1999年、野田秀樹さん作の戯曲『パンドラの鐘』。今回は杉原邦夫さんが演出を担当することでも注目の作品です。脚本提供を行った野田さんは初日に観劇、「こういう場で他のカンパニーをお薦めしたりするのは初めてですが」と推薦文を発表するほど大絶賛しています。観劇前から期待値の高かった本作の観劇リポートをお届けします。本作のあらすじ等はこちらから。(2022年6月・Bunkamuraシアターコクーン)※以下ネタバレがあります。ご注意ください。

伝統文化と現代の文化が融合された舞台空間

『パンドラの鐘』の舞台は、太平洋戦争開戦前夜の長崎と、ひとつの王家が代々統治する古代王国。時空を超え、現代と古代がハイスピードでくるくると入れ替わり展開していきます。古代王国の女王・ヒメ女と葬式屋・ミズヲのラブストーリー、現代で発掘された“パンドラの鐘”の謎を解くサスペンスが同時に進行していき、太平洋戦争で長崎に落とされた原爆に物語が集約されます。

今回演出を務めている杉原邦夫さん版の『パンドラの鐘』は野田秀樹さんへのリスペクトがあり、それに加え、杉原さん独自の現代の若い感覚が織り込まれた演出となっていました。

初め、舞台はとてもシンプル。舞台面の四隅に白い柱が立っており、背景には、シアターコクーン自体の壁が見えています。歌舞伎で開幕時に使われている「祈(き)」が鳴ると、上から紅白の段幕が降りてきます。赤は出生を、白は死を表しているそう。能の『道成寺』と歌舞伎の『娘道成寺』の世界をもとに作られた舞台空間。全体的に歌舞伎のテイストが織り込まれた舞台美術や演出となっていました。

その中に、現代の要素が入ることで、親しみやすいものに。DJやプロデューサーとして活動されている☆Taku Takahashiさん(m-flo)による現代風の音楽や、アントス・ラファウさんによる衣裳デザインで舞台が彩られます。舞台の衣装デザイナーだけでなく、ANTOSTOKIOという自身のブランドを持つファッションデザイナーのラファウさんが衣装で魅せる世界観は、足元にスニーカーなど現代要素がありつつも、舞台セットと馴染んだものとなっていました。また、照明も音楽に合わせて、レーザービームが出されたりと、視覚的にも楽しい演出でした。

☆Taku Takahashi(m-flo)さん

物語の最後には、段幕もなくなり、舞台後方に位置するシアターコクーンの搬入口が開きます。舞台後方が開く演出は、テント芝居を彷彿とさせました。外には渋谷の街が広がっていて、現実世界を突きつけられます。

古代王国の女王・ヒメ女が自身の命をかけて守り、葬儀屋・ミズヲが希望を託した未来。しかし、私たちは、太平洋戦争開戦後に原爆が投下された後の「未来」を知っています。今も世の中では戦争やその他争いごとが消えてないことをまざまざと感じました。劇場という空間と時間を共有することで、当事者意識を感じさせる事ができるという演劇の特性が生かされた作品だと思います。

言葉の力、身体性がともに生かされた、野田秀樹踏襲の演出

本作の脚本を手がけた野田秀樹さんの戯曲の特徴といえば、1つの言葉に二重にも三重にも意味が込められているという言葉遊び。俳優たちがその部分を丁寧に強調して話していたことで、客席にもわかりやすく伝わってきました。

ストレートプレイは本作が2作品目だという、葵わかなさん。葵さん演じるヒメ女は、女王とはいえ、まだ14歳。年相応の無邪気さが垣間見えていた物語の序盤から、物語の最後には、身を挺して王国を守る強い姿を見せる立派な女王の姿へと移り変わっていく様子を見事に演じていました。

また、本作には6名のダンサーが出演。歌舞伎に倣い、黒衣を着ています。ダンサーがいることで、空間や表現に幅が出ていて、重要な役目を担っていました。ユーモアがあり、物語の核心に迫るにつれシリアスになっていく。緩急があって、あっという間の2時間20分でした。

6月6日(月)〜6月28日(火)Bunkamura シアターコクーンでの上演。その後全国を周ります。公式HPはこちら。6月22日(水)18時公演はライブ配信、アーカイブ配信も6月23日(木)12時〜6月26日(日)23時59分まで。チケットはこちら。6月22日(水)の回は、WOWOWでもライブ配信されます。

ミワ

私は歌舞伎の公演にあまり馴染みがないのですが、本作を観たことで歌舞伎をきちんと観てみたくなりました。身体を限界まで利用しようとする野田作品と、人力でなんでも成し遂げてしまう歌舞伎の手法は、とても相性が良いと思います。