12月18日(水)より新国立劇場 小劇場にて上演される『モンスター』。教育・家族関係を鋭く表現した英国を代表する劇作家ダンカン・マクミランの衝撃作に、風間俊介さん、松岡広大さん、笠松はるさん、那須佐代子さんが挑みます。風間さん演じる新人教師トムと対峙し、母親の死や家庭環境の複雑さを抱える14歳の生徒ダリルを演じる松岡広大さんにお話を伺いました。
純粋で、狙わずに風刺がきくダリルの面白さ
−社会に問題児として扱われる生徒と新人教師との対峙を軸に、家族や教育について鋭く切り込んだ『モンスター』。作品をどのように受け止めましたか?
「シェイクスピアが言うように、演劇とは時代を映す鏡だと思っているので、本作はイギリスの戯曲ですが、日本でもこういったことが起きていると僕は思いますし、作品で描かれている苦しさや切迫感みたいなものは、どの場所にもあるのではないかなと思っています。それを演じるのは、生半可な気持ちではできないなと感じました」
−実際に本読みで台詞を読んでみて、いかがでしたか。
「凄く口語的で、言葉を断定しないというか、言いよどむような表現がたくさんあるので、核心をつかない会話の応酬が面白いなと思いつつ、表現するのが難しい戯曲だなという印象です」
−ダリルという役柄についてはどんな少年だと捉えていますか。
「今はADHDやASDに関する学術書を読んで勉強しているところですが、固有名詞を付けると分かりやすくなる分、それによって排除される人も出てくるなと感じています。世の中に規範はある程度必要だけれど、規範があることで溢れてしまう、不幸になってしまうのがダリルで、そこにどう手を差し伸べるかという話だと思うのですが、可哀想に見えるのも違う。絶妙な塩梅でお芝居ができたらなと思います」
−ダリルのどのような部分に魅力を感じますか。
「分からないものが多いというのは魅力です。社会の規範や法律というものを知らないダリルは、純粋であり、無垢でもあると思います。純粋に、直感的に思ったことを言うのは短絡的に思われるかもしれないけれど、心の奥底からくるものであり、狙わずとも風刺がきくような、ある種暴力にもなり得るものだと思うので、そこはダリルの面白さでもあると思います」
−もし松岡さんがトムの立場だったら、ダリルにどのように手を差し伸べますか?
「あらゆるものに手を差し伸べすぎだなと思うことが結構あって、マイノリティだからと過剰に反応することで生きにくさが生まれることもあると思うんです。わからないことに対してある程度の距離感を持つというのは大事だと思っているので、もし僕がトムの立場だったら、ある程度距離を離して見てみると思います」
−台本には冒頭に、ダリルが影響を受けた犯罪者であるチャールズ・マンソンの言葉(※)が書かれていました。
「戯曲の初めに書かれていたので、1時間くらい考えてしまい、戯曲に進めなかったです。人間は残酷だと分かっていますが、改めて明言され、自分もその1人なんだと自覚した瞬間はすごく傷つきますよね。愚かさも含めて人間の愛おしさなのだとも思いながら、色々と考えてしまいました」
※チャールズ・マンソンの言葉:「あなたの子供たちが何者か、それをつくったのはあなたです。ナイフを持ってあなたに向かってくる子供たちは、あなたの子供たちです。あなたが教えたのです。私は教えていません。私はただ、彼らが立ち上がるのを助けようとしただけ。あなたはそれを私に投影し返すことができますが、私はあなたたち一人ひとりの中にあるものでしかありません。あなたたちのシステムが私の父親。私はあなたたちを写したものなのです」
風間俊介さんは「芝生の上にただ居るだけのよう」
−4人芝居という点についてはいかがでしょうか。
「ミュージカル『スリル・ミー』に出演した時、演出の栗山民也さんが“2人芝居は究極の演劇形態だ”と仰っていました。演じてみると本当にそうで、ボクシングの殴り合いみたいな壮絶さと、お客様も2人に集中するという空間が、刺激的で楽しかったです。3人芝居になると、例えば2人が議論している時に異なる視点で入ることができます。4人となると、2で割り切れるというのがあって、善悪とか、二元論に分けやすいですよね。それはお客様に提案するというよりも委ねている部分ではありますが、4人になると考えられることが増えるので、それが面白いなと思います」
−新人教師として対峙する風間俊介さんの印象はいかがですか?
「役を演じる時というのはどこかで纏う感じがあると思うのですが、風間さんにはそれを感じないのが不思議です。力が抜けているのか、芝居という言葉の通り、芝生の上にただ居るだけのようで、すっと言葉が入ってくる。力の抜き方が自分にはまだ出来ないと思うところなので、凄く尊敬しています。対峙するのが楽しみですし、本読みの時点で何でも受け止めてくださる感じがしたので、安心しました(笑)」
−演出の杉原邦生さんとはお話しされましたか。
「本読みの時に具体的なお話はしていなくて、見守ってくださっている感じだったのですが、ふと“誰がモンスターなんだろうね”と仰っていたのが印象に残りました。今後の演出が楽しみです」
『ねじまき鳥クロニクル』での経験を経て「生きてていいんだな」と感じる
−ダリルは“理解不能なモンスター”のようにも見える人物ですが、どのように役を理解しようと思われていますか。
「出来るだけ理解しようとは思っているのですが、わからないものはわからないまま進めるのも一つの手だなと思います。実は役を理解しようと焦って近づきすぎて頓挫してしまった経験もあるんです。虫眼鏡で見るだけでなく、少し引いた鳥の目で見ないと到達できない境地があると思うので、分からない部分は視野を広げてみるというのは、どの役作りにおいても共通していると思います」
−松岡さんのお話を伺っていると、相当の準備をされて役に挑まれているのだなと感じます。
「怖いんだと思います。不安で仕方がないんです。僕は感覚でできる人間ではないので、ダリルの多動症についてもよく知らないと演じられない。なのでその分準備はしっかりします。それに自分が無意味な時間を過ごしている時に、他の人は有意義に過ごしているんだろうなと考えてしまうので、本を読み込んだり考えたりしないと、落ち着かないんです。ただ、最近は上手く息抜きをした方が良いと言われたこともあって、休む時はしっかり休むように心がけています」
−これまでも数々の印象的な作品に出演されてきた松岡さんですが、ご自身の中で演劇に対する考え方が変わった、ターニングポイントになった作品はありますか。
「やはり『ねじまき鳥クロニクル』は日本ではなかなか見られない作品ですし、演劇や芸術の間口をぐっと広げてもらった作品です。俳優やダンサー、演奏者は皆平等な立場だということも、演出のインバル・ピントさんに教わりました。キャストやスタッフの皆さんも気持ちの良い方ばかりで、会話をするように演劇を作ることができました。演劇は特別なことではなく、日常的なものなのだと感じました。この経験があったから、次の作品でも意識的に人と繋がろう、素直でいようと思えたので、今はとても演劇が楽しくて、生きているな、生きてていいんだなと思えています」
−最後に、『モンスター』をどのように楽しんでもらいたいですか。
「あくまでフィクションなので、まずは楽しんで欲しいです。その上で、この作品は私のことを言っているのかな、と心の中を覗くことになると思うので、発見をしてもらいたいですし、そこから先は自由に考えて行動してもらいたい。人によってはショッキングに感じることもあるかもしれないですが、最後まで楽しんで頂けるような作品に絶対にするので、安心して観に来て頂きたいです」
『モンスター』は12月18日(水)から28日(土)まで新国立劇場 小劇場にて上演。11月30日(土)12月1日(日)には大阪・松下IMPホール、12月7日(土)8日(日)に水戸芸術館ACM劇場、12月14日(土)に福岡市立南市民センター 文化ホールにて上演が行われます。公式HPはこちら
思慮深く、相当の準備をして作品と向き合っていることはもちろん、言語化ももの凄くお上手で、お話に聞き入ってしまいました。