KAAT神奈川芸術劇場(以下、KAAT)の2022年度メインシーズン「忘」の幕開けとして、1948年に溝口健二監督作品として上映された、映画『夜の女たち』が初めて舞台化、ミュージカルとして上演されます。トピックスとして、KAATの芸術監督である長塚圭史さんがミュージカル初挑戦。加えて、江口のりこさんなど、ストリートプレイを中心に活動される方々が出演するなど、「初」が多い今作。今回は、敗戦後の日本の歴史が色濃く反映された作品、ミュージカル『夜の女たち』を取り上げます。
敗戦後の日本をリアルに残した名作映画が初の舞台化
2022年度のKAATシーズンタイトル「忘」は、忘れてはならない自分たちの国の歴史を見つめ直すことで生きている今を考えるという意味が込められています。『夜の女たち』の映画内では、まだアメリカの占領下にあった実際の大阪・釜ヶ崎(現在の大阪府西成区の北東部あたり)で撮影されており、劇作品でありながら、当時の人々の暮らしを映したドキュメンタリーフィルムのような作品になっています。そのため、歴史的な面においても重要な作品です。
舞台は、戦後間もない大阪・釜ヶ崎。そこでは、「日没後、この付近で停立または徘徊する女性は闇の女と認め、検挙する場合があります」と書かれた札が立っていました。夫の帰りを待つ大和田房子は、病気の子を抱えながらも姑や義理の妹・久美子と同居しながら暮らしていました。房子の両親や妹の夏子は未だに消息不明。着物を売り払ってなんとか生き延びていましたが、生活は困窮を極めていました。そんななか、房子にとって非常にショッキングな知らせが届いてしまいます。その後、ホールでダンサーとなっていた夏子と偶然再会し房子の運命は大きく動き出します。敗戦後の日本で生き延びる、房子、夏子、久美子の3人の女性の壮絶な人生がミュージカルとして描かれていきます。
戦後の動乱期を描いた作品をあえて「ミュージカル」で上演する理由
演出を担当される長塚圭史さんをはじめ、江口のりこさんや前田敦子さんなど、出演者も含めミュージカル初挑戦の方々が多い今作。戦後の動乱の中で生きた人々の、ある種ドキュメンタリーのような作品がなぜあえてミュージカルで上演されるのでしょうか。
ミュージカルでの上演について、演出の長塚さんはこのように話しています。「日本人の価値観が真っ逆さまにひっくり返るような敗戦の時代を描く時に、どうしてもただ暗い側面にばかり引っ張られて行きがちです。けれどミュージカルなら、言葉にならない心の内を歌いあげることも出来れば、その時代の空気そのものを歌にすることも出来る。そして、何よりも、困難な中でも、力強く生きた庶民の姿を鮮やかに描き出せるのではないか、と思ったのです。」(引用:KAAT神奈川芸術劇場 ミュージカル『夜の女たち』公式HP, 2022)
どの場面で音楽が流れ、登場人物たちの心境が歌で表現されるのか、まだ想像できない部分も多いですが、公式HPに掲載されている出演者の方々のコメントを読むと、ミュージカルだからこそ伝わる内容であるのではと感じます。ミュージカル『夜の女たち』は9月3日から上演予定。公式HPはこちら
公式HP内、公演情報の最後に書かれてある長塚さんのコメントに考えさせられました。今再び世界が戦時下におかれた中で、忘れてはならない歴史と、どんなに悲惨な時代でも生きていく人間の底力をこの作品が教えてくれるのではないかと思います。