小金井市在住の劇作家・演出家の岩井秀人さん。参加者が自分の身に起こった出来事を書き、それを演劇化して本人を中心に演じる企画「ワレワレのモロモロ」を続けて来られました。過去には、東京編(2016)、さいたまゴールド・シアター編(2018)、フランス・ジュヌビリエ編(2018)、上田編(2020)など、全国各地での公演やワークショップを経て、ついに岩井さんの地元・小金井で映像制作ワークショップの開催が決定。制作作品は6月26日(日)に小金井宮地楽器ホールにて上映されます。出演者オーディション前の岩井さんにお話を伺いました。

人生の出来事を作品にする。相当量のコミュニケーションが必要になるから、そこにコミュニティが生まれる。

―各地を回って、ついに岩井さんの地元、小金井での映像化となりますね。

岩井「ついにと言われたらついにですね。僕の作品はそもそも、小金井で起きたことを台本にしてやってきたので、元の場所に戻ったっちゃ、戻ったんですよね。でも、思ったより小金井の話は少ないんじゃないかな。
小金井に絞ると、可能性が狭くなると思ったので、台本募集の時点でそこのハードルはめちゃめちゃ低くしました。例えば、物語の1シーンで“失意のなか電車に乗って通りかかったのが武蔵小金井だった”とか、それだけでもいいと伝えました」

―小金井が舞台かどうかは最重要ポイントではなかったんですね。

岩井「僕は各地でワークショップを開催する時、その場所の出来事を作品にするかどうかよりも、その場所に“コミュニティ”が生まれることが重要だと考えています。
たとえば8人のチームができたとして、8人の中の誰か1人のすごく強い体験を、みんなで作品にしようというつながりができる。やがて、この企画が終わってからもやりとりして繋がっていく。今まで出会うはずのなかった人たちが出会って、別の関係ができる。
人は、色々な離脱可能な多くのコミュニティに参加している方が、生命として、様々なことに耐えられます。新たなコミュニティを作るっていうだけでも価値がある。すごく長いスパンで言うと、老後のためにも非常によろしいんじゃないかと(笑)。
しかも「物語の当事者がいる」状況で、それを作品にするには、相当なやり取りをしないと進められないものだから。出会う予定のなかった人同士が出会って、新たなコミュニケーションが生まれるということだけでも、この企画自体は続けていいんだな、と感じています」

写真:山本春花

―今回台本執筆者と、出演者オーディションとはっきり分けられています。現在は台本制作が進んでいる最中だと思いますが、いかがですか?(取材時4月中旬)

岩井「皆さんの中でも、過去の話の中で、ここまでは話しやすいけど、もう少し深い部分は話しにくい、という経験があると思います。そういった“生乾き”のような話も『ワレワレのモロモロ』の台本では書いてくれる方が多い。”岩井なら受け取ってくれんだろ”と思われているのかもしれません(笑)。
それは文体として明らかに違うから、僕にはわかる。お客さんに見せるために、という意識よりも、執筆者は問題を外在化させるために書く、というような体感があります。そして、そのこと自体がものすごく意味がある。いきなり作品として発表するとなると、書けないこともたくさんあるので。
今回は特に明確に台本執筆者と出演者オーディションの2段階に分けたことで、すごく良かったなと思っています。執筆者自身が感じた理不尽な場面を、出演者のオーディションで客観的に見るという体験ができる。それだけでなく、ワークショップや撮影を通して様々な人とその体験について話したりしてもらいたいですよね」

現実を捉え直すツールとしての演劇

―お話を伺っていて、岩井さんの作品創作の方法は、セラピーに近い印象を受けました。

岩井「僕は父親をとにかく一生懸命悪者にしようと思って台本を書いて、それを上演していました。だけど、長い年月、色々なお客さんに作品を観てもらい、対話していくことで、父はただの悪者じゃなかったと気づけた。僕にとっての演劇は、セラピー的な役割でした。
母が臨床心理士でカウンセリングの仕事をしているのですが、心理療法の中には、車座になって、みんなで生きてきた中での出来事を共有していったり、そのロールプレイをしてみたりと、個人個人の問題を外在化させて、「自分だけの問題」から、「みんなの問題」にしていく、というものがあるそうです。そういう話を聞いてはいたので、なんか僕の作品作りもだんだん似てきているなと思って(笑)。
演劇が、現実を捉え直すためのツールだったんだなと感じています。また、参加する俳優は、この企画の場合、目の前に当事者がいて、その人の人生に関わった役をやる。どこかの国の王様たちの話をやるよりも、もっとすごく実が詰まった演技になると思うんです。
この人の過去を、この人が客観的に見るために、とか、そこに別の視点をもたらすためにという目的を持って役を演じるって、なかなかないと思うけど、僕はそれがすごく本質的なものだと思っています」

写真:山本春花

―『ワレワレのモロモロ』では、プロのカメラマンは呼ばずに、参加者自身が映像を撮られるそうですね。

岩井「たとえば僕が初めて台本を書いて、それが自分の話だったとして、そこにプロのカメラマンが来たら、圧倒的に正解を持っている人が来ちゃったときに、オーダーも出せないし、ハードルがすごく上がっちゃう気がしました。
今ネットの映像は、どんどんプロと差がなくなっていっている。素人でも、iPhone13とか使ったらどえらい映像が取れたりする。だから、その人が感覚的に決めて、なんの違和感もないと思った絵で撮れれば、僕はその段階では、まずはベストかなぁと思っています。なるべく、本人たちのタイミングで、素直な状態でやってもらうのが一番早い。でも、ある程度の見やすさと、面白さが必要なので、そういう演出を加えたり、今回は映像アシスタントをつけて、映像的なサポートができるようにと考えています」

気負わずにお気楽に

―映像作品としては初の上映会ですが、『ワレワレのモロモロ』を観る方にメッセージをお願いします。

岩井「作品はほんとに、お気楽にお気楽にお楽しみください(笑)。さぁ、誰かの過去を聞くぞと気負わずに、“作品を作ったことない人たちの集まりで、どれくらいのものが作れるんだろう”と気楽な気持ちで楽しんできてもらえたらと思います。そこまで凄惨な話ばかりでもないですし、何かのメッセージを押し付けるようなことも僕は特にはしたくはない。ほんとにお気楽に、ふらっときていただけたら嬉しいです」


『ワレワレのモロモロ』小金井編は6月26日(日)に小金井宮地楽器ホールにて上映されます。チケットの購入、公演の情報はこちら

ミワ

演劇を作ることでコミュニティが生まれることを大切に、人の過去の経験の話を受け止めて作品に昇華していく岩井さん。演劇を作る過程での、作り手の心の変化のお話などが聞けて非常に興味深かったです。