今日マチ子さんの漫画『cocoon』を原作に作られている「マームとジプシー」の舞台『cocoon』。2020年の中止を経て、7月9日から東京芸術劇場で3度目の上演が行われます。昨年の7月から今年の2月19日までの様子が綴られた『cocoon』の稽古logに掲載された情報などから、再演に向けてどのような準備が行われているか、みていきましょう。
中止から再演まで、2年間かけて行ったキャストとの対話
「マームとジプシー」の舞台『cocoon』は、2020年の公演の中止が決まったのち、7月から再演に向けたワークショップがスタート。ワークショップは俳優からエピソードトークを聞くことから始まったそう。藤田さんは、好きな食べ物、嫌いな食べ物の話から、一番古い海の記憶、今までで一番記憶に残っている家の間取りなどの質問をして、俳優たちは記憶を辿り答えていきます。
開始から5ヶ月ほどたった頃、「個人的な話だったものが、どこかのタイミングでフィクションになっていく瞬間が生まれたら面白い」という意図で、それぞれのエピソードトークの再現をしてみることに。どこに何があって、どう見えていたかを俳優が一人一人立って動いて説明していく、といったワークショップの様子が稽古logには記されていました。
このワークショップ内容は、演出家・藤田貴大さんの「作品における物と人との関係性」への解釈に基づいて行われていきます。2015年に上演していた時は、「対・人」で演劇を作っていた藤田さんですが、それ以降の創作では、俳優にどんな言葉を語らせるかよりも、どう物を配置し、それを俳優に移動させるかというところから、作品が立ち上がることが増えているのだそうです。
エピソードトークの再現により、俳優の動きを探っていった2020年。翌年2021年からは、また違う作業が行われました。マームとジプシーは身体性を求める劇団ということもあり、俳優たちは自分や仲間の身体を知るために2人1組でストレッチをすることに。また、声の出し方も訓練していきます。今回の『cocoon』の出演者は、オーディションで選ばれているため、舞台経験にも差があります。そのため、藤田さんは俳優たちに丁寧に身体のことを伝えていったのだと、稽古logに綴られています。
藤田さんはワークで行っていることを「遠回り」と表現しますが、その「遠回り」なワークは、どのように作品に影響したのでしょうか。公開されている稽古logは2月9日で終わっていたので、それ以上先の様子を追うことはできませんが、劇場で感じることができるのではないでしょうか。
沖縄現地の方との対話を経て上演する『cocoon』の舞台
舞台『cocoon』は、漫画家・今日マチ子さんの『cocoon』を原作に、沖縄戦に動員されるひめゆり学徒隊の少女たちに着想を得た作品です。少女たちの日常が戦争によって否応なしに死と隣り合わせの日々へと変わっていく様子が、切実に描かれています。
2013年に初演が上演。2015年には東京芸術劇場とタッグを組んで、沖縄を含む全国で上演し、翌年に、藤田さんは本作で第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞しました。2020年夏の公演中止を経て、今夏上演が決定。「マームとジプシー」が創設15周年の年にも重なり、MUM&GYPSY 15th anniversary year vol.2と銘打ち、沖縄から北海道まで全国9都市で上演を行います。
過去2回上演されている本作も、今日さんの原作はありながら、上演台本としての脚本は全く0の状態から始まりました。というのも、参加する俳優を藤田さんが観察しながら創作していくから。俳優たちのパーソナルな話が、徐々に『cocoon』の中のキャラクターになっていくのではないかということで、先述したワークショップを2年間重ねてきました。
また、藤田さんは、2013年の初演以来、沖縄に頻繁に足を運び、沖縄に住む方々と多くの対話を深めてきました。2022年2月には『Light house』という作品を、那覇文化芸術劇場「なはーと」のこけら落としプログラムとして、劇場と共同製作を行いました。現代の沖縄に流れる時間を感じた上で、3度目となる『cocoon』に向き合います。今回は、どのような上演になるのでしょうか。
「観劇」よりも「鑑賞」する舞台を目指して
藤田さんは、マームとジプシーの子供向けの公演『めにみえない みみにしたい』(2018、2019)を上演した際、子どもたちに飽きずに最後まで観てもらうにはどうしたらいいかと思案し、「観劇」と「鑑賞」の違いについて考えるようになったと言います。
『cocoon』の上演にあたり、過去2回は、「戦争ってこんなに怖いものなんだ。僕はそう感じていますけど、みなさんはどうですか?」と“共感”を客席に求めていた。しかし、表現は観客と共有するものなんだと藤田さんは思い始めたのだそう。特に『cocoon』は戦争がテーマ。観客が「観ていられないかもしれない」と思った時、演劇はテレビのようにチャンネルを切り替えることが出来ません。“共感を求めると、観客は逃げ場がなくなってしまうのです。3度目の上演となる今回の『cocoon』は、観客に共感を求める「観劇」ではなく、ただ時間や表現を観客と共有するだけという「鑑賞」のスタイルに委ねることが重要と言います。
今の世相を踏まえて改めて『cocoon』と向き合い見えたもの
今も毎日新型コロナウイルスの感染者の人数が報道されていますが、私たちは四六時中その話題を話しているわけではありません。コロナに対する恐怖心も、初期と、今ではまた違うものになっています。それと同様に、「戦時中だからといって、ずっと戦争の話をしているわけではなかったのでは?」、「戦争が始まってすぐの頃は、結構他愛もない会話をしていたのかも」と藤田さんは思い至ります。
また、数年前よりも更に、携帯に多くの情報が早く入ってくるようになりました。ウクライナでの状況がリアルタイムで手元にすぐ届くなど戦争に対する解像度が上がっているため、前回の上演よりも観客が作品に入ってきやすくなるのではないかと話します。ここ1年で「暴力」という言葉に引っ掛かりを覚えているという藤田さん。ここ数年特に、様々な意味合いの「暴力」が日々報道され続けています。「『cocoon』で“戦争当時の人たちの気持ちになる”ことは描けば描くほど難しいことですが、一方で、今この時代に起きている暴力と何が違うのかとも思う」と語ります。
戦争が始まったのは、今から約80年前。そこに存在したはずの人々の感情は、徐々に忘れ去られてしまいます。しかし、藤田さんは、当時の人々の感情を細やかに掬い取って、演劇を通じて想像しようと果敢に挑んでいます。
MUM&GYPSY 15th anniversary year vol.『cocoon』は7月9日〜17日に東京芸術劇場プレイハウスで上演をし、その後、沖縄を含む全国で上演を予定しています。公式HPはこちら。
世界の情勢も変わり、長期のワークショップを経て、今までとは違った『cocoon』になりそうです。