外交官とスパイ、そして彼らを取り巻く人間模様を描いた『M.バタフライ』。日本では32年ぶりとなる公演が、2022年6月24日(金)より東京で開幕します。舞台となる中国で、広く親しまれてきた京劇文化に触れながら、本作の魅力を探っていきましょう。

禁断の愛を描く『M.バタフライ』

『M.バタフライ』は劇作家のデイヴィット・ヘンリー・ファンによる戯曲で、1960年代の中国が舞台となっています。世界各国で上演されており、1988年にトニー賞最優秀演劇賞を受賞。また、1993年には『エム・バタフライ』という題名で映画化されています。

フランス人のルネ・ガリマールは、駐在外交官として、文化大革命前夜の中国・北京に暮らしていました。ある夜、ルネはオペラ『蝶々夫人』を鑑賞した際に、京劇女優のソン・リリンと出会います。ソンの美しい見た目と慎ましやかな内面に、心惹かれていくルネ。ルネとソンはやがて恋仲となりますが、ソンには大きな秘密がありました。実は、ソンは中国の指導者・毛沢東のスパイだった上に、男性だったのです。驚愕の事実、そしてルネが犯した国家機密情報漏洩という罪により、2人の関係はどのような終焉へ向かっていくのか。結末をぜひその目で見届けてみてください。

今回、日本での公演は1989年の劇団四季以来とのことで、実に32年ぶり。主人公のルネを内野聖陽さんが、キーパーソンのソンを岡本圭人さんが演じます。実話を基にしたというセンセーショナルな愛憎劇に、一層期待が高まりますね。

京劇の女形について

主人公の恋人となるソン・リリンは、京劇のスター女優に身分を偽っていました。そもそも「京劇って何だろう?」と疑問に思う方もいるかもしれません。

京劇とは中国の伝統的な音楽劇で、200年以上の歴史を持つといわれています。文化大革命期に多くの作品が上演禁止となったことや、近年では海外文化の流行に押されていることから、かつての人気は失われつつあるようです。しかし、中国の誇るべき芸能として、現在も根強く愛されています。

京劇には大きく分けて4つの役割があり、女性役である「旦(たん)」も男性が演じていました。「四大名旦」と呼ばれる女形の流派があったほどで、日本の歌舞伎における「女形」に近い役回りといえるでしょう。

男性が女性を演じるとなると、化粧はもちろん、体や手足の動かし方ひとつにも気を配らなければなりません。裏を返せば、常に“偽りの自分”を演じ続けているソンにとって、京劇はぴったりの隠れ蓑だったのではないでしょうか。

性別の垣根を超える演劇手法

京劇は、『M.バタフライ』の重要な構成要素のひとつです。男性が女性役を担っていた歴史的背景によって、ソン・リリンという特殊な存在も受け入れやすくなるのではないでしょうか。また、ソンの正体が明らかになった時、はたして人間同士の愛は成立するのか。性別に縛られない配役と物語の展開が、人間の本質を観客に問いかけてくるかのようです。

東京公演は6月24日(金)から7月10日(日)まで新国立劇場にて、また大阪公演が7月13日(水)から7月15日(金)まで梅田芸術劇場にて行われます。このほか、福岡・愛知にも巡演予定です。詳しくはこちらから。

もこ

筆者の好きな宝塚歌劇団では女性が男性役を演じているため、性別の異なる配役にあまり違和感はありません。とはいえ、いわゆる「女形」の演技はいまだに未体験。まずは歌舞伎から、一度鑑賞してみたいところです。