ねるエルサのイメージやサビの心情が詳細に描き込まれています。逆に言えば、日本語詞では情報が絞られ、あの声が私を呼んでいる、というニュアンスを中心にして一貫性を持たせているようです。「Into the Unknown」は簡単な単語で意味を掴みやすい楽曲ですので、ぜひ日英で聴き比べてみてくださいね。