2021年11月に開設された新国立デジタルシアター。オペラやバレエ、演劇作品が期間限定で配信されています。編集部は今回、昨年上演されていた『反応工程』に注目しました。

老若男女、時・場所を選ばずに舞台芸術を楽しめる新たな観賞スタイル「新国立デジタルシアター」

「新国立デジタルシアター」のことをまだご存じない方もいらっしゃるのではないでしょうか。新型コロナウイルスの影響で、多くの舞台が今も公演中止になっている中、新国立劇場では、2020年4月の第1回目の緊急事態宣言下の活動自粛期間中に、「巣ごもりシアター」と題して、配信を行い、延べ25万回もの視聴回数を集めました。多くの反響を受け、映像配信の形で舞台を届ける「新国デジタルシアター」が2021年11月に開設されました。


劇場という空間で生で観劇することが舞台の醍醐味ではありますが、まだ新型コロナウイルスの感染が拡大しており、予断を許さない状態です。映像配信は、老若男女、時や場所を選ばずに、舞台を楽しめるというメリットがあります。新国立劇場とより多くのお客様の出会いの場としても、舞台の新たな鑑賞スタイルの一つとしても楽しめるものとなっています。

第二次世界大戦終戦前夜の軍需工場での様子を描く『反応工程』

今回編集部が取り上げるのは、現在配信中の演劇作品『反応工程』。昨年7月に上演された作品で、配信は、9月1日12:00まで視聴可能となっています。

『反応工程』の作者・宮本研さんは、専門学校在学中に学徒動員されるなど、第二次世界大戦中に青春時代を送りました。法務省に就職後、労働者演劇サークルで、演出・脚本を担当するようになり、『反応工程』は、宮本さんの戯曲の中でも「戦後三部作」と呼ばれているものの1作品です。

本作の演出を務めるのは、千葉哲也さん。演劇企画集団THE・ガジラの俳優で、『広い世界のほとりに』や『桜の園』などの演出も手がけています。千葉さんの撮り下ろしインタビュー映像も、公演映像と共に配信されています。また、全キャストオーディションでの選出で、6週間に及ぶオーディションで選ばれた、14人の俳優が出演しています。

本作は、作者である宮本さんのご自身の経験を元にした物語。「反応工程」とは、化学工場の製造工程の一部。ロケット砲の推進薬を作り出すための初めの工程なのですが、物語で描かれる工場では、この工程が上手くいかず失敗が続いています。

終戦数日前の軍需工場で動員学徒として働いている若者たちは、戦争そのものに不信感を抱いていました。工場の見張をしている影山は、召集命令が下るも、恐ろしさから逃げてしまいます。また、優秀と言われている田宮は、禁書を所持していることが見つかり摘発を受けることに…。そんな若者たちと戦争を生活の一部として順応している大人との葛藤が描かれています。

戦時中とはいえ、仕事をしなくては生活できないし、そんな中でも仲間とふざけ合ったり、恋愛模様も描かれていたり。日常がしっかりと描かれているからこそ、徴兵や空襲といった「戦争」の場面が色濃く描き出されているように感じました。今までの戦争作品よりもリアルな描かれ方で、実際にあったことなのだと、とても身近に感じられました。戦争の愚かさと悲痛さが描かれていると共に、全員がそれぞれの道理の中で真っ直ぐに生きているエネルギーのある作品です。

新国立デジタルシアター『反応工程』は2022年9月1日(木)12:00まで無料配信中です。公式HPはこちら

ミワ

戦時中、「戦争」が背景になってしまったのと同じように、現在コロナ禍で、「コロナウイルス」が生活の背景になりつつあります。状況は違えど、苦しく思うようにならない中でも強く逞しく生きる人々が描かれた本作から、多くのエネルギーを貰うことができました。