演劇だけでなく映画作品も日本でこれまで多くの作品が上演されているトム・ストッパードさん。『恋におちたシェイクスピア』ではアカデミー賞を受賞しています。『レオポルトシュタット』はストッパードさんが「最後の作品になるかもしれない」と言及したことから、上演前から大きな話題を呼んでいる作品。
演出を手掛けるのは、新国立劇場の演劇芸術監督を務め、過去に何作品もストッパード作品の翻訳・演出を手掛けた経験のある小川絵梨子さん。この大作に総勢30名のキャストが挑みます。
ユダヤ人としてのルーツを持つトム・ストッパードが描く、激動のオーストリアに生きたユダヤ人一族の物語
英国の劇作家トム・ストッパードさんの最新作『レオポルトシュタット』。『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『コースト・オブ・ユートピア』『アルカディア』など、日本でもこれまで多くの作品が上演されているストッパードさんが「最後の作品になるかもしれない」と言ったことから、上演前から大きな話題を呼んでいます。
2020年1月にロンドンで行われた『レオポルトシュタット』世界初演は絶賛され、同年、イギリス演劇界の優れた作品や人材を表彰するローレンス・オリヴィエ賞で作品賞を受賞しました。
本作で描かれているのは、あるユダヤ人一族の物語。戦争、革命、貧困、ナチスの支配、そしてホロコーストに直面した20世紀前半の激動のオーストリアに生きた一族を描いています。本作は、50代で初めて自らのユダヤ人としてのルーツを知ったという、ストッパードさんの自伝的要素も含まれているそう。
チェコスロバキアのユダヤ系の家庭に生まれたストッパードさんは第二次世界大戦中にナチスから逃れ、シンガポール・インドへと移り住み、終戦後の1946年、イギリスに移住。17歳でジャーナリストとなり、報道記事や映画・演劇の批評を担当しながら、ラジオドラマ等の脚本や戯曲を執筆し始めます。
1966年、エジンバラ・フリンジ・フェスティバルで上演した『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』が大評判を呼び、翌67年、ロンドン・オールド・ヴィック劇場にて上演。同年、ブロードウェイにも進出し、トニー賞ベスト作品賞をはじめ、数々の賞を独占しました。その後も知的ユーモアとウィットに富んだ数多くの作品で、イギリス演劇界にその地位を確立。
また、映画の脚本も多数手掛け、1999年『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞するなど、幅広い方面で高い評価を得ています。
演出を務めるのは2018年9月から新国立劇場の演劇芸術監督を務めている小川絵梨子さん。『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『かもめ』『ほんとうのハウンド警部』などこれまで数々のストッパード作品に演出者・翻訳者として携わってきた小川さん。ストッパード作品との親交が深い小川さんだからこそ出来る演出になるのではないでしょうか。
『レオポルトシュタット』の舞台は20世紀初頭のウィーン、古くて過密なユダヤ人居住区のレオポルトシュタット。
ヘルマン・メルツはキリスト教に改宗し、カトリック信者の妻を持ったことで、レオポルトシュタットから抜け出していました。街のお洒落な地区に住むメルツ家に集った一族は、クリスマスツリーを飾り付け、過越祭を祝います。ユダヤ人とカトリックが同じテーブルを囲み、実業家と学者が語らうメルツ家は、ユダヤ人ながらも手に入れた成功を象徴していました。
しかし、オーストリアが激動の時代に突入していくと共にメルツ家の幸せも次第に翳りを帯び始めます。大切なものを奪われていく中で、ユダヤ人として生きることがどういうことであるかを一族は突き付けられるのでした…。
歴史を理解し、人種を越えて演じることへの難しさ
『レオポルトシュタット』の軸となる夫婦を演じるのは、浜中文一さんと音月桂さん。浜中さんは『テーバスランド』『シラノ・ド・ベルジュラック』など舞台を中心にドラマ、映画と幅広く活躍中。2018年の『マクガワン・トリロジー』以来、2度目の小川芸術監督演出作品への出演です。
音月さんは2010年に雪組トップスターに就任。2012年に宝塚歌劇団を退団し、現在は様々なドラマ、映画、舞台などで活躍中です。新国立劇場では『オレステイア』に出演していました。
4世代にわたる2つの家族の相関図には、およそ30名のキャストがずらり。浜中さんは「家族ならではの濃密な関係性をきちんと作り、演劇でしか表現できないライブのエネルギーを届けられる作品にしたい」と語りました。
本作は家族のドラマであると同時に、ユダヤ人迫害や戦争、ホロコーストなど歴史的に大きなトピックも含んでいます。
音月さん演じるグレートルは非ユダヤ人のカトリック教徒で、外からメルツ家に嫁いできた女性。人種や宗教の問題以前に、二十世紀初頭当時は女性の様々な権利がまだあまり認められていませんでした。そんな環境下でも、自分で考え、行動する意志とエネルギー、覚悟を持っているのがグレートル。
音月さんは「グレートルが持つ女性ならではの強さに私自身も共感し、憧れます」と話すと同時に、グレートルの抱える信仰に対する葛藤や結婚への周りからの反対などの問題について、「彼女を取り巻く環境や心情を理解するには、史実や宗教に関する知識が必要で、大いに学ばなければならない」とも話しました。
浜中さんが演じるヘルマン・メルツは葛藤を抱えている内面が複雑なキャラクター。浜中さんも、ユダヤ人独特の習慣や儀式、革命やナチスによるユダヤ人虐殺などの歴史的事実などについて、「学ばなければいけないことがたくさん」とコメントしています。
4世代にわたる家族のドラマを描き、時間も1幕から5幕で1899年〜1955年と約55年間を辿っていく物語。実際の時代がそうだったように激動の舞台になるのではないでしょうか。
舞台『レオポルトシュタット』は10月14日(金)〜10月31日(月)の間、新国立劇場の中劇場で上演です。公式HPはこちら。
来年1月にナショナル・シアター・ライブの『レオポルトシュタット』が公開予定。今回の上演と見比べる楽しみ方もいいですね!