スペインの劇作家フェデリコ・ガルシーア・ロルカの悲劇『血の婚礼』。杉原邦生さん演出、木村達成さん・須賀健太さん・早見あかりさん・安蘭けいさんら実力派が結集し、Bunkamuraシアターコクーンにて幕を開けました。(2022年9月・Bunkamuraシアターコクーン)※ネタバレあり
静寂と閉鎖の中に流れ込む、不穏な音
無数の剥き出しの照明と白い壁によって閉鎖的に作られた小さな部屋。夫と息子を殺された憎しみと、唯一残った息子(須賀健太さん)の命を常に案ずる母親(安蘭けいさん)は、息子から結婚を考えている女性がいることを告げられます。しかしその女性(早見あかりさん)には、かつて心を通わせた男が。その男・レオナルド(木村達成さん)は、夫と息子を殺した一族の息子。
レオナルドは花嫁の従妹と結婚しており、親族として結婚式に参加。皆は結婚を祝福しますが、次第に不穏な空気が流れ始めます。そして、レオナルドと花嫁は突如姿を消してしまい…。
登場人物たちは衣装の所々にハーネスベルトがあり、南スペインの小さな村で“家柄”、“結婚”、“世間の目”などに縛られているよう。白い壁は登場人物たちが部屋から出る度にドアとしてくり抜かれ、一見平穏に見える空間に穴が開いていくような不安感を煽ります。
さらに象徴的なのが「音」の演出。静寂の中、客席の通路を黙って進む登場人物たち。ぐっと目線を惹きつけられたところで、彼らが舞台に上がると鳴り響く、ドーンと大きな衝撃音。登場人物たちと共に小さな閉鎖空間に閉じ込められ、“もうこの悲劇からは逃れられない”と言われているかのようです。さらに、劇中でじわじわと迫り来るような不穏な音楽。生演奏のギター、チェロ、パーカッションが、これから起きる悲劇を連想させます。
愛の苦しみが、炎のように体を貫く
レオナルドと結婚式を逃げ出した花嫁。そこには幸せがあるのかと思いきや、彼女は自分の中に燃え盛る愛の炎に苦しんでいます。理性で花婿を選んだはずなのに、どうしても抗えなかった、自分でも理解できないような激しい炎。
2人はハーネスを外し、舞台も1幕と一変、だだっ広い開放的な空間へ。様々な縛りから開放されたはずなのに、2人は苦しみ続けます。そこに忍び寄る、「月」と「死」、そして「血」。無機質な空間に流れ込む、血のような熱い炎は、人を焼き尽くすだけなのか。悲劇でありながら、どこか美しさを感じる演出に、これぞ演劇の真骨頂、と拍手が止まりませんでした。
難解な作品を、冷静と情熱を持って演じる実力派たち
印象的だったのは、“花婿の母親”を演じている安蘭けいさん。夫と息子、自分の「男」たちが殺され、血に染まった姿を見てきた。その憎しみと悲しみを時に爆発させながら、そんな壮絶な状況を俯瞰しているかのようにも見える。その佇まいには、「男」たちの“思い出”と生きていくという強さも感じられます。花婿の結婚に対して、女の子の孫が欲しい、女の子はずっと家の中にいて外に出ないからと語る姿が悲痛。彼女はもう誰も失わないよう、自ら閉鎖の空間にいるのだと感じさせられました。
愛に苦しむ花嫁の姿を全身で演じる早見あかりさん、横暴に見えるレオナルドの心の内に秘められた強い愛が爆発していく木村達成さん、好青年に見える花婿が裏切りによって怒り、運命に翻弄されていく様を丁寧に描く須賀健太さん。実力派の俳優たちの熱が、舞台の上で激しくぶつかり合う作品です。
『血の婚礼』は10月2日までBunkamuraシアターコクーンにて上演予定。開演の1時間前から当日券も発売されます。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。
コロナ禍以降、ステージと客席が分断されてしまったことが、演劇の魅力を半減させてしまったようで悲しく感じていた昨今。感染対策は取りつつも、観客席の通路を歩くという演出に没入感を得られ、演劇の“生”の空間に改めて感動しました。