今や日本で入手困難なチケットの1つ、NODA・MAP。中でも『Q:A Night At The Kabuki』は松たか子さん、上川隆也さん、広瀬すずさん、志尊淳さん、竹中直人さんら超豪華キャストが出演した名作。さらにQueenのアルバム『オペラ座の夜』とのコラボ。もう二度と実現しないかと思われた奇跡の作品が、なんと英国公演を含めた再演決定!その初日の幕開けに立ち会うことが出来ました。(2022年8月・東京芸術劇場 プレイハウス)※ネタバレ注意

愛と運命、そして戦争

『Q:A Night At The Kabuki』はシェイクスピアの名作『ロミオとジュリエット』を平家・源氏に置き換え、もしロミオとジュリエットが死ななかったら…?という物語のその先を描いた作品。恋に突き進む若き日の源の愁里愛(じゅりえ)と平の瑯壬生(ろうみお)を広瀬すずさんと志尊淳さんが演じ、2人の悲劇の運命を変えるべく、“それからの愁里愛”(松たか子さん)と“それからの瑯壬生”(上川隆也さん)が奔走します。

源平の争いに巻き込まれ、離れ離れになる愁里愛と瑯壬生。“次に会えるのはいつ?”と縋るように問いかける愁里愛に、“この世から戦争が消えた日に”と答える瑯壬生。その言葉通り、“それから”の2人の奔走の甲斐あって運命を変え、生き延びた2人は、その後も巡り合うことが出来ません。平家と源氏の戦争が終わっても、瑯壬生は都に戻ることは許されなかった。彼の綴った手紙は、愁里愛に届くことはなかった。今日この時だって、この世から戦争は消えていないのだから。

真実の愛が超えられないものは、運命ではなく、戦争。2人の愛の物語は、人々の争いの物語でもある。その気づきは、今の世を生きる私たちに深く突き刺さります。これをロンドンで観る人々は、どう捉えるのでしょうか。

また本作の大きな柱となるのが、Queenの『オペラ座の夜』の楽曲たち。楽曲に合わせて俳優たちの動き=時空の動き方が変わるなど、象徴的に音楽が使用されます。一番印象的だったのは、ライブ盤の観客の歓声が、兵士の唱和として使われたシーン。熱狂的で愛に満ちているはずの声が、悲しみや憎しみを帯びた叫びとして劇場をつんざく。作中には音楽だけでなく、花火の音を銃声の音だと勘違いするなど、音を“対”に捉えさせる演出が何度も出てきます。喜びは誰かの悲しみであり、また時が経つことで、喜びの音が悲しみの音になることもある。誰もが知るQueenの名曲たちも度々登場しますが、本作を観終わった頃、楽曲には数え切れない新たな印象が与えられます。

シェイクスピアと野田秀樹。時を超えて英国へ

シェイクスピア作品を上演する劇団は数あれど、これほどまでに劇作家・シェイクスピアと対話し続ける人は野田秀樹さんしかいないのではないでしょうか。『Q:A Night At The Kabuki』は『ロミオとジュリエット』がベースになっているだけでなく、ロミオとジュリエットの“それから”に挑んでいます。シェイクスピアは若い2人の美しい愛の悲劇が、争いを終わらせるのではないかと提示した。それに対し、愛は運命を超えられないのか?争いを超えられないのか?と野田秀樹は対抗する。ジュリエットの年齢を14歳という若さに設定し、“純粋無垢な子供と、それに気づけない大人”という対立構造を描いたシェイクスピアに対し、野田秀樹は生き延びた“それからの愁里愛”と“それからの瑯壬生”という存在を生み出し、大人が“かつて子供だった自分”の運命を救おうとする。

さらに、“名前を捨てる”ことで愛を証明した『ロミオとジュリエット』に対し、『Q:A Night At The Kabuki』は現代の匿名における言葉の暴力を絡め、“名もなき戦士”は名もなきままで終わって本当に良いのか?と名前の価値を証明する。野田さんの描き方は、シェイクスピアの“影響を受けた”というよりも、数百年の時を超え、シェイクスピアと“対話”をし続けているように見えます。

俳優の演技と身体表現であらゆる(野田さんならではの複雑に絡み合った)シーンを想像させるのも、演劇の真髄を突き詰めるNODA・MAPの魅力。そこに水がなくとも、音や仕草でそこに水があるように見える。船のセットなどなくとも、人々がひしめき合い、懸命に漕ぐ姿を見れば、そこに船は見える。解像度の高い映像に見慣れた私たちが唯一、演劇という場所では、想像力を鋭く研ぎ澄まし、人間の物語に向き合うことができるのです。またシンプルなセットだからこそ、言葉が時を超えていく象徴となる紙飛行機や、生と死を連想させる可動式のベッドが印象的に残ります。

シェイクスピアとQueenを生んだ地・英国に、『Q:A Night At The Kabuki』が赴く。時を超え、海を超えて、本作がどう評価されるのか、楽しみでなりません。ロンドン公演は9月22日から。東京公演は9月11日まで東京芸術劇場 プレイハウスで上演され、当日券も発売されています。その他、大阪公演・台北公演も予定。日本が生んだ奇跡の名作を、お見逃しなく。※公演日程の最新情報は公式HPをご確認ください。

Yurika

かつて大学生時代、シェイクスピアの言葉遊びに感嘆しつつも日本語訳でそれを再現する難しさと半ば諦めの気持ちを持った筆者にとって、NODA・MAPのシェイクスピア同様に大量に降り注ぐ言葉遊びの数々は、日本語の大きな可能性を感じさせてくれます。同じ“音”の言葉が次々に意味を変えていく。全ての台詞を聞き漏らさないように耳をすませ、スピーディに進んでいく言葉に置いていかれないよう頭を働かせる。NODA・MAPはいつも、観客として作品としっかり対話するぞ!と覚悟を決めて向き合う作品です。